第四章(7)
「ほんとすげえや! 戦車や戦闘ヘリに勝っちゃうなんて……。にいちゃんの決闘、おいらも見たかったなぁ」
強さに憧れる無垢で純粋な弓使いの少年 ーー すばるは、感嘆の溜息を漏らしながら、村長との無茶な交渉の末に強引に支給させた、数人分の食糧を貪り喰う天一郎を羨望の眼差しで見つめていた。
「ぐっふっふ。凄いじゃろう? 世の中広しと言えども、数十台もの軍事兵器と刀一本で戦って勝つなどという離れ業が出来るのは、このわしをおいて他におらん。おまえも一生懸命修行して、戦車の一台くらいは楽に屠れるようにならねばのう?」
人からおだてられることが何よりも大好きな自己顕示欲の塊 ーー 天一郎は、先ほどの闘いで、敵もろとも愛刀に"喰われた"生命力を補填しようとするかのように、大量の食糧と水を猛烈な勢いで胃に流し込んでいた。
「あなたの腕を疑うわけじゃないけど……その話、どこまでほんとなの?」
慎重で用心深いしっかり者の姉 ーー なゆたは、分村で目撃した天一郎の実力は重々承知していながらも、あまりにも現実離れしたこの男の武勇伝をにわかには信じることが出来ず、ろうそくの灯りの向こうから疑惑の眼差しを向けていた。
「ふん、弟と違って、姉の方は疑り深いのう。監視役の者が目撃しておったはずじゃから、あとで聞いてくればよい。まあ地の底からアパッチが出てきた時点で、怖気づいて逃げ出してしまったようじゃがな。わっはっはっは」
村外れにある入村希望者用エリアの、そのさらに外れにぽつんと建っているおんぼろ小屋から、闇夜をつんざくように、若き剣士の高笑いが響き渡った ーー
駐屯地での死闘から数時間後。幼馴染であるひびきとの久々の邂逅を終え、天一郎が村に戻ってきた頃には、既にどっぷりと日が暮れていた。
やや村から離れたところでひびきと別れた後、門のところでこの男を心配そうに待っていた、なゆたとすばるの姉弟と合流。その足で役場に向かい、村長に事の顛末を説明し、敵の強さと事態の深刻さ、および自らの空腹を大げさに説明し、配給時間外にも関わらずまんまと大量の食糧を支給させることに成功。なゆたとすばるの案内により部外者用の掘っ建て小屋に移動し、明日の再決戦に備えて栄養補給中というわけである。
「駐屯地の方から何度も爆発音が聞こえてきたから、なにか闘いがあったことを疑ってるわけじゃないわ。でも、あそこで戦車や戦闘ヘリコプターなんて見たことないし、しかもそれが動いて襲ってくるなんて……。信じろっていう方が無理でしょう?」
これが当然の反応であろう。監視役から直に報告を受けた村長でさえ、天一郎の話をにわかには信じられず、この男が強硬に要求した食糧の割り増し要求を渋りに渋ったのである。
最終的に天一郎の要求が通ったのは、この男が目撃した兵器の種類が、村長の遠い記憶の中にある、"大異変"時に駐屯地に配備されていた兵器群とぴたりと一致したからであるが、そうでなければ"狂人"と判断され、今頃村を追い出されていてもおかしくはなかった。
「おまえも分村で"あやつ"を目撃したではないか。あんな化け物がおるのじゃから、戦車の一つや二つ、地の底から這い出てきて"恨めしや"と襲ってきても不思議はあるまい?」
「"恨めしや"って……。戦車の"幽霊"だったってこと?」
なゆたは気味悪そうに聞いた。凄腕の弓使いではあっても、年頃の少女らしく、こういった"怖い話"は大の苦手のようである。
「ふふん。まあ"死んでおる"のは確かじゃから幽霊とも言えるがの。実体は存在しておるから"お化け"ではない。分かりやすく言えば、あやつらは……」
怖がるなゆたをさらに脅えさせようと思ったか、天一郎は目を大きく見開き、少女の方に顔を近づけて、わざとトーンを落として掠れるような声で言った。
「"ゾンビ"じゃよ……。地の底からおまえたちを……食べに来たのじゃ〜!」
「やめてよ、馬鹿!」
この類の話には本当に弱いらしく、怖がらせた仕返しとばかりに平手打ちを見舞ってきたなゆたから素早く身をかわし、怒りの形相を浮かべる少女を見て自らの怪談の成果を確信したか、天一郎は満足そうに大笑いした。
「わっはっは。冗談じゃ冗談。なんじゃ、怖い話は苦手か? 可愛いところがあるではないか。男勝りの女弓使いにも、意外な弱点があったのう?」
この男が自称通り"天下一の豪傑"かどうかはさておき、人を苛つかせたり怒らせたりすることに関しては、間違いなく天下に並ぶ者のない、突出した才能を授かって生まれて来たと言えるであろう。
無意識であるにせよ意識的であるにせよ、この男のあらゆる言動は、人々の神経を様々な角度から逆撫でするのであった。
「怖がってなんかないわよ! あなたが急に顔を近づけてきたから驚いただけじゃない! なによ、せっかく真剣に話を聞いてたのに、"ゾンビ"だなんてふざけたこと言って……」
恐怖というよりもむしろ怒りに震えながら、なゆたは天一郎を睨みつけた。
「ふざけてはおらんぞ。"ゾンビ"はものの例えじゃが、あやつらの存在を表現するならば、その言葉が最も適切じゃろう。"死んでおる"ゆえに、生きていた時のような知性は残っておらんが、その"本分"はむしろ生前よりも強力に引き出されておる。つまり、生きておった時よりも、強い。"ゾンビ"がそうであるようにな」
干し肉を噛み切りながら、天一郎は淡々とした表情で答えたが、普段から何事にも大げさなこの男がこういった喋り方をすると、ホラ吹きの戯言のような話にも、妙な説得力が生まれる。
「……分村のあいつも、"ゾンビ"だったってこと?」
「わからん。あやつがこの事件の元凶かもしれんし、そうでないかもしれん。いずれにしても、敵が"しびとの魂"に寄り添っておることだけは確かじゃ」
噛み切った肉と乾燥野菜を、水で一気に飲み込んでやっと満腹になったか、天一郎は餓鬼のように膨らんだ腹をなでて「ぐふう」と一息ついた。鬼狩丸に"喰われた"生命力の補填作業は、なんとか完了したようである。
「……"しびとの魂"って、どういう意味? それにその"寄り添う"って言葉、分村の時も村長との面談の時も聞いたけど……。一体なんのことなの?」
愛刀と同様、腹が満たされたらすぐに眠くなる体質なのか、天一郎は大きなあくびを一つして、面倒そうな表情で答えた。
「……聞きたいか? 先ほどの話よりもさらに荒唐無稽な内容じゃから、聞くだけ無駄かもしれんぞ。それに、満腹で眠くなった。明朝また駐屯地に出向くゆえ、そこから戻ってきてからでもよいじゃろう?」
「戻ってこれるかどうか、分からないじゃない」
正論であった。




