教訓その一〜返事はしようね!
季節は冬も終わりの頃、場所はここ、阿櫑〈あれ〉中学校にて事件は起きた。
普通ならばこの時期、中学生となれば人生を決める最初のハードルである高校受験があるはずだ。
そんな事と無縁なのが、物語の主人公、只野 仁〈ただの じん〉君。
校内一の問題児。中学校までは義務教育であるため、学校側もうかつに手を出せなかった。
ーーーーー。
「ジン!珍しく学校に来たと思ったらこれは何だ!?授業は出ない、煙草は吸う、トイレの天井は燃やすわイジメはするわ!」
うざぁ。
やっぱ学校なんて来るもんじゃねぇな。
「まぁいい…とにかく、明日までにその金髪を直してこい」
生徒指導で担任だからっていちいち突っ掛かってくんなよ。俺は好きな事を好きな時にするんだ。
「返事はどうした!」
『…うぜぇ』
「世の中には返事がしたくてもできない奴がいるんだぞ!」
いるかよそんな奴。
「ふぅ…ジンよ。先生が前の学校ではな、水泳部の顧問をしていたんだ。その部活は部員が少ないうえに弱くてな…」
あぁ〜あ、またこいつの前の学校話しが始まったよ。こりゃ、当分帰れそうにねぇな。
「でもな、その部長が地区の大会で三位になって、賞状をもらえる事になったんだ。全校集会で名前を呼ばれ、ステージで賞状をもらう。その事がよほど嬉しかったんだろうな。部長は部員といっしょに、部室で夜遅くまで名前を呼ばれた時の返事の練習をしていたよ」
はっ、どんだけ馬鹿な連中だよ。
「でもな、全校集会の本番で、名前を呼ばれる時になったんだが…先生方のちょっとした手違いで、名前を間違えられてしまったんだ。
だから返事もできずに呆然としてたよ。そいつは後で泣きながら俺に謝ってきたよ。先生、ゴメンなさいってな」
『そんな話しされたって俺は感動なんてしねぇよ。じゃあ帰るわ』
「……ジン!
ふう、駄目だったか…このままではジンは駄目人間になってしまう。こうなったら、あの先生に頼むしかないか…」
先生が作戦を練っている事を知る由もない俺は帰路についていた。
『学校か……くだらねぇよな』
学ランの裏ポケットから煙草を取り出し、ジッポで火を点ける。
最初の一口はフカすのが俺流の吸い方。
フィルターから有毒物質を一気に肺まで吸い込み、吐いた白い煙は宙に舞、上空に上がり、そして消えてゆく。
この行為を繰り返す事によって、満足感に浸る。
周りからは冷たい視線。
学生服を着た未成年者が喫煙をしているのだ、無理はない。
しかし、注意はしてこない。いや、できないのかもしれない。
すなわち、許されているのだ。酒も、煙草も、『注意をできない大人』によって、成り立つこの世の中。…腐ってやがる。
所詮、先生なんて教師だから生徒を注意しているだけ。校舎内なら暴力問題も起こせないという安全。
もし先生が教師という職に就いていないなら、どういう性格か、どういう人格かも分からない人間に注意はできないだろう。
そんな器の奴に、なぜ怒られなければならない?
うんざりだ…。
気が付くと煙草の火がフィルターに届きそうだった。
もう一本吸っちまったのか…と思い煙草を捨てた。
「…ポイ捨て、駄目」
『誰、君?』
俺が捨てた煙草を拾い、押し付けてきたのは、同い年くらいの女の子だった。
小柄な体格に、大きな瞳は意思をしっかりと持ち、まるで俺に何かを訴えるかの様だった。
「ポイ捨てはダメなの」
感情がこもっていない声。同じ音程で淡々としゃべる子に少々苛立ちを覚えた。
『だから、誰?』
「ポイ捨てはダメ」
…話しが進まねぇ。
『はいはい、ゴメンなさい』
「感情がこもってない」
アンタに言われたくねぇよ。
…と、ツッコミたかったが、女の子に突き付けられた煙草を取ろうと手を伸ばした。
…その時
「君!その煙草は?」
不運にも、後ろから自転車で巡回していた警察が来た。
この時、煙草の吸い殻を持っていたのは女の子だったため、持ち物検査をされてしまった。
うわぁ〜…俺知〜らねぇっと。
『ククク、偽善者ぶって人に注意なんかすっからこうなんだよ。じゃあな!』
俺は警察を女の子に押し付け、家に帰って来た。
ベットに横になり、天井を見上げながら煙草を吸う。
『…さっきの子に悪かったかな…』
そんな罪悪感がわずかに頭を過ぎる。
『まっ、いっか』
でも二秒で忘れた。
俺はそういう汚い人間だ。
次の日、目覚めたのは午後だが、学校へ行った。
俺を見つけた担任が、待ってましたと言わんばかりに駆け寄ってくる。
『何?また説教?』
「いいから来い!」
またしても学校に着いたばかりで生徒指導室に連れていかれた。
「…入れ」
ん? なんか担任の様子がいつもと違う気がする。
「ジン、ゴメンな。先生の力不足だ」
…なんで先生が謝っ…
ドン!
ドアを開けられ背中を押された。
『おわっ!?』
その拍子に部屋へ。
バンッと音と共にドアは固く閉ざされた。
『何なんだよったく…ん?』
生徒指導室には先客がいた。
スキンヘッドに体格の良いオッサン。
サングラスを付けスーツを着ている。
「はじめまして、ジン君」
先客はヤクザだった。