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鬼喰い  作者: 勝又健太
第四章 寄り添うものたち
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第四章(5)

「ふん、頑固者につける薬はないわね」


 過去を共有する二人にしか分からない微妙な空気を嫌がったか、少女は吐き捨てるように言って目を逸らした。


「ひびきよ ーー 言っておくが、余計なことはするでないぞ。おまえたちに敵対するつもりはないが、わしの邪魔をするなら容赦はせん」


 少女の心の揺れを知ってか知らずか、威圧的で断固とした言葉の内容とは裏腹に、天一郎はあえて感情を殺すような、むしろ淡々とした口調で言った。


 たとえ昔の仲間であっても、自らの"掟"に例外はない。ましてや感傷の入る余地などあってはならない ーー それがこの男の、剣士としての矜持なのであろう。


「その言葉、そっくりそのままお返しするわ。なによ。助けてもらった分際で偉そうにしちゃって!」


「助けてくれと言った憶えも、助けられた憶えもない。勘違い女につける薬もないようじゃな」


 売り言葉に買い言葉とはこのことであろうか。先ほど二人の間に流れた空気をお互いに打ち消そうとするかのように、不自然なほどに挑発的な罵り言葉を応酬し、天一郎と少女はしばし睨み合った。


「……ふん、まあよい。おまえに助けられたつもりはないが、頼みもせんのに地上まで引き上げたおせっかいに免じて、手間賃程度は手伝ってやるわい」


「ほんとにぃ!?」


 先ほどまでの不機嫌顔はどこへやら、天一郎を助けた時点から狙いはこれであったか、"してやったり"という興奮を隠しもせず、両手を握り合わせて媚びるように小首をかしげ、少女は再び天使のような笑顔を作った。


「ああ、借りを作るのは業腹じゃし、どうせ狙いは同じじゃ。反目しても意味はあるまい。ただし、手を貸すのは本体を見つけるまでじゃぞ。相手が"いと近きもの"だった場合、わしはわしの流儀でやる。よいな?」


「もちろん!」


 言葉とは裏腹に、少女の満面の笑顔には"そんな約束なんて知ったこっちゃないわ。見つかりさえすればこっちのものよ"と極太の字で書いてあったが、少女のこの豹変ぶりにも策略家ぶりにも既に慣れているのか、天一郎は軽い苦笑いを浮かべたきり、不平を言うでもなく、すぐに思案顔に戻った。


「しかしまあ、とりあえず今日のところは撤退じゃの。あのぼろぼろの司令棟になにかがおるのは間違いないとしても、これだけ力を使い切ってしまっては分が悪い。"こいつ"も満腹で寝ておるし、作戦の練り直しじゃな」


 やはり今日中に仕事を片付けるつもりであったか、予想外の撤退に、傍らの愛刀をちらりと見ながら、天一郎は"やれやれ"といった表情で深い溜息をついた。


 しかし、状況を考えれば、一旦退くことは明らかに最善策であったろう。


 なんといっても、刺客をいくら倒したところで、"寄り添うもの"本体には何のダメージも与えられないのである。しかも、司令棟に本体がいるという保障もない。


 どうやって敵本体に辿り着くか、それまでにどれだけ気力と体力を温存出来るか? 一晩休んで戦略を考え直さねば、今のままではこの男が敵の圧倒的な"物量"の前に敗れ去ることは、火を見るよりも明らかであった。


「満腹って……また"喰べちゃった"の? そのうち死ぬわよあんた。食べ過ぎで」


「……人を"食い倒れ王"みたいに言うでない。そもそも喰っておるのはわしではなく、こいつじゃ」


 自らの神技を、まるで食いしん坊のつまみ食いのように軽々しく扱われたことに立腹した様子で、天一郎は愛刀をあごで指しながら、不機嫌そうな表情を作った。


「じゃあ"食べられ過ぎ"ね。知らないわよ、今回だってたまたま助かったから良かったけど、あんな無茶な技使って生きてられる方が不思議なんだから」


 天一郎と鬼狩丸の繰り出す技と、その現実離れした異常さ加減をよく知っているのか、少女は心底呆れたという様子であった。おそらく、以前に何度も同様の状況に遭遇したことがあるのであろう。


「仕方があるまい。今回は敵が強すぎた。戦車に戦闘ヘリに装甲車に、大口径の榴弾砲。しかも動力を破壊しても止まらん。そんな化け物兵器を数十台も相手にするとあっては、正面からまともに斬り合うわけにもいかんじゃろう」


 と、しんどそうにぼやく天一郎の言葉の裏には、「それだけの強敵に勝ったわしは凄い」という自慢たらたらの気持ちが、誰にでも感じ取れるほど濃厚にまぶされていた。


「だったらみんなで戦えばいいのに。一人だけでやろうとするから死にかけるんでしょ。いっつも」


「……」


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