教訓その十三〜ギャンブルの必勝は勝つまで辞めねぇ!
なんか長くなっちゃったので、二つに分けて投稿します。
『…かっちゃん?』
「なんだい、ジンっち」
お互いを呼ぶ名称が多少変になってしまっているのは、一葵に稼ぐぞ、と連れて来られた場所が余りにも意外だったからだ…。
『ゴメン、俺の記憶に間違いがなければ、ここは…アレだよね?』
俺達は……と、いうか俺は、店の前で立ち尽くしている。呆れてものも言えないとは、まさにこの事を言うのだろうか。
その店は、ここに来るのが初めての俺にとっては、かなり入りにくいのだ。
「ジンっちの予想は合っている。俺達はここに金を貰いに来たのさ」
一葵の堂々とした態度を見ると、こやつ…ここには来慣れていると読んだ…。
『だって……ここって…その……パ…、パイを…』
「うむ。その通りじゃ少年よ。この店の中へ勇気を持って入店し、パイを弄ぶのじゃ。そして指…特に親指を使い、パイの感触を楽しむが良い」
『逆に金払うかもしれないだろうが…』
「俺達は稼ぎに来た。貢いでもらえば良いのよ」
一葵の自信は、一体どこから来るんだ…?
『ってか…十八歳未満は…』
「その点はモーマンターイ。ここじゃ別に表の様なルールはないの。とにかく、さっき俺が言った事だけ注意してくれ。じゃあ入るぞ!」
『まっ…マジかよ…』
未だにテンパる俺を置いて、一葵は入店してしまった。仕方なく後を追う。
…ふぅ、ここまで来たら引き下がれるか。漢見せてやらぁ!
「いらっしゃいませぇ!」
ドアを開けると、俺達を迎えてくれたのは、若い女性の店員だった。
「あ、かっちゃん!」
「久しぶりだね」
女性店員は一葵を見るや否や、態度を応変。《客と店員》の仲から、まるで《親しい友人》になったようだった。
「すぐ打てる?」
「うん、ちょうどツーカケの卓あるから、そこへどーぞ」
「さーんきゅ♪ 行くぞ、ジン」
俺は言われるがままに席に座った。
そう、俺と一葵が来た店とは、雀荘だった。
目の前の全自動麻雀卓には、136個の牌が、ちりばめられている。
本来雀荘などの遊戯場と呼ばれる場所は、十八歳未満は立入禁止なのだが、一葵が言うには《ここ》では大丈夫らしい。
ちなみにツーカケとは、二人同時に抜けた時に使う用語である。
麻雀は主に四人で行うテーブルゲームなので、面子が欠けてしまっては始まらない。
一見の俺は女性店員から店のルールを聞かされると、早速ゲームに取り掛かった。
麻雀のルール自体は知っていたから、ゲームをやるに抵抗はなかった。
俺、一葵、……あとメガネと坊主の人。とにかく、この四人で面子が組まれた。
二人とも老けて見えるが、歳は十代後半あたりだろうと思われる。
「じゃ、よろしく〜」
「………そこはラス固定席だ。無駄にあがかない方が身の為だぞ?」
一葵が気さくにあいさつするものの、メガネが精神を揺さぶる先制攻撃を仕掛けてきた。
なんかコイツ暗そうだな。ってか暗いな。つーか危ないってか普通にキモいわ。
銀縁メガネをかけ、長く伸びた髪は目を隠し、ひょうひょうとした身体付きだ。
理科系? ならば数字や確率で攻めてくるだろうな。
「俺はモタモタする奴が嫌いだ。打牌は素早く頼む」
坊主は……せっかち、か。ゴツイ顔立ちに太い眉毛。店内の暖房機具で暖かいというものの、冬にタンクトップを着ちゃってる。
腕ぶっといなぁ…。ムンってやったらムキッってなるような筋肉と血管だ。
『じゃ…じゃあ、始めますね?』
俺は苦笑いをしながら、卓の中央のボタンを押した。
四人の手前から横に十三枚並んだ牌が二段になって、卓から上がってくる。全自動は便利だ。
その隣のボタンを押すと、ドームに閉じ込められた二つのサイコロが回る。
この二つのサイコロを足した目によって、どこから取るか、誰から始まるかが決まる。まさに、運命のダイスだ。
親決め。起家は一葵に決まった。
麻雀は親と子の二手に別れる。親が一人、残りが子。
麻雀は個人戦の為、グループなどは存在しないが、ギャンブルは親が有利な展開になる事が多い。
麻雀でいう親の特権とは、点数が本来(子)の1、5倍も貰う事ができる。
さらに和上れば、ビリヤードや神経衰弱の様に、連チャン機能付きだ。
とにかく親は良い。それだけ言っておけば充分だろう。
「さーて…じゃあ、いきますかね!」
その親を初っ端に持ってきた一葵。気合いを入れて、第一打を切った。
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「ふう、こんなもんかな。ジン、そろそろ帰る?」
『そうだな、もう夕方になってきたし。腹も減った』
「まっ、待ってくれ! あ、後一回だけ…!」
結果から言おう。一葵の圧勝。
まぁ、こうなる事は何となく分かっていた。
おそらく、一葵はコイツらの心を読んでいたんだろう。
誰でもギャンブルは熱くなる。特に、あと一手となれば尚更だ。欲しい牌を、頭の中で自然と強く望んでしまう。
そんな状態、一葵にとっては美味しいカモというわけ…か。
「んーと、テンピンのゴットーだから……坊主の兄ちゃんがマイナスーーー」
「ふざけるな!」
突如、坊主が卓を力いっぱい叩いた。その音の大きさに、店内は静まり返る。
「明らかにおかしいだろ! 俺達には一度も振り込まないで、こんな待ちもバレバレのような素人に振るなんて!」
うわっちゃー…どうする一葵? ってかバレてる…。
入店する前に一葵に言われた事…。それは、敵には一度も振り込むな。馬鹿みたいに逃げろ。んで、張ったら即リーしろ。
…と、いうものだった。
つまり俺は、一葵に勝たせてもらっていたのだ。
一回一回、手札は違う訳だから、自分が良い時は攻める。悪い時は無理せずに逃げ回る。
すると、あーら不思議。一葵の八百長によって、見事に連戦連勝を飾る事ができた、というわけです。
「んー…ギャンブルは何があるか分かりませんからねー。それよりお宅の負債額がーー」
「…ぐっ、………ぐぅぅ!」
やばい、坊主がブチ切れ寸前だ…。顔を真っ赤にして、身体中から血管が浮き出している。
「……覚えとけよ」
なんとか自力で怒りを鎮めたのだろうか、坊主は金を置いて、出ていってしまった。
同じくメガネも、金を置いてその後を追う。
『ふぅ…暴れられるのかと思ったぁ』
「あれ、ジンともあろう男がビビったのか? それより、ほれ、ジンの取り分だ」
一葵は、さっき二人から受け取った半分の金を渡してくれた。
『受け取れねぇ。一葵、俺に勝たせようとしてくれるのは嬉しいんだが、もう辞めような?』
「いいから受け取れ」
『受け取らねぇ。勝ち分はほとんど一葵のだろ』
そう、俺は座っていただけで、実際のところ、ここぞという時に活躍したのは一葵なのだ。
「ギャンブルで勝った金、だからか?」
『馬鹿言え。ギャンブルは悪い事だと思っていない。もし俺達が負けたら、向こうは金を取るつもりで勝負してたんだ。だったら、勝ったんだったら、貰うさ、そりゃ』
「じゃあ何が気にいらねぇのさ?」
『《一葵の金》は貰わない。俺の勝ち分は、これだけだ』
俺は出された金の、正規の額だけを受け取り、残りは一葵に返した。
「……ぷっ、アハハハハ! やっぱジンは面白れぇわ!」
何が可笑しいのか、一葵は大声で笑っている。
俺、そんな変な事したか?
「根っからの良い奴だな、お前! だから好きなんだよ、お前の事!」
『あー…返事は後で良いか?』
気持ちわりぃ…。男に好きなんて言われたって嬉しくないやい。
「よし、今日は学食じゃなくて、旨い飯食いに行こうぜ。今日は付き合わせたから俺が奢る。それなら良いだろ?」
『じゃ、お言葉に甘えて、ご馳走になろうかな』
外食か。そういや初めてだな。
寮の食事は確かに旨い。食費は学費に含まれており、親が払ってくれている。
前払いとして払っているため、寮の食事を食う食わないは自由。
朝に弱い俺達は、朝食の時間を逃してしまうこともしばしばだ。
だが、外食となれば別で、普通ファミレスとかのようにその場でメニュー分の料金を支払う。
学費を出してくれている親には申し訳ないが、今日は贅沢という事で。
「今日はありがとな、一葵くん」
「お、店長」
店を出ようと通り掛かったレジの前で、店長と呼ばれた男が一葵の元へやってきた。
先ほどの女性店員もそうだが、一葵はこの店じゃちょっとした名の知れた打ち手らしい。
「また困った時は連絡するよ」
「あぁ、俺で良ければ、いつでも来ますよ」
俺達は店長さんに軽く頭を下げ、店を出た。
『一葵、ここにはよく来るのか?』
「いや、頼まれた時だけ」
『頼まれる…?』
「質の悪い奴が居るから、客として打って金巻き上げて追い出して、みたいな?」
あー、なるほど。通りで店長や店員が一葵を見ると態度を変えるわけだ。
どうやら、この雀荘じゃ一葵はヒーローみたいだな。
「んーな事より飯だ飯! 何食いたい?」
『ファミレスで良いよ』
「ファミレスってファミリーじゃないと入れないらしいよ?」
『この学校の生徒はファミリー居ねぇよ!』
なんてくだらない事を話しながら、ファミリーじゃない俺達はファミレスに入っていった。
麻雀の話は、もっと詳しく…特に対局中の事を書きたかったのですが、麻雀知らない人が読んだらつまんねぇだろうと思い、辞めました。一葵の本当の覚醒と、ジンの暴走は次回に持ち越しです(ゴメンなさい。 あ、もちろん次回はコメディー入ってますよ?