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鬼喰い  作者: 勝又健太
第三章 死闘"竜ヶ谷駐屯地"
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第三章(10)

「しかしまあ、空挺部隊の駐屯地に、輸送ヘリではなくフル武装の戦闘ヘリか。本当になんでもありじゃの、ここは」


 空挺部隊とは、要するにパラシュート降下技術を用いて様々な作戦を展開する精鋭歩兵部隊のことである。


 航空機からの降下をエアボーン、ヘリコプターからの降下をヘリボーンと言い、陸上自衛隊の場合、その輸送の際に使用されるのは、航空機であればC-1輸送機やC-130輸送機、ヘリコプターであればUH-1汎用中型ヘリやCH-47大型輸送ヘリというのが基本であった。


 つまり、空挺部隊と輸送ヘリコプターとの関係性は非常に強いため、この駐屯地にUH-1やCH-47等の輸送ヘリがたまたま滞在していたとしても何ら不思議はないわけだが、戦闘ヘリ、しかも重武装したアパッチが配備されていたとなると話は全く異なる。


 戦闘ヘリは元々ヘリボーン作戦の護衛用として誕生し(初期の通称は「ガンシップ」)、その後対戦車用の各種武装が追加されていったという経緯があるため、空挺部隊との相性が悪いわけではないが、落下傘降下の通常訓練を戦闘ヘリと合同で行うことは滅多にない。


 さらに日本の場合、当時の陸上自衛隊の兵器調達戦略の不備により、本来60機以上購入するはずだったアパッチを最終的には10数機しか調達することが出来なかった。


 アパッチ・ロングボウは、単機ではなく、IDM(改良型データモデム)ネットワークによって接続された複数機によるチーム攻撃でその真価を発揮するため、いかに世界最強の戦闘ヘリとはいってもこの機数では防衛戦略上の役割を事実上ほとんど果たすことが出来ず、極端に言えば大規模合同演習や何らかのイベント等での「客寄せ」的な運用しかされていなかったのである。


 その、現実的な戦力として扱われていなかったAH-64Dが、重武装されて空挺部隊の駐屯地に配備されていた。しかも、共同の駐屯地を使用する戦略的理由が全くないと思われる10式戦車と一緒に ーー


 当時の自衛隊上層部の思惑は、今となっては知るよしも無かったが、そこに何らかの常軌を逸した慌てぶりを感じ取るのは、天一郎ならずとも至極当然のことであったろう。


「怪獣が出るとでも思ったんじゃろうか? まあ結果としては、同じようなもんじゃがの」


 巨大な怪物が地の底から現れて暴れ狂ったような惨状を呈している駐屯地全体にちらっと目をやって、天一郎は苦笑を浮かべた。


 人知を超える何かから郷土を守るための闘いの準備を進めていたはずの当時の自衛隊員達も、まさか守るべき土地そのものが自らに牙を剥くとは思わなかったであろう。


「しかし貴殿、かなり軽傷じゃったようじゃの。運の良いことよ」


 天一郎の言葉通り、眼前のアパッチ・ロングボウは、ほぼスクラップ寸前の状態だった10式戦車と異なり、地底に落ちた際に潰れたとみられる機体下部の主脚とチェーンガン、割れたコクピットガラス以外はほぼ無傷であり、それぞれ4枚ブレードのメインローターとテイルローター、メインローター上部に設置された扁平な形状のロングボウ・レーダー、左右のスタブウイングに取り付けられたロケット弾ポッド、スティンガー空対空ミサイル、そして"地獄の業火"ロングボウ・ヘルファイアミサイルと、ほぼ全ての武装が健在なのであった。


 そしてもはや天一郎は何も驚きはしなかったが、当然のごとく ーー


 無人であった。


「貴殿に"寄り添っておる者"も、随分とよい機体を見つけたものじゃ。いや、正確には"機体"ではなく ーー "死体"かの」


 天一郎はにやりとしながらまた妙なことを言った。確かに、"大異変"以降の10年間、何の整備も行われずに放置されたままの精密機械が、もし燃料が揮発していなかったとしてもそのままの状態で動作するなどとは到底考えられず、そこに何らかの力が作用していることは明白であったが、"死体"とはいったいどういう意味であろうか?


「まあ、生きておろうが死んでおろうが、動いておることに変わりはない。まずは初弾。お手並み拝見といこうかの」


 10式戦車との闘いの際は、相手の第一撃目を受けるまで鞘に収めたままだった鬼狩丸を、天一郎は肩から下ろして素早く抜きかざした。


 さらに、何か考えがあるのか、いつも放り出している鞘を今回は珍しく腰帯に挟んだが、この男の人生においても単純に"攻撃力"という観点から考えれば間違いなく最強の敵を相手に、どうやら今回は一切の遊びなしのようである。


「さて、その横にぶらさげた"地獄の業火"とやら、撃って参られい。わしのことが"見える"ものならな」


 しかも、この言葉を聞く限り、"一太刀目はお譲りする"というこの男の矜持というか意地は、地上最強の"悪魔の兵器"を相手にしてもいささかも揺るいでいないようであったが、AH-64Dのロングボウ・レーダーは、「対地目標モード」の場合、最大6km先までの静止目標をミリ波によって克明に探知し、鮮明な解像度で液晶モニターに映し出す。


 その、いかなる物体も逃れられない"電子の目"に対して、"見えるものなら"とは、一体いかなる意図をこめた発言であろうか?


 そして、先ほどからゆっくりと回転していたアパッチのロングボウ・レーダー本体、「レドーム」と呼ばれる扁平の保護球体内で、90度ごとに6秒を要する走査が完了し、地上物体の脅威度判定で天一郎が第1位として強調表示、そしてロックオンされた瞬間 ーー


「いよっ!」


 天一郎が、アパッチに向けて掲げた鬼狩丸を、鍔を中心に目にも留まらぬ速度で回転させたと同時に、かつて世界中の戦場でその蛮名を轟かせた"ロングボウ・ヘルファイア"が、ミリ波レーダーによる百発百中の精度と必殺の意志を携えて、的を外しようのないわずか数十メートルの距離から、マッハ1のスピードで発射された。

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