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鬼喰い  作者: 勝又健太
第三章 死闘"竜ヶ谷駐屯地"
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第三章(11)

 遠距離であれば、通常は上方から飛来する対地ミサイルだが、超近距離のためほぼ直線に進んで一瞬で地面に着弾し、"ずおん"という重い爆発音と共に、10式戦車の炸裂弾とは比較にならないほどの巨大な衝撃波と火球が広がった。


 米軍パナマ侵攻時の「ジャスト・コーズ作戦」、湾岸戦争における「砂漠の嵐作戦」、コソボ紛争での「アライド・フォース作戦」、そしてアフガニスタンにおける「不朽の自由作戦」と、様々な作戦で絶大な戦果を挙げたヘルファイア・ミサイルの精度によもや間違いがあるはずもなく、勇猛果敢にして無謀な若き剣士の挑戦は、その愛刀と共に紅蓮の炎に焼き尽くされ、無残なる灰燼に帰したかと思われた。


 ところが ーー


「残念。はずれじゃの」


 いったいどのような奇跡が起きたのか、一発必中のはずの"地獄の業火"は、なぜか遥か後方の10式戦車の残骸に着弾し、やや中腰になり前方に愛刀を掲げた天一郎は全くの無傷で、それどころか戦車の徹甲弾を見事に避けきった際と同様、にやにやと自慢げな笑みを浮かべているのであった。


 そして、先ほど天一郎が愛刀を一回転させた、つまり鬼狩丸で"斬った"空間には、まるで巨大なアナログレコードのような、直径2メートルほどの真円の"闇"が浮かんでいるのであった。


「鬼伏流奥義、"闇隠(やみがくれ)" ーー どんなミサイルでも、"見えなければ当たらん"のが道理。ロングボウ・レーダーがどれほどの精度なのかは知らんが、"斬られた空間"には役に立たん」


 説明が必要だろう。ミリ波に限らず、光を含めたあらゆる電磁波は、電場と磁場という二種類の場の振動によって伝わっていく一種の"波"である。


 そしてこの波は、何らかの対象物に衝突すると"反射"するという性質を持っている。レーダーは、こういった電磁波の反射を測定することによって、対象物との距離や方向を算出するシステムであり、さらに波の"波長"が短いほど正確な測定が可能なのである。


 ミリ波レーダーとは、通常のレーダーに使われるマイクロ波よりも波長が短く直進性の強いミリ波を使用したレーダーのことであり、ロングボウ・レーダーはこれによって、非常に高い精度で複数の対象物を同時に識別することを可能にした画期的なシステムなわけである。


 だが、当然のことながら、対象物が何も存在しなければ反射は発生しないし、さらに言えば"電磁波が空間を進むことが出来なければ"、もしくは"電磁波の進む空間そのものが存在しなければ"測定は不可能である。


 天一郎と、そして愛刀・鬼狩丸の行った"奇跡"とは ーー この男の言葉を額面通りに受け取るならば ーー 自らの眼前の空間を"斬る"、つまり空間を"殺す"ことによって、可視光を含めたあらゆる電磁波の振動もまた"殺して"しまい、文字通り"闇に隠れる"ことを可能にした、一種の隠形の術と言うことが出来るであろう。


 鬼狩丸が一閃する直前まで、天一郎の姿を克明に捉えていたロングボウ・レーダーシステムは、脅威度最上位として強調表示されていた天一郎がヘルファイア発射直後に突然掻き消えたことにより、そのターゲットを脅威度2位だった10式戦車の残骸に急遽変更。マッハで飛来中にも関わらず目標を瞬時に更新し、見事に戦車の残骸を爆破したというわけである。


「まあ数秒程度で"傷"はふさがってしまうがの。いずれにしても、レーダーじゃろうがミサイルじゃろうが、"殺された空間"は突破できん。反射することも爆発することも出来ず、"殺される"のみじゃ」


 それは、もしヘルファイア・ミサイルが目標を変えずに"闇"に一直線に衝突していたとしても、そのミサイルもまた呪いをかけられたように"殺される"という意味であったろうか?


 言葉の真偽は分かりかねたが、天一郎の言う通り、先ほどまで宙に浮かんでいた漆黒の"闇"は掻き消えていた。


 だが、なぜこの技を、10式戦車との戦闘の際には使用しなかったのであろうか?


 奥義を使うまでもないと侮ったわけではなかろうが、ミサイルさえも殺せるという天一郎の言葉が真実なのであれば、戦車の徹甲弾や炸裂弾に対しても最初からこの技を使用していれば、もっと楽に勝てたはずであるのに ーー


 その答えは、現在の天一郎の様子が雄弁に物語っていた。


「……とは言っても、何回も連続でやれるような技ではない。さて、この後どうしたもんかの?」


 精一杯の意地か、高慢なしたり顔こそ崩してはいないものの、明らかに相当な体力と気力を失ったと見え、地面に片膝を突き、もう片方の膝に上半身をもたれかけて、苦しそうに肩で息をしている天一郎の姿は、その奥義がどれほどの集中力を要する神技であったのかを周囲に知らしめるには十分過ぎるほどであった。


「一回でもう少したくさん撃ってくれると思ったが、当てが外れたわい」


 今の技によって一度に多数のヘルファイアを片付けるつもりであったか、予想に反して1発しか撃ってこなかった用心深いAH-64Dに不平を言いながら、天一郎は次なる戦略を思案しているようであった。


 だが、そのわずか1発のミサイルは、この男の予想を遥かに上回る成果を、この駐屯地の脆弱な地層にもたらそうとしていたのである。


「ん?」


なにか巨大なものが"ずれていく"ような震動を天一郎が察知した刹那、10式戦車の残骸、つまり先ほどのミサイルの着弾点を中心に、"ぼこっ!""ぼこっ!"という音と共に蜘蛛の巣のような地割れと陥没が一気に広がり、天一郎が膝を突いていた地面も、まるで南極の氷山が砕けて海に吸い込まれていくように、逃げる間もないほど一瞬にして崩れ落ちたのである。


「ひええええええ……」


 疲労困憊の天一郎に、この突然の崩壊を回避する余裕があろうはずもなく、武に携わる者とは思えぬような情けない悲鳴を後に残して、先ほど自らがこの世界に現出させた"人工の闇"とはまた別の、絶望的な超重量に覆われた"真の闇"へと、剣士と愛刀は為す術もなく呑み込まれていった。

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