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鬼喰い  作者: 勝又健太
第四章 寄り添うものたち
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第四章(16)

「……死にたいのか?」


 少女の思いがけぬ悲痛な問いかけに、天一郎は怪訝な表情でなゆたを見つめた。


「……」


「生きるも死ぬも、おまえたちの決めることじゃ。死にたいならば止めはせんが、ここ数年一人も自殺者が出ておらんというこの村で、わざわざ死を選ぶのも、もったいないような気はするがのう」


 そう言いながら天一郎は、妙なことに気がついていた。


 なゆたの発言は、近しかった者の死による絶望と激情がもたらした突発的なものであろうが、数年にわたって自殺者が皆無だったはずの希望溢れるこの村で、


 "死にたい"


 と口にする者がいるとはどういうわけか?


 自らが手にかけた者も含めて、数えきれぬほどの人間の死を間近に見てきたこの男には、死に至るまでの人の心の動きが手に取るようによく分かっていたが、その衝動が突発的であればあるほど、実際に"自死"を選ぶ確率は高くなる。


 姉弟の置かれている境遇は確かに苛烈なものであったが、分村の住人たちはそれよりも更に厳しい最下層の環境での生活を余儀なくされていたわけであるから、なゆたが"死にたい"と考えるならば、分村の村民たちはその何百倍もの回数"死にたい"と考えていたはずであった。


 だがそれでも自殺者が出ていないということは、自死は実行に移されなかったということであり、そしておそらく少女も自らの命を絶つという手段を選ぶことはないのであろう。


 ーー "自殺者がゼロ"という状態を実現するには、"自殺したいと考える者もゼロ"でなければならない ーー


 天一郎はそう考えていたし、おそらくそれがこの村の"奇跡"を実現している"なにもの"かの能力だと推定していたが、眼前に"死にたい"という者がいる以上、その見立てはどうやら訂正しなければならないようである。


 ーー この村の者たち、"死なない"のではなく、"死なせてもらえない"のではないか? ーー


 天一郎の頭には、この村の"奇跡"をつかさどる者に対する、そんな疑念が浮かんでいた。


「やだよう、お姉ちゃん、死んだらやだ!!」


 少年は半べそをかきながら、姉にしがみついた。


「……大丈夫よ、すばる。もし"しびと"たちが村を攻めてきて追い詰められたら、覚悟はしておかないといけないでしょ?」


 少女はそう言って身をかがめ、弟をぎゅうっと抱き締めて、


「だから聞いたの。勘違いさせちゃったわね。ごめんなさい」


「お姉ちゃんの馬鹿ぁ! 馬鹿馬鹿馬鹿! ゾンビなんて、おいらが全部やっつけてやるから、死ぬなんて言わないでよう……」


 そう言って泣きじゃくり、小さな手を握りしめて自分の体を叩いてくる弟に頬をよせ、少女はたった一人の肉親の髪の毛をやさしく撫でてやるのであった。


「ほんとにごめんね。お姉ちゃん、あなたを残して死んだりなんかしないわ……」


 とっさに口をついた自分の言葉で弟を悲しませてしまったことを悔いているのか、少女の頬を再び涙が伝った。


「お父さんの作ったこの村で、ずっと一緒に暮らすんだものね……」


 互いを慈しみ、助けあって生きる姉弟と、人の助けの一切を拒絶する男。


 弱さゆえに愛が生まれるのか、愛するゆえに弱さが生じるのか、それは誰にも分からなかったが、自らを"最強"と言って憚らないこの男には、果たして弱さはあるのか、愛はあるのか?


 心の底は計れねど、抱き合う姉弟を見つめる男の瞳には、いかなる感情の揺らぎも見てとれないのであった。


「……さあ、もう行きましょう、すばる。おにいちゃんの邪魔をしちゃ悪いわ」


 弟が泣き止むのを待って少女は立ち上がり、立て付けの悪いガタガタの引き戸を開け、天一郎の方に向き直った。


「帰るわ……。しっかり休んでね」


「うむ。おまえたちもな。もし帰り道で"しびと"に襲われたら、大声で叫んで知らせい。起きていれば助けに行ってやる。残業はせん主義じゃから、時間外手当を貰うがのう? ほっほっほ」


 姉弟の激情を間近に目撃しても、いや目撃したゆえに敢えてそうしたのか、飄々としたこの男の口ぶりには、いささかの遠慮も同情も含まれていなかった。


「……ほんとにお気楽な人ね。でも、ありがとう」


 天一郎の軽口に多少は気持ちが楽になったか、泣き笑いのような表情になって、少女は言った。


「にいちゃんありがとう! また明日ね!」


 ひとしきり泣いてすっきりしたのか、先ほどまで大泣きしていたはずの少年はすっかり元気を取り戻し、満面の笑みで天一郎に手を振った。


「おう、気をつけてな」


 天一郎は片手を上げてそれに応えた。


 戸が閉められ、二人の足音が徐々に遠ざかると、辺りは静寂に支配された。


 入村希望者用エリアの、その中でもさらに外れに建っているこのボロ小屋は、周囲に住んでいる者もなく、聞こえてくるのは虫の鳴き声と、小屋自体が風にきしむ"ぎいぎい"という音ばかりである。


「……ふっふっふ。いやはや、泣いたり笑ったり喚いたり、なんともにぎやかな姉弟じゃのう」


 元気のよい二人が去って急に寂しくなったか、あるいは感情表現の豊かな姉弟とのやりとりが純粋に面白かったのか、床にごろんと寝そべった天一郎は、天井を見上げて独り言のように呟いた。


「しかし、一双殿の件は驚いたのう……。手口からして"暗殺慣れ"している者の仕業に違いないが、なぜ7発も銃弾を使った?」


 経験の浅い者が、恐怖と平常心の欠如により銃弾を無駄に消費したのであれば分かる。


 しかし、なゆたの話を聞く限り、銃弾はすべて正確に急所に撃ち込まれていたようであるから、熟練者の手によるものと考えるのが妥当であり、ここに弾数との矛盾が生まれるわけである。


「果たして相手は本当に野盗であったか、あるいは"能力"を持った者の仕業か……?」


 天一郎の頭の中に、分村で出会った迷彩服の怪人の姿が浮かんでいた。


「剣を使える者が銃を使えてもおかしくはないが、"あやつ"が拳銃を持っている姿は……ほとんど喜劇じゃな」


 千鳥足で人形のような動きの怪人が、のろのろとホルスターから拳銃を抜き構えるユーモラスな姿を想像して、天一郎は苦笑いを浮かべた。


「"あやつ"でなくとも、"しびと"が絡んでいる可能性はあるがのう……。まあよい、そっちの件にも興味はあるが、とりあえず寝ておかねばな」


 そう言って天一郎が「ふっ」と短く息を吐き出すと、いかなる肺活量の成せる業か、1メートル以上も離れている蝋燭の火がまるで"斬られた"かのように立ち消え、小屋の中は一瞬で漆黒の暗闇に包まれた。


 そして、いつもそうしているのか、愛刀以外の唯一の所持品であるズタ袋を枕代わりにして、天一郎があっという間に高いびきをかき始めたその時 ーー


「きゃああああ!!!」


 少女の甲高い悲鳴が、闇夜に響き渡った。

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