第一章(7)
自らの超速の斬撃、しかも最初に仕掛けた"虚"の剣線に全く惑わされず、"実"の一撃のみを受け止めた男の予想外の腕前にひるんだか、あるいは男と少女とのやりとりの間に戦略を練り直していたのか、怪人は飛び下がった時のまま、その場から動いていなかった。
「どうした?そちらが来ぬのなら……」
そう言って男が一歩踏みだそうとした瞬間、その動作によって生じた間合いの変化と隙を待ち構えていたかのように、絶妙のタイミングで踏み込んだ怪人の剣が、下方から男を強襲した。
「お!」
怪人の狙いすました一撃を男は再び刀で受け止めたが、それも既に織り込み済みであったか、今度の怪人の攻めは一太刀では終わらず、上下左右からの目にもとまらぬ連撃が始まった。
「いよっ、とっ、とっ、とっ!」
全方向から繰り出される怒涛の連撃に男もさすがに驚嘆したか、全く反撃に移れず、防御だけで手一杯のようであった。
「ほっ!」
怪人の攻撃をなんとか受けきり、間合いを取ろうとしたか、今度は男が後ろに飛び退った。
「やるのう!剣の使い方は滅茶苦茶じゃが、これだけの連撃の使い手は久々じゃ」
男は素直に感心した。
「しかもまったく呼吸が乱れておらんとは……」
そう、十数秒程度の間、男にそれこそ息つく間も与えない連続攻撃を仕掛けた後も、怪人は息ひとつ乱さず、疲れた様子も見えないのであった。
「普段よほど鍛えておると見えるな。いやお見事。しかしおぬし、それほどの腕がありながら、なぜそのような目くらましを使う?」
男の疑問はもっともであった。最初の一太刀目が防がれ、幻惑戦法がもはや通じないことは明らかであるにも関わらず、怪人はいまだに酔ったふりをやめていなかったのである。
足元はぐらつき、体や顔は斜めになり、まるで操り人形のような様相であった。
「まあよい。スタイルは人それぞれじゃ。しかしおぬし、確かに凄まじい連撃じゃが、妙に単調じゃの。はっきり言って、見切ったぞい」
駆け引きか、本音か、あるいは怪人の攻撃力に対する悔し紛れの一言か、傍から窺い知ることは出来なかったが、男は自信満々に言った。
「さあ来い」
ここで、男はなんと構えをとき、手も刀も下げて完全に棒立ちの状態になった。"どこからでもかかってこい"という強烈な自信か、あるいは破れかぶれか?
さしもの怪人も、男の常識外れの戦法に面食らったか、一瞬戸惑ったような様子を見せた。
しかしそれも束の間、怪人は前後左右に揺れながら徐々に徐々に前に出て、男との間合いを縮めていった。
そして……
ボッ!!
再び超速で踏み込んだ怪人の姿が一瞬霞み、そしてまた一瞬でその姿が現れたとき、勝負は決していた。
怪人の強烈な突きを、数ミリというぎりぎりの距離でのけぞってかわした男の左手に握られた剣が、まるでフェンシングのような姿勢で怪人の心臓を深々と貫いていたのである。
「すごい……」
少女が感嘆の声をもらした。
「ほっほっほ、勝負ありじゃの」
男は怪人の胸から一気に剣を引き抜き、同時に怪人は前方に頭からどさりと崩れ落ちた。
「"面"で通じないと見て"点"で来たか。悪い戦略ではないが、わしの方が一枚上じゃったの」
上下左右からの"面"の連撃が通じぬと見るや、攻撃を突きに絞って"点"を攻めた怪人の戦略のことであろうか。
血振りをし、鞘を拾い上げて刀を収めながら、男は死闘を振り返るように言った。
「しかし初めて見るタイプの剣士じゃったな。いや、世の中は広い」




