第四章(11)
「……信じられないわ。戦車やヘリに"魂"があって、しかもそれが死んでいて、さらにそれを操れる能力があるなんて……」
「魂が死んでおるわけではないぞ。死んでおるのは"宿主"である肉体や機体の方じゃ。まあ結果としては同じようなものじゃがの。要するに敵は"しびと使い"じゃと考えればよい」
「"しびと使い"かあ……。すげえ、相手にとって不足なしだね!」
怖いもの知らずの年頃ゆえか、あるいは物語の類でしか見聞きしたことのない"ゾンビ"や、ブードゥー教でいうところの"ボコ"のような存在が実際に存在するということに好奇心を強く刺激されたか、少年の興奮は最高潮に達していた。
「うむ、その心意気やよし。じゃが、おまえたちの武器である弓は、"しびと"たちに対しては明らかに不利じゃ。敵がどのような"宿主"を使ってくるかは分からんが、"しびと"を倒すには、魂そのものを殺すか、宿主そのものが動けないように破壊する必要がある。魂を殺すなどわしにしか出来ん芸当じゃから、宿主をぶち壊すしかないが、矢には貫通力はあっても、破壊力はない。もとより、敵が戦車等の兵器を使ってくれば逃げるしかないじゃろうが、宿主が人間の場合でも、おまえたちの場合、まずは逃げるのが得策じゃ」
自分が闘う場合は、あたかも"正面突破"以外の戦略を何も知らないかのように無謀そのものであっても、他者に戦略を指南する場合は、なぜか常に合理的な戦法を提案出来るのがこの男の不思議な特徴であった。
「そうね……。分村の怪人みたいに、心臓を刺されても死なない敵が相手なら、そうするしかないわね。あいつもやっぱり"ゾンビ"なの?」
「わからん。"ゾンビ"である可能性が高いが、あの怪人が本体かもしれん。駐屯地の兵器は集団じゃったが、あやつは一人じゃったし、しかも、逃げたからの」
天一郎が、分村の怪人を"ゾンビ"と判断しかねている理由がこれであった。
駐屯地の兵器たちは、集団で攻撃してきた上に、攻撃手段を失った機体は"自爆"という選択をしてまで天一郎をなんとしても抹殺しようとしたが、怪人は一人だけで天一郎と闘い、しかもさほどダメージを受けていないと思われるにも関わらず、あっさりと逃げたのである。
もしあの怪人が"寄り添われて"おり、"闘う"という本分を引き出されているならば、"逃げる"という選択肢が生じるわけはなく、天一郎はそこに大きな矛盾を感じているのであった。
「なにか弱点はないの? "ゾンビ"は脳をやられたら死ぬって、昔映画で見たような気がするけど……」
「寄り添われておるのは"魂"であって、"宿主"ではないゆえ、頭を吹き飛ばしても死なん。そうじゃな、まあ宿主が人間の場合、いざとなったら油でも浴びせかけて火炙りにするのが良いじゃろう。殺すことは出来んが、筋肉や腱が焼けてしまっては、さすがに身動き出来んはず……ん? どうかしたか?」
天一郎が異変を感じたのも道理、"火炙り"という言葉を聞いた瞬間に、なゆたとすばるの表情が、文字通り一瞬で凍りついたのである。
「おいおい、どうしたのじゃ? 妙な冗談を言っているわけではないぞ? 火で焼くのは、"しびと"に対する最終手段としては上策じゃ」
「……やめて! いいの。ごめんなさい……」
なゆたは弟を、これまでよりもさらに強くぎゅうっと抱き締め、先ほどまで天一郎の話を夢中で聞いていたすばるも、記憶の奥底から湧き上がってくる何かを思い出すまいとするように、目を閉じて姉にしがみついていた。
「ふむ……まあよい。人間誰しも、苦手な話はあるからの」
姉弟とのこれまでの会話や、役場における村長による取り調べの内容から、天一郎はある程度の背景を勘付いていたようであったが、それ以上は何も言わなかった。
「……ごめんなさい。せっかく教えてくれたのに……。でも、わかったわ。火は有効ってことね。あと、もし"ゾンビ"に噛まれたら、やっぱり感染するの?」
精神的動揺から何とか立ち直ったか、まだ震える声ではあるものの、なゆたが質問を続けた。
「本物の"ゾンビ"ではないからな。感染するようなことはないじゃろう。しかもやつら歯がないゆえ、"甘噛み"ですむかもしれん。まあ蛇のように丸呑みされてしまっては、一巻の終わりじゃがな。はっはっは」
今度は正真正銘の悪趣味な冗談を言い放って、天一郎は高笑いを響かせた。
「歯がないって……どういうこと?」
「ああ、言っておらんかったな。わしが見つけたわけではないが、分村の血だまりの中に大量の歯が落ちていたのじゃ。あの怪人はどうだか分からんが、他の"しびと"が現れるとしたら、すべて"歯抜け"と考えて間違いあるまい」
「それって……分村の人たちが"しびと"にされてしまっているってこと!?」
やっと涙が乾きかけた瞳を、驚愕と恐怖でいっぱいに見開いて、なゆたが聞き返した。
「うむ。歯が抜け落ちた理由は分からんが、なんらかの方法で全員惨殺されて、強い無念を抱えたまま魂が肉体から離れられず、その魂に"寄り添われた"と考えるのが筋じゃろう。本体の指示のもと、おそらく既にこの村の近くに潜んでおるはずじゃ」
「……ひどい」
現場の状況からして、分村の村民たちが全員無事であるとはさすがになゆたも考えていなかったが、まさか死んだ後も成仏させてもらえず、敵に魂を操られている可能性があろうとは。
この豊かな村の「暗闇」の部分を象徴する、「本村」と「分村」という暗黙の階級制度。その下層に属する分村の人々が、日々どれだけの困窮と屈辱に耐えて生きていたかを、なゆたはよく知っていた。
その苦闘の日々の末に辿り着いたのが、安らかな死であったとするならば、まだ救いもあったであろう。
しかし彼らの過酷な生活の先に待ち構えていたのは、死してなお、力ある者の尖兵として道具のように扱われるという、あまりにも無慈悲な運命であった。
「"しびと"の件は、役場で松田殿に伝えてある。話を信じたかどうかは知らんが、今夜は保安隊の見回りを増強すると言っておったし、火器の類も持っておるし、夜中にやつらが全員で襲ってきたとしても、まあなんとかなるじゃろう。わしの請けた仕事は"怪人退治"じゃから、ゾンビ対策は業務外ということで、寝させてもらうがの。ほっほっほ」
「……"やつら"なんて言わないで。みんな、未来を夢見て、この村で必死に頑張ってきた人たちなのよ。ひどすぎるわ、こんなの……」
分村の住人たちの運命に対する哀惜であったか、この修羅の時代の苛酷さに対する慟哭であったか、乾きかけていた少女の瞳から、大粒の涙が再び、嗚咽と共にとめどなく溢れていった。




