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鬼喰い  作者: 勝又健太
第四章 寄り添うものたち
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第四章(2)

「……天一郎! こら、天一郎。起きろ! 起きなさいってば!」


 人間の喜怒哀楽すべてをその深い地割れで呑み込んでしまったような、無感情そして無機質な不毛の荒地に、寝ぼすけの弟に苛々している姉のような、場違い過ぎるほどに人間的で感情のこもった声が響き渡った。


「……」


「このぉ、どうしても起きない気ね。いいわよ、あんたがそういうつもりなら……」


 昏倒している人間に、なんの"つもり"があるはずも無かったが、仰向けになってぐったりしている男の傍らに立っている美少女は、男が自分の厚意を無視していると勝手に解釈し、荒療治に出る決意を固めたようであった。


「もう一回言うわよ。天一郎……」


 少女は深く息を吸い込んだ。


「起きなさぁぁぁぁい!!!」


 いったいこの少女のどこからこんな大声が出るのか、まるで1000Wのスピーカーから誤って最大音量で音楽を流してしまったような、弱っている地層が再度崩壊してもおかしくないほどの、まさに殺人的な声量であった。


「ぐはっ!!!……」


 起こすというよりも、むしろ聞いた相手をショックで永眠させかねないほどの大音響に、夢の中で三途の川を渡りかけていたこの男も現世に引き戻されたか、もしくは静かに蘇生しかかって徐々に脈を打ち始めていた心臓に無用な一撃を加えられたか、いずれにしろ文字通り目の玉が飛び出るような驚愕と苦悶の表情を浮かべ、体全体を反り返らせて、天一郎は覚醒した。


「ふう、やっと起きたわね。おひさしぶり、天一郎」


 殺人すれすれの荒療治も、この少女にとっては寝ている子供の布団をひっぺがした程度のことでしかないのか、天一郎に向かってまるで天使のように微笑みかけるその表情には、自らの過剰すぎる蘇生行為に対する疑念は塵ほども浮かんでいないのであった。


「……な……なにが"おひさしぶり"じゃ……こ、この騒音女め……」


 天一郎は必死の形相で、顔見知りと思われる少女に対して抗議の声を絞り出した。


「あら、幼馴染に向かって随分じゃない。ひどいわ、せっかく助けてあげたのに……」


 少女は"心外だ"とばかりに、わざとらしく悲しそうなしかめっ面を作ったが、その目は明らかに笑っており、自らの殺人的な声量によって無理矢理蘇生させられ苦しむ天一郎の様子を、可哀想に思うどころかむしろ楽しんでいることは明白であった。


「……だ、誰が助けてくれなどと……放っておいても……そ、蘇生しとったわい……」


「ふんだ。意地っ張りは相変わらずね」


 少女の言葉を無視し、やっとのことで上半身を起こしてぜぇはぁとひとしきり深呼吸を繰り返してから、ようやく人心地がついたか、天一郎は苦しむ自分を頭上から愉しげに見下ろす幼馴染を睨みつけた。


「くそったれめが! 世が世なら殺人未遂で訴えてやりたいところじゃ。こんなところに一体何をしに来た? "ひびき"よ」


「仕事に決まってるでしょ。気が付かなかった? ずっと尾けてきたのに」


 "ひびき"と呼ばれた少女はすまし顔で答えた。天一郎の怒気もどこ吹く風といった体である。


「ち、どうせ"音を消して"おったのだろうが。尾行のときまで能力に頼るとは、未熟者のやりそうなことじゃ。"羅波一族(らはいちぞく)"の名が泣くぞ」


「うるさいわね! あんたを尾行するのに能力なんて必要ないわよ。いつだって隙だらけなんだから」


 幼馴染というだけあって天一郎の性格をよく把握しているのか、的確な指摘であった。そもそも分村でなゆたとすばるの姉弟と出会った際にも、矢で狙われていることに「動くな」と言われるまで気付かなかったような男である。


「ふん、真の強者は、いちいち周りの小事を気にかけたりはせんのじゃ」


 図星を突かれてさらに気分を害したか、天一郎は憮然として吐き捨てるように言った。


「負け惜しみばっかり。ちなみに、尾けてきたのはあたしだけじゃないわよ。戦車とかヘリが出てきたときに驚いて逃げちゃったみたいだけど、男の人がずっと見張ってたわ」


「ああ、そっちは分かっておった。村長が付けた監視役じゃろう。おまえはいつから尾けていた?」


「"日守下村"からこっちに向かってくる時に、森の中であんたを見つけて、そこからずっとよ」


「……分村に行ったのか?」


 少女の情報網と神出鬼没ぶりはよく知っていながらも、すでに惨劇の現場に立ち寄っていたことにさすがに驚いたか、天一郎は目を剥いた。


「行ったわよ。もう調べも済ませてきたわ。あんたも朝行ったんでしょ? 一悶着あったって聞いたけど」


 少女はまるで"あたしは全てお見通し"とでも言いたいかのように涼しい顔で答えた。自分の有能ぶりをひけらかして恥じないところは、天一郎と似た者同士といったところであろうか。


「……なるほどな。さすがの地獄耳じゃ。ここの村にも"内通者"がおるわけじゃな?」


「どうかしらねー。企業秘密よ」


 いたずらっぽく笑う少女から、天一郎は忌々しそうに目を逸らした。人を苛つかせることにかけては右に出る者無しのこの男であったが、どうやら上には上がいるようである。


 いずれにしても、少女は無目的にこの地を訪れたわけではなく、分村で起きた惨劇を何らかの手段でいち早く察知し、さらにはその事件の手がかりがこの駐屯地にあると当たりを付けて来たようであったが、一切の通信手段が失われたこの時代に、いったいどのようにしてその情報を入手したのであろうか?


 さらには、天一郎の言葉を聞く限り"羅波一族"という集団に属すると思われるこの美少女は、この男と同様に何らかの"能力"、しかも"音"に関係する能力を持っているであろうことが窺い知れたが、兵器たちとの死闘のあと、地下数百メートルの空洞で死んだように横たわっていた天一郎を、これといった道具を持っているようにも見えないこの細身の少女が、たった一人でいったいどうやって地上まで引き上げることが出来たのか?


「ふん、商売繁盛で結構なことじゃな。で、なにか見つかったのか?」


「面白いものは色々あったけど、村の人たちの失踪の手がかりになりそうなものは何もなかったわ。血だまりの中に落ちていた"あれ"には、ちょっとぞぉっとしちゃったけどね」


 分村で見た"あれ"の異様さを思い出したか、少女は顔を歪めて両腕を抱え、わざとらしく大げさに震えて見せた。


「"あれ"とは、なんのことじゃ?」


 少女が何のことを言っているのか分からず天一郎は聞き返したが、どうやらこの男は、分村におけるなゆたとすばるとの出会い、そして怪人との一戦という慌ただしい展開に紛れて、すっかり忘れてしまっていたようである。


 血だまりの中で白く輝いていた、"あれ"のことを。


「気が付かなかったの? 落ちていたじゃない。血だまりの中に……」


 天一郎を怖がらせようとでもするかのように、少女はやや間を置いて続けた。


「……すごくたくさんの、人間の"歯"が」


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