第三章(9)
「……またか。今度はなんじゃ?」
再び聞こえてきた機械音に対し、天一郎は少々うんざりした顔で呟き、先ほど10式戦車が駆け上がってきた断崖とはまた別の、幅数十メートルほどもある大きな亀裂の方に目をやった。
戦車が現れた際とは異なり、地面の揺れはほとんど感じない。
その代わりに、"ぼぼぼぼぼぼぼ"という、空気を震わせるような振動音が連続し、それが徐々に大きくなってきていた。
「矢でも鉄砲でも持ってこいと言いたいところじゃが、あの音はちとまずいのう……」
10式戦車が地響きを立てて登場した際には、好奇心に満ちたわくわくした表情で待ち構えていた天一郎であったが、今度の敵は既にその正体をおおよそ見破り、しかもできれば闘いたくないタイプの相手であったか、楽しみというよりもむしろげんなりとした様子であった。
「空挺部隊の駐屯地じゃから、"そいつ"がおっても不思議はないがの。問題は"用途"じゃ」
徐々に大きくなる振動音と機械音に耳を、そして亀裂から吹き上がる土埃に目を凝らしながら、天一郎はこれから現れ得る"最弱の敵"と"最強の敵"の両方のパターンを頭の中でシミュレーションしていた。
"最弱"のパターンであっても厄介なことに変わりはないが、"最強"の敵が現れる場合、身を隠す場所もない穴だらけで脆弱なこの地形は圧倒的に不利、いや普通に考えれば絶望的ですらあった。
そして、地割れから巻き上がる風がほとんど竜巻のような様相を呈し、その振動音の発生源がいったいどういう機械であるのかほぼ誰にでも判別出来るほどに音が近づいて来たとき ーー
天一郎の思い描いていた"最強"のパターンのうち、まさに頂点に君臨する敵が、その威容を周囲に誇示するようにゆっくりゆっくりと亀裂からその姿を覗かせ、"回転する翼"が生む浮力を使い、かつて自らが支配していた大空に悠然と舞い上がった。
「……ほっほっほ。"最強"を通り越して"最悪"のパターンじゃったの。まあ"最強戦車"のあとに、それより弱い刺客を送り込んでくるはずもないが」
実際にその姿を見て腹が決まったか、あるいは予想を遥かに上回る敵の重武装に勝負を諦めたのか、天一郎の顔からは緊張感が失せ、その代わりに"やれやれ"とでも言いたげな苦笑いが浮かんでいた。
「しかしまあつくづく"弓"に縁がある日じゃの。実物を目にするのは初めてじゃが、一度お目通り願いたいとは思っておったぞ。"アパッチ・ロングボウ"殿よ」
世界最強の戦闘ヘリコプター「AH-64D アパッチ・ロングボウ」 ーー
対地・対戦車用である"攻撃専用ヘリコプター"の先鞭をつけたのは、ベトナム戦争後期に投入された「AH-1G ヒューイコブラ」である。
その後、1972年に発表された米軍のAAH計画(新型攻撃ヘリコプター計画)の下、この機種の後継として設計・開発されたのが、初期型の「AH-64A アパッチ」であり、この機種は1989年の米軍のパナマ侵攻(ジャスト・コーズ作戦)、そして1991年の湾岸戦争(砂漠の嵐作戦)で実戦投入されて多大な戦果を挙げた。
特に湾岸戦争においては、その開戦前夜にイラク軍のレーダー陣地を奇襲してわずか数分のうちに破壊、さらにはこの戦争中に投入されたAH-64全体で戦車や装甲車両を計1000台以上破壊するなど、その力をまざまざと世界に見せつけたのである。
そしてこのAH-64Aに、コクピットや機器類の大幅なデジタル化、片側だけで最大1800馬力を絞り出す新型エンジンへのアップグレード、高性能ミリ波レーダーの導入など、様々な機能追加が施されて別次元の兵器へと進化したのが「AH-64D アパッチ・ロングボウ」なのである。
特に、この機種の命名の元になったAN/APG-78火器管制レーダー、通称「ロングボウ・レーダー」は、通常のレーダーに使われるマイクロ波よりもさらに波長の短い「ミリ波」を使用することにより、対象物の距離・方向・サイズを非常に細かく識別することを可能にした画期的なシステムであり、例えばGTMモード(対地目標モード)では、戦車や地対空ミサイル等の地上目標、および敵ヘリコプター等の空中目標を最大128個まで同時に探知し、それをTSD(戦術状況画面)に脅威度順に16個まで強調表示、探知開始からわずか30秒でそれらの標的に対して一斉攻撃を開始することが可能なのである。
また、AH-64Dに搭載されている対地・対戦車ミサイル「ロングボウ・ヘルファイア」は、ロングボウ・レーダーと連携する「アクティブ・レーダー誘導方式」を採用しており、命中精度もさることながら、発射後すぐの離脱が可能という「完全撃ち放し式」の攻撃を可能にしたという点でこちらも画期的であり、このミサイルに狙われたターゲットには、その名の通り「地獄の業火」による絶対確実な「死」が待ち受けているのであった。
「さてさて、どう闘ったもんかの」
空中を支配する重武装のヘリコプターと、足場の弱いでこぼこな地面に立つ、弧刀一振りの若き剣士。
闘いになるはずもないほどの、この二者の位置関係のように文字通り"天"と"地"ほどに開きのある戦力差を、この男は一体どうやって埋めるつもりであるのか、果たして戦略の立つ見込みはあるのか?
周囲からその腹づもりは伺い知れぬまま、10式戦車との死闘の際もそうであったように、天一郎はいつも通りの高慢な笑みを浮かべながら、地上最強の兵器AH-64Dと、真っ向から視線を合わせているのであった。




