第一章(6)
少女と男がそんなやりとりをしている間に、怪人はゆっくりとこちらに向かって歩き出していた。
「お、来るか。しかしその歩き方は……」
男は呆れたように言った
「おぬし、酔っておるのか?」
確かにその通り。怪人はいわゆる"千鳥足"の状態で、一歩踏み出すごとに左右にぐらつき足はもつれ、肩や腕をぶらぶらさせ首は座らず、とてもこれから誰かと一戦を交えられるような様子ではなかった。
「参ったのう。さすがのわしでも、酔っぱらいを斬るのは気が進まんが……」
男はやや闘志が萎えてしまった様子で、こちらに向かってよたよたと歩いてくる怪人を憮然とした表情で見つめていた。
「赤ん坊に"あんよが上手"をやっている親の心境じゃな……」
そんな男の心情はおかまいなしに、怪人はよたつきながらも徐々に男との距離を縮めていた。
そして、男までの距離が丁度5メートルほどになったその瞬間 ーー
「あっ!」
怪人の動きをじっと見つめていた少女には、その姿が霞んだように見えたであろう。
これまでの酔っぱらったような動きは、敵を幻惑するためのカムフラージュであったか、矢の訓練で鍛えた少女の目でも捉えきれぬほどの速度で前に踏み込んだ怪人は、一瞬にして男の眼前に達していた。
ガシィィィィン!!!
硬いもの同士がものすごい速度でぶつかり合う音が響き渡った。
「ほっほっほ。惜しかったのう」
怪人の超速の斬撃を、こちらも超速の抜刀で受け止めた男は、心底嬉しそうに言った。
先ほどまで右肩に担いでいた刀は、今は男の左手に握られ、男から見て左下の急角度から襲った怪人の一撃を、鍔の部分でがっちりと受け止めていた。
「"酔拳"ならぬ"酔剣"か。いやいや見事な偽装ぶり。さしものわしも一本取られるところじゃったわい」
ガシュッ!
怪人は刀で男を押しながら、踏み込んできた際と同様な速さで後ろに飛び退った。
「おぬし、どこでそんな技を身に付けたかは知らんが、所詮は相手の虚を突く邪剣。一太刀目を封じられたら次はないぞ」
男は刀を両手に握り直しながら言った。
「最初の攻撃はおぬしに譲ったでの。ハンデをやるのはここまでじゃ」
「ちょっと!」
少女が声をあげた。
「なんじゃ、闘いの最中じゃというに……」
男は不機嫌そうに言った。さすがに怪人からは目をそらしていない。
「あなた、その構え方……たしかに剣を抜くのは速かったけど、本当に剣士なの?」
少女の疑問はもっともであった。通常、剣を構える際は右手が上側、左手を下側にして握るが、男は左手で上側、右手で下側、つまり全くあべこべの握り方をしているのであった。
「失礼な。今の攻防を見たであろう。そもそも剣の握り方に"これが正しい"などというものは存在せん。昔の野球選手にも左打席の者はおったであろうが」
「それはそうだけど……」
「常識には常に疑問を持たねばの。固定観念にとらわれて、小さくまとまってはいかんぞ。人生とは常に試みであり、破壊じゃ」
男の言い分にも一理はあったが、命のやりとりを前提とした闘争の世界において、"独創性"に果たしてどれだけの価値ありや。
この男は、実戦の場において自らそれを証明しようというのであろうか。
「閑話休題じゃ。さあ来い」




