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鬼喰い  作者: 勝又健太
第一章 人の消えた村
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第一章(5)

 どこから現れたか、いつからそこにいたのか、少女そして男の視線の先に立っていたのは、顔と上半身全体を薄汚れた包帯でぐるぐる巻きにして、両目と口の部分だけに穴を開け、ぼろぼろの迷彩服を着て黒いブーツを履き、左手には日本刀をひっさげた、負傷兵のような風体の"怪人"であった。


「……なかなか個性的な格好をしておるの。知り合いか?」男は少女をちらっと見て聞いた。


 少女は、男の20メートルほど向こう側に立っている怪人から視線をそらさぬまま、恐怖と驚愕に彩られた表情で、首をゆっくりと左右に振った。


「……知らない。こんな人、村にいないわ」


「そうか。となると生き残りでもないわけじゃな」


 怪人の包帯に血が滲んでいないことを男は既に確認していた。もとより、生き残りが存在するとも思っていなかったが。


「わし同様、旅の途中でまともなめしを目当てにこの村にやってきたというところかの……とてもそうは見えんが」


 現れてから一言も発さず、身じろぎ一つせず、血走った目でこちらをずっと凝視している怪人の異様な風体をまじまじと眺めつつ、男は苦笑した。


「おぬしもいま村にやってきたところか?それともこの事件になにか関わっておるのか?どちらにしても素直に身元をしゃべった方がよいぞ。この姉弟は腕利きじゃ」


 怪人の妖気と迫力にすっかり呑まれてしまった少女たちに代わり、男がやや大きな声で告げた。


「しかも短気で、すぐに矢を射ってくるでの。包帯がいくつあっても足りんぞ。予備はあるのか?」


 相手の包帯姿に、病気などのやむにやまれぬ事情があるとすれば、これは感情の暴発を招きかねない恐るべき挑発的発言であろうが、男に悪気はまるでなかった。

 デリカシーという言葉の意味を全く理解していないこの男は、むしろ相手の体を気遣った上で気の利いた冗談を言ってやった、という程度の認識しかないのであった。


 そして、男の発言に怒ったか、あるいは最初から予定していた行動であったか、怪人は左手に持った刀を水平にしてゆっくりと眼前に掲げ、右手で柄を握った。


「ほう、やる気かの」


 男は嬉しそうに、にやりとした。


 怪人は、刀を掲げたときと同様、呆れるほどゆっくりとしたスピードで腕を左右に広げて抜刀していった。

 そこだけ時間の流れが異なるような、あるいは今のうちに人生の思い出をゆっくりと振り返っておけとでも言うような、いずれにしてもこれから始まる闘いが尋常ならざるものであろうことを予想させるには十分な異様さであった。


「随分と勿体ぶるのう。もしやおぬし、ご老体か?」


 男は心配そうな顔をした。


「うちの死にぞこないの爺さまでも、もう少し早く動いとったような気がするが……いや同じぐらいだったかの」


 ここしばらく会っていない親族が懐かしくなったか、あるいは祖父の動く速度と怪人のそれを比較しようとしたか、男は顎をつまんで遠い目をした。


 今まさに決闘が始まろうとしているこの段階においても、男の思考には他の要素が入り込む余地が残っているらしかったが、果たしてそれは余裕か、隙か。


「あなた……ほんとうに闘うつもり?」


 やっと我に返った少女が男に言った。先ほどまで自分と弟の弓に脅されて情けない姿を晒していた男が、この怪人とまともに勝負出来るとは到底思えなかったのである。


「無論じゃ。相手もわしがお目当てのようじゃからのう」


 そう、少女たちの立っている位置と男の位置とは、怪人から見るとやや異なる角度になっており、怪人は明らかに男の方だけを凝視していたのである。


「身に覚えはない、と言いたいところじゃが、残念ながら恨まれる覚えならたくさんあるでの。あの包帯もわしのせいかもしれん」


 男は苦笑いして言った。


 そして、無限に終わらぬかと思えた抜刀動作を遂に終え、怪人は鞘を脇に放った。


「ほう、鞘を捨てたか。勝って生き残るつもりがあるなら刀の帰る場所を捨てるはずもない。それは"小次郎敗れたり"のパターンじゃぞ」


 男はからかうように言った。


「ま、わしもすぐ鞘を放るし、人のことは言えんか……案外おぬしが正しいかもしれん。"二つ二つの場にて、早く死方に片付ばかり也"じゃ」


「なによそれ?」聞きなれない言葉を使った男に、少女が聞いた。


「"葉隠"じゃ」


「それ知ってるわ。昔の難しい本でしょ。読んだの?」


「いや、そこしか知らん」


「……」


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