第三章(12)
地球は、大きく分けて「地殻」「上部マントル」「下部マントル」「外核」「内核」という5つの層から形成されている。
このうち、地殻と、上部マントルのさらに最上部から成る非常に硬い層を「岩石圏」といい、この岩石圏はさらに十数枚の「プレート」に分かれて地球表面を覆っている。
これらのプレートが、その下にある「岩流圏」という流動性のあるマントル層の対流に乗って移動することを「プレートテクトニクス」といい、プレート間の押し合いや沈み込みによって溜まった「歪み」が、岩盤の破壊やずれによって急激に解放されると巨大な振動が発生する。これが「地震」の正体である。
そして、この揺れによって地殻表面に生じる「断層」や「ひび」のことを我々は「地割れ」と呼んでいるわけだが、大抵の場合その幅は大きくても数十センチ〜数メートルに留まる。
つまり、プレート移動によって引き起こされる通常の地震の場合に、この駐屯地で見受けられるような幅数十メートルにわたる地割れが発生することはあり得ないわけである。
その意味で、この地のみならず日本各地の自衛隊基地や駐屯地で顕著に生じた巨大な地割れは、"大異変"の名に恥じぬ一連の異常現象の象徴とも言えたが、AH-64Dから発射されたヘルファイア・ミサイルがきっかけとなった、まるで"風呂の底が抜けた"ような一瞬の陥没現象もまた、それに勝るとも劣らぬ奇怪な崩壊劇であった。
そして、さらに奇怪なことには ーー
「あいたたた……このくそったれ地面め。崩れるなら先にそう言わんかい!」
愛刀と共に数百メートルほどの距離を落下し、助かる術などあろうはずもないこの男は、一緒に落ちてきた地面に対してお門違いの八つ当たりをする元気と共に、どっこいしぶとく生きていたのである。
地球上で人間が自由落下した場合、その際のいわゆる「終端速度」(空気抵抗と重力が釣り合って変化しなくなる最高速度)は時速200kmを超えると言われているが、天一郎の落下距離であればこの速度に達していたことは明らかであり、時速200kmで走る新幹線と正面衝突して生存し得る人間がいないのと同様、"あいたたた"で済むような高度でないことは明白であった。
土と草にまみれた状態からよっこらせと上半身を起こす天一郎の周囲には、落下による衝撃を和らげるクッションになりそうなものや、落下速度を減じられるパラシュートのような道具はもちろん見当たらず、持っているものと言えば、先ほどからの大活躍にも関わらずこの男が起き上がる際の杖代わりとしてぞんざいに扱われて、文句の一つも言いたげな愛刀・鬼狩丸のみであった。
「タイミングがちょっと早かったがの。いずれにしても、わしとこいつに"高さ"は通用せんぞ」
遥か上方にぱっくりと口をあけた、自らと鬼狩丸が落ちてきた地割れの方に向かって天一郎は不敵な笑みを浮かべた。
今の言葉を聞く限り、地面に激突する直前に愛刀を振るったことは間違いないようであるが、"斬る"こと以外に何も出来ないこの男が、いったい何を斬り、そしてどうやって無事に着地することが出来たのか?
上方から外部の光が漏れ入ってきているとはいえ、周囲の様子も定かならぬ暗闇に覆われたこの地の底においては、天一郎がどのような秘技を繰り出したのかを判別することは不可能であったが、いずれにしてもこの男と愛刀が、200kmの速度さえも無効にする"なにか"を行ったということだけは確かであった。
「修行中、親父に崖から突き落とされて死にかけたのを思い出したわい。あの時は鬼畜の所業じゃと喚き散らしたもんじゃが、意外なところで役に立ったの。親の言うことは聞いておくものじゃ」
父親に対する愚痴と感謝の入り混じった言葉を口にしつつ、天一郎は先ほど同様に片膝立ちの姿勢になって体力回復を図ろうとしていたが、ヘルファイア・ミサイルに対して使った"闇隠"ほどではないとしても、落下する際に用いた技もまた相当に気力体力を消耗させたらしく、この男が圧倒的に不利な状況に追い込まれているということは誰の目にも明らかであった。
「とりあえず、上に登る算段をつけねばならんが……。ここは一体どういう空間じゃ? シェルターかの?」
天一郎がそう思ったのも道理、暗闇にやや目が慣れて周囲を見渡してみると、今この男が膝をつけている地面も壁も天井も、土ではなく明らかに何らかの岩石によって造られており、なだらかな円形を描く天井部分や、高さ数十メートル、幅は数百メートル以上もありそうな構造と規模からして地下鉄用とも考えにくく、自衛隊が秘密裏に建造した地下シェルターと考えることは決して的外れとは言えなかった。
ただ、それが"人工の"建造物であると考えるには、かなりおかしな点があることも事実であったが。
「しかしシェルターにしては……工事の跡がないのう?」
通常、トンネル等の地下施設を建造する場合には、周囲が頑強な地層であれば、主にダイナマイトによる発破によって掘削を行い、天井をアーチ型にして巨大な地圧を分散し、さらに「アンカー」と呼ばれる巨大なボルトを天井や壁面全体に打ち込んで補強を行うタイプの「山岳工法」方式が採用されていた。
また、周囲の地層が弱い、いわゆる都市型の地下施設の場合には、「シールド機」という掘削機を使用して地面を掘り進み、掘ると同時に「セグメント」という構造材を壁面に次から次へと構築していく「シールド工法」という方式が主流であった。
他にも様々な工法が存在したが、地下においてどういった手法で工事を行うにしても、その壁面にはボルトやコンクリート等の人工物が必ず残るはずだったわけである。
だが、不思議に思った天一郎が手近な壁面に近寄って、どんなに表面を撫でたり目を凝らしたりしてみても、そこには小さなネジはおろか、コンクリートの一片さえも確認出来ないのであった。
「人工でないとすると、鍾乳洞のように自然の構造物ということになるが……水で削れるような岩とは思えんな」
鍾乳洞を形作る石灰岩は、酸性溶液によって溶解するという性質を持つため、二酸化炭素を含んで弱酸性となった雨水や地下水によって侵食、つまり削られていく。
この侵食作用により、数千〜数万年という気の遠くなるような長い年月を経て、人間の入れるような巨大な鍾乳洞が形成されるわけであるが、天一郎が呆れ顔で呟いたように、この空間の壁面を構築している硬質な岩石は、自然な水の侵食によって削られるような性質のものだとは到底思えなかった。
「いずれにしても、10式戦車殿も最強ヘリ殿も、"大異変"の際にこの空間に落ちたことで、地面に押し潰されずに済んだということかの。なんとも迷惑な話じゃ」
既に地上には存在しないはずだった、2種類の最強兵器との戦いの機会を設けてくれた何らかの"意志"に対する、抗議のような感謝のような苦笑いを浮かべながら、天一郎は天井の崩落部分とそこから見える外部の光をまじまじと眺めた。
「さあて、どうやって登るかの。"手"がないわけではないが、体力を使いきってしまっては本末転倒じゃし……」
天一郎がそう言って再び地面に座り込み、策を練り始めたその時 ーー
「ん?」
石工の神が、頑強な石の内部を戯れに削り取って作ったような超自然的空間内のそこかしこから、天一郎が本日既にうんざりするほど耳にしてきた、明らかに人工のものと思しき音が鳴り響きはじめた。




