第四章(4)
「……"しびとの魂"? どういう意味よ?」
少女は怪訝な表情で聞き返したが、当然であったろう。"しびと"とは要するに"死者"のことであろうが、生きとし生けるものだけに宿るのが"魂"である。
なのに"死者"の"魂"とは、いったい天一郎はなにを言いたいのであろうか?
「そのままの意味じゃ。戦車も、アパッチも、兵器として既に"死んで"いた。つまり"しびと"じゃった。死んでいるものの魂に寄り添い、その本分を引き出しておるのだから、敵は"しびとの魂に寄り添っている"ということになる。論理的な帰結じゃろう」
天一郎は、あくまで誇張なく事実だけを述べているつもりであるのか、この男には珍しく淡々とした口調であった。
「あんたの口から"論理的"なんて言葉が出てくるとびっくりするわね……。せっかくの推理だけど、それ"非論理的"よ。"死んでいる"のに"魂がある"って、その時点で論理が破綻してるもん」
その通りである。常識的な考え方に従うのであれば、死者に魂が存在するわけもなく、天一郎の推理はその前提部分で既に欠陥を内包しているのであった。
「確かに、本来"もの"が死ねば"魂"も離れる。例えばわしが"死んだ刀"の本分を引き出すことが出来んのは、そこにもはや魂が宿っておらんからじゃ」
少女の容赦無い反論に動じる風もなく、天一郎は平然とした様子で続けた。
「しかし、ものが"非常に強い無念"を残して死んだ場合は少々事情が違ってくる。本来離れるはずの魂が、ものにしがみついたまま離れようとせん。それを"しびとの魂"というのじゃ」
「……なんであんたがそんなこと知ってるのよ?」
戦闘に関する知識以外はほとんど小学生レベルのはずのこの男が、あたかも世の中のことを何でも知っている"賢者"のようにもっともらしいことを言い出したので、少女は驚き半分、疑り半分と言った様子であった。
「昔、うちのじいさまがそういうようなことを言っておった」
「……なんだ、そういうことか」
幼馴染なだけに天一郎の祖父のこともよく知っているのか、少女は"腑に落ちた"という納得感と、先ほどからの話でやや見直しかけていたこの男の教養が、実は他者からの受け売りであったことに対するがっかり感を、言葉と顔で遠慮なく表現した。
「なんだとはなんじゃ。せっかく貴重な知識を教えてやったというに」
先ほどまでの知性的で落ち着き払った様子もどこへやら、自らの教養の底の浅さを少女に見透かされて立腹したか、天一郎は眉をしかめて少女を睨みつけた。
「ふん、恩着せがましいと女の子に嫌われるわよ。で、敵はその、"既に死んでいるのに宿主にしがみついている魂"というものに寄り添っている、というわけね?」
「そういうことになるな。しかも、宿主は既に"死んでおる"以上、心臓を貫こうが動力を叩き壊そうが、二度は死なん。身動きできんほどに宿主をぶち壊すか、魂そのものを殺すしかない。厄介じゃぞ」
天一郎の説の信憑性はさておき、心臓を貫かれながらも立ち上がってきた分村の怪人、そして自らの装甲や動力を自爆で吹き飛ばしながらも、天一郎を轢き殺さんと最後まで前進を止めなかった10式戦車、彼らの壮絶かつ非現実的な闘いぶりを考えれば、"心臓を貫こうが動力を叩き壊そうが二度は死なない"という点に関しては、どんなに常識外れであったとしても、いまや事実として認識せざるを得なかった。
「確かに厄介ね……。しかもこの能力、"説得型"ね?」
「おそらくな。わしは自分の体が触れているものにしか寄り添えんが、こいつの場合、一度寄り添ったら後は"魂まかせ"じゃろう。つまり、本体はこの近くにおらん」
彼らの言う"寄り添う"という能力の意味は未だ明らかではなかったが、つまりこういうことであろう。
天一郎をはじめとする鬼伏一族は、"刀"に宿る秘められた力、つまり"刀の本分"を強烈に引き出す能力を持っているのである。それにより、本来斬れるはずもない10式戦車の複合装甲を一刀両断したり、あるいはアパッチとの一戦で見せた"闇隠"のような、この世の物理法則を凌駕するほどの神技を体現することが出来る。
だがその力は、自分が触れているものに限定される。つまり、遠く離れたものに対してその力を及ぼすことは出来ない。
ところが、いま天一郎が戦っている相手は、一度その能力で"しびとの魂"と通じ合った後は、その魂の自由意志によって敵を攻撃することが可能なのである。
つまり、こちらは敵の正体が分からないにも関わらず、相手は安全な場所から次から次へと刺客を送り込むことが出来るわけで、戦うに際してこれほど厄介な相手もいないであろう。
「寄り添う対象は違うけど、将人様と同じような能力か……」
似た力を持った人間を思い出したのか、少女が独り言のように呟いた。
「ふん、相変わらず"様"付けとは、時代錯誤なことよの。元気にしておるか? 将人は」
総髪に和装に雪駄という、自らの時代錯誤な出で立ちを棚に上げて、まるで身分制の封建社会に生きているような少女の発言を天一郎は揶揄したが、そこには悪意はこもっておらず、少女と共通の知人と思われる"将人"という人物に対する敬意が伺えた。
「愚問ね。元気じゃないあの人を見たことがある?」
「ふっふっふ。そうじゃったな。我らの"大将殿"は相変わらずか」
「"元"大将殿でしょ。あんたにとっては」
少女の言葉を聞く限り、天一郎と少女、そしてこの男とほぼ同年代と思われるその将人という人物は、どうやらかつて何らかの仲間関係にあったようである。
その後天一郎が何らかの理由で出奔してしまったものの、相手はこの男の腕を今でも惜しんでいる、というようなことであろうが、生来の一匹狼で、組織に所属すればまさしく"獅子身中の虫"あるいは"時限爆弾"のような存在になりかねないこの男を、組織の一員としてうまく活用出来ていたということであれば、その将人という青年の統率力やリーダーシップはおそらく相当なものだったのであろう。
「聞いても無駄だとは思うけど、戻るつもりはないの? あんたのことをいつだって待ってるわよ、将人様は」
「何度も言ったはずじゃ。戻るつもりはない」
なにかを断ち切るようにぴしゃりと答えた天一郎と少女の間には、この時なんとも言えない不思議な空気が流れていた。
それは郷愁であったか、はたまた未練であったか ーー




