第四章(6)
「なんでもかんでも"全部自分一人の力で勝った"っていうことにしないと気が済まないのが、あんたの一番悪い癖よ。昔からずーっと言ってるじゃない」
「……ふん、将人は別として、おまえたちが未熟すぎて見ておられんから、わしがあえて先陣を切って敵を蹴散らしておったのじゃ。兄貴分の深謀遠慮が伝わっておらんかったとはのう……嘆かわしいことよ」
もし本当に仲間を守るために自らが楯になっていたということであれば美談であるが、天一郎の場合、少女が言ったように「自分以外の誰かの助けを借りたと思われるのが気に食わない」というのが実際のところであったろう。
要するにこの男は、"勇猛果敢にして怯むことなし"というよりも、単に"意地を張ることにおいて並ぶものなし"というだけなのである。
「誰が"兄貴分"ですって? 無茶なことばっかりして、みんなを一番困らせてたのはあんたでしょうが。言っても無駄だと思うけど、いいかげんに"人と力を合わせる"ことを覚えたら?」
天一郎に散々苦労をかけられた過去を思い出したか、あるいは本当にこの男のことが心配なのか、少女は苛立ちながらも諭すような口調で言った。
「願い下げじゃ。力を貸すのは構わんが、力を貸されるいわれはない。力を貸されるのは弱いからじゃ。わしは強い。他人の助けなど必要ない」
天一郎は傲慢そのものの台詞を臆面もなく口にしたが、意地っ張りもここまで極めれば賞賛に値しよう。日常生活においては、他者の助けを借りなければ何一つまともにこなせないこの男であったが、こと闘いにおいては、その孤高孤絶ぶりに一点の曇りもないようである。
「……もういいわ、あんたに忠告しようとしたのが間違いだったわね」
おそらくこういったやりとりが、少女と天一郎の間で過去に幾度となく繰り返されたのであろうが、この男の生き方を変えられるのは、おそらく"死"だけなのであろう。
結局のところ、"馬鹿は死ななきゃ直らない"のである。
「で、作戦は新しく考えるとして、この後はどうするつもり? もう日が暮れるわよ?」
気を取り直すようにして少女が聞いた。
「まずは村に戻る。飯を食って寝る。夜明け前に起きて作戦を考える。夜が明ける。朝飯を食う。ここに集合する。作戦を実行する。わしが勝つ。それでどうじゃ?」
自らの"敗北"の可能性をいっさい検討事項に含めない、ご都合主義で手抜きそのものの行動案であったが、正体不明の敵本体との闘いがいつまで続くか分からない以上、「気力と体力の早急な回復」がこの男にとって最優先事項であることは明らかであり、調査活動等の全ての作業を放棄して休養と栄養補給に一点集中するということは、ある意味で的を得た考えとも言えた。
だが、この男がそこまで頭を回しているわけもなく、とどのつまりは"疲れたので腹いっぱい食べて早く寝たい"ということであったろうが。
「……要するになにもかも先送りにして、あとは出たとこ勝負ってことね。あんたらしいわ」
"明日出来ることは今日やらない"という、幼い頃から一貫して揺らぐことのないこの男の適当ぶりに、怒りも呆れも通り越したか、諦めの溜息を漏らしつつ少女は言った。
「先送りではない。店じまいじゃ。わしは残業はしない主義じゃからの」
仕事を発注されてからまだ数時間程度しか働いていないはずであったが、この男の個人商店は早じまいのようである。
「気が向いたときにしか働かないくせによく言うわよ。とりあえず夜明け後に集合ね。ちゃんといい作戦考えてきてよ?」
「まかせておけい。未熟者のおまえでも理解しやすいよう、巧妙にして簡潔なる名案を考えてきてやるほどに」
天一郎は自身満々な表情でそう言ったが、この男に果たして"正面突破"以外の戦略があるのかどうか?
「言っとくけど、闘うのはあんた。あたしは調査。あんたが危なくなっても助けないからね。でもあたしが危ない目にあったらちゃんと助けなさいよ。"兄貴分"なんだから」
「……貴様、よくもまあいけしゃあしゃあとそんな図々しいことが言えるのう。さすが間諜の家系じゃ。人を利用することにかけて右に出るものはおらんな」
天一郎にとっては精一杯の皮肉であったろうが、少女は涼しい顔で切り返した。
「だって、闘うときに人の助けは借りたくないんでしょう?」
「ああそうじゃ! 未熟者の助けなど必要ない。おまえは陰からこっそりわしの大活躍を眺めておけばよい」
「はいはい、そうさせて頂きますわ。"兄貴"殿」
この少女、どうやら天一郎の操縦方法を誰よりも心得ているようである。
「ふん、こまっしゃくれた妹分じゃ。で、ひびき、おまえはこの後どうするのじゃ?」
先ほど少女から聞かれた質問を、今度は天一郎が聞き返した。
「森に隠れるわ。こんなところにいて、また戦車とかヘリとかが出てきたら嫌だもん」
「ふむ、おまえも店じまいか。で、"疾黒"はどうした? まさかここまで歩いてきたわけではあるまい?」
「森の中に置いてきたわよ。呼べばすぐに来るけど。……ははぁん、そういうこと?」
「ふふん、そういうことじゃ」
天一郎はにんまりとした表情になって言った。"そういうこと"とはつまり……
「"村まで疾黒で送っていけ"ってことね。もう動けないんだったらそう言えばいいのに。意地っ張りな"お兄さん"だこと」
「馬鹿を言うでない。多少疲れておるとはいえ、数キロ程度の道のりなど屁でもないわ。しかしまあ、明日に備えて体力を温存するのが吉じゃからの。それに、疾黒もわしに会いたいじゃろう」
二人の会話から判断する限り、どうやら"疾黒"というのは少女の愛馬のようであるが、この男とも顔なじみであるらしい。
「まあ確かに、不思議とあんたに懐いてたけどね……。いいわよ、行きましょう。"日守村"に」
「うむ。今日のところは痛み分け。明日は朝から"延長戦"じゃ。相手の能力が分かった以上、今日のようにはいかんぞ。初回でケリをつけてやるわい」
少女の指摘通り、疲労困憊でもはや身動きならんといった体の天一郎ではあったが、司令棟を見つめるこの男の瞳は爛々と輝き、その闘志には幾分の翳りも見受けられないのであった。




