第四章(15)
「……なんと!?」
今度はこの男が驚く番であったか、だらけた格好で寝転がっていた天一郎は、血相を変えて飛び起きた。
「一双殿がか? おぬし、わしに散々からかわれた腹いせに、悪い冗談を言っているのではあるまいな?」
「……あなたと一緒にしないで」
天一郎の動揺ぶりとは対照的に、少女の声はあくまでも静かである。
「なにがあったのじゃ? 一双殿はいつこの村に来た?」
「……一ヶ月ほど前よ。"戦闘教官"として雇われたの。保安隊や村の人たちに剣術や槍術を教えてたけど、10日前に野盗との激しい戦闘があって、その時に……」
すばるも剣士と面識があったのか、哀しげな表情で姉の体にしがみつき、なゆたは頭をそっと撫でてやった。
「"戦闘教官"か……。役場で松田殿が言っていたあれじゃな。一双殿が前任者だったとはのう」と、やや落ち着きを取り戻したか、思い返すような表情になって天一郎は言った。
「しかし信じられん。あの腕利きの剣士が野盗ごときに……。相手は何人いたのじゃ?」
「数十人ほどよ。少ないけど銃も持ってるわ。あの人も、銃で撃たれて……」
あえてそうしなければまともに話すことも出来なかったか、必死に感情を押し殺していたなゆたの平静さはここで決壊し、弟を抱きしめながら、少女の瞳からは再び大粒の涙がこぼれていった。
「銃か。"自衛隊くずれ"がおるのか?」
少女の冷静さが崩れるのとは逆に、天一郎は既に平静さを取り戻していた。激してもすぐに平常心に立ちかえれるという、人間として欠点だらけのこの男の、数少ない長所の一つである。
「いるわ。この村から追放になった人たちも混じってるし……」
嗚咽をもらしながら少女が答えた。
「なるほどな。確かに一双殿は"能力"を持っておったわけではないゆえ、銃相手では苦戦もするじゃろう」
腕を競い合った剣士の戦いぶりを回想しているのか、天井の方を見つめながら天一郎は言った。
「だが、武芸だけでなく、知略にも秀でておった御仁。東の村でも銃を持った野盗を何人も片付けておったからな。よほどの参謀が敵の中におったのか、あるいは油断したのか……」
「……」
「どこを撃たれたか、わかるか?」
関わりのあった者の死を思い出し、哀しみにくれている幼い姉弟に対して、あまりにも無神経かつ過酷極まりない質問を、天一郎は躊躇なく投げかけた。
「聞いてどうするのよ? そんなこと……」
嗚咽のなかにも明らかな怒りを含んだ声で、少女が聞き返した。
「後学のためじゃ。あれだけの達人をどう倒したのか、興味がある」
平静というよりも、"にやり"と微笑を浮かべかねないような風情で天一郎は言った。「知人の死を悼む」という感情が欠如しているのか、この男の関心はあくまでも「どのような戦いが行われたのか」にあるようであった。
「……銃創はお腹に五発。あとは背中と眉間に一発ずつよ」
怒りに震えながらも、男にとって必要な情報と考えたか、少女は知るかぎりの情報を答えた。
「ふむ……。まず背後から一発。そのあと腹を撃って完全に動作不能にしておいてから、とどめに眉間に一発か。合理的じゃが、たった一人を相手に、貴重な弾丸を随分ぜいたくに使ったもんじゃのう」
「……」
忌まわしき殺人現場を、空想の中で再現して楽しんでいるような眼前の"異常者"を、涙に濡れる瞳で少女は睨みつけていた。
「一双殿の背後を取るとは、敵も相当な手練れ。辺境の野盗とはいえ、油断できんのう」
と、常に油断だらけの自分を棚に上げたように天一郎は独り言のように言い、ここでふと思い出したように視線を少女に移して
「しかしおぬし、被弾場所や弾数まで、よく知っておるな。傷を見たのか?」
確かに、少女もまた武に携わる者である以上、敵の手口を知っておくのは常道であるとはいえ、被弾数まで知っているのは、違和感を感じるほどに"正確すぎる"情報とも言えた。
「……見たわ。わたしが埋葬したから」
目を伏せながら、少女がぽつりと呟いた。
「……埋葬じゃと? おぬしが?」天一郎はさすがに驚いた表情になって「死体処理も、おまえたちの仕事なのか?」
「……そうよ。わたしとすばると、分村の人たちの……大切な仕事よ!」
少女は涙にむせびながらも、天一郎に向って強い口調で答えた。"わたしたちはその仕事に誇りを持っているのだ"と、まるで自らに言い聞かせるかのように。
「……そうか」
"大異変"以降、火葬のための燃料確保が難しくなったことにより、死体処理の主流は土葬に移行していたが、そのための穴掘り作業や、死体を埋めることによる精神的負担は、幼い姉弟が担当する作業としてあまりにも過酷であることは、誰の目にも明らかであった。
分村の凄惨な失踪現場にたった二人で派遣"させられた"ことも含め、なぜこの光溢れる村で、しかもこの村を最初に"作った"という貢献者の子供たちが、年齢に不相応な苛烈な作業に従事させられているのか?
少女の口から未だ語られぬ"何か"がそこには秘められているのであろうが、天一郎はもはやそれ以上は何も聞かなかった。
「……お墓参りがしたかったら、明日案内するわ」
やっと嗚咽のおさまってきた少女が言った。
「うむ……。仕事を片付けたら連れて行ってもらおうかの。一双殿は花が好きであったゆえ、野花の一つでも摘んでいかねばな」
闘いのことしか考えていないようなこの男にも多少の"感傷"はあるのか、遠い目をしながら天一郎は呟いた。
「……にいちゃん! 一双にいちゃんの仇討ち、やらないの? 友達なんでしょ? にいちゃんがやるなら、おいらも一緒にやるよ!」
先ほどから黙っていた少年が、姉と同じく涙に濡れる瞳で天一郎を見つめながら、弓を掲げてすがるような声で訴えた。
強さに憧れるこの少年は、おそらく先に村を訪れた青年剣士にも懐いていたのであろう。
「やらん」
しかし、天一郎はむべもなくその願いを拒絶した。
「……なんで!? にいちゃん、強いのに……」
「一双殿の人生じゃ。自分の選んだ道で何が起きようと、誰を恨むこともできん。武の道をゆくもの、敗れれば死ぬが必定。恨んでよいのは自分の未熟さだけじゃ。仇討ちなど笑止千万。古い時代の、愚かな風習じゃ」
「……だけど……」
天一郎の言葉の真意は理解できつつも、まだ幼き弓使いの少年には、近しかった者が無残に殺された悲しみと怒りを"武"という名のもとに昇華するのは、あまりにも難しい行為であったろう。
「敗れるのも、死ぬのも、弱いからじゃ。死にたくなければ、誰よりも強くなるか、逃げるしかない」
天一郎は淡々と続けた。
「わしは強い。だから戦う。おまえたちは弱い。だから逃げろ。"しびと"たちに喰われて、死にたくなければな」
「……」
男の説く"武"に納得できたのか、もしくは"弱者"である自分への口惜しさか、少年は唇を噛み締めつつ、自分を"強者"と言って憚らない男、天一郎を見つめていた。
「"死にたくなければ"……?」
そして、嗚咽が完全におさまったか、先ほどと同じく異様なほど感情のこもっていない静かな声で、少女が天一郎に聞き返した。
「じゃあ、"死にたかったら"、どうすればいいのよ……!?」




