第一章(2)
「じゃあ次は、その刀と荷物を見せてもらうわ。手を上げたまま後ろに十歩下がりなさい」
「疑り深いのう。見せるのは構わんが……」
男はちらっと刀を見て、何かを確認しているようであった。
「まあこの様子なら大丈夫じゃろう」
「?」
なにを確認したのか少女が把握できぬ中、男は「十歩じゃったな。い〜ち、に〜い、さ〜ん、し〜い」と、一歩ごとにわざとらしく大きな声をあげて後ろに下がった。
「……ほんとにふざけた男ね」
「あはは、あのにいちゃん面白いや!」
少女と少年は、男が下がった分に合わせ、男に狙いをつけたまま前に出た。
「すばる、まず刀を点検して。新しい血が付いてないかどうか見るのよ」
「うん!わ、この刀めっちゃくちゃ重い!」
そう言いながらも、少年は素早く鞘から刀を抜いた。弓だけでなく日本刀の扱いにも慣れているらしい。
「姉ちゃん!新しい血はついてないよ!」少年は刀を両手で持ち、表面をまじまじと凝視しながら言った。刀の重みで足元がふらふらとしている。
「ていうか、おいらこんな日本刀はじめて見たよ!刃が両方についてるし、ぶっといし、重いし、しかもすげえきれいだ!」
「おお分かるのか?子供にしては詳しいのう」男は感心したように言った。
「その刀は"両刃造り"というてな、日本刀では滅多にない種類の刀なのじゃぞ」
そう、海外のいわゆる「直刀」と呼ばれる種類の刀と異なり、刀身に反りのある日本刀の場合、現存しているものはほぼ全て「片刃」である。
"折れず、曲がらず"と形容される日本刀の強度と切れ味を両立させているのは、この独特の反りと片刃構造にあるわけだが、男の日本刀はその物理法則を完全に無視していた。
刀身が太く、広いのは、強度を保つための工夫であろうが、同時に重量も通常の日本刀を遥かに超過するであろうから、戦闘における実用性があるとは到底思えない代物であった。
「こんな刀、どこで手に入れたの?」
少女が、刀と男の両方に視点を合わせながら聞く。武に関わる者として刀に興味をひかれながらも、男から決して視線を外さない用心深さは見事であった。
「どこで手に入れたかと言われても困るがのう。まあわしの小さい頃から"あった"というか、腐れ縁の幼なじみという感じじゃな。はっはっは」
「小さい頃から剣があったって、あなた剣士の一族なの?」
「そうじゃ。しかも、名門中の名門じゃぞ。ふっふっふ」
男は鼻高々といった風情で言った。どうやらこの男には、謙虚さの美徳というものが欠如しているらしい。
「ところでぼうず、その刀、あまり長く持たんほうが良いぞ。いまは"眠っておる"から良いがな」
「眠ってる?」
少年は目を白黒させて聞き返した。
「うむ。刀も人間と同様、生きておるでな。眠りもするし腹もへる」
「そうなんだ。おいら、刀が眠るってはじめて聞いた!」
姉と違って、"人を疑う"という、この時代を生きていく上で必須の素養をまだ獲得しきれていないこの少年であっても、刀が眠るなどというのはにわかに信じがたい言葉であったろうが、手に持った刀の非現実的な存在感が、その言葉に妙な信憑性を与えていた。
「でも、いまもうお昼だよ?」
「はっはっは。そうなのじゃ。とにかく朝寝坊な刀でな、大事なときにいつも眠っておるので困っておる」
男は渋面を作ってそう言った。
「ふうん。そうか、なまけ者の刀なんだね!」
「そういうことじゃ。おぬしらは働き者のようじゃから、爪の垢でも煎じてそいつに飲ませてやりたいぐらいじゃな」
「もういいわ。すばる、あなたも乗せられすぎよ。刀が眠るなんてそんなの嘘に決まってるじゃない」
少女が呆れたように言った。常識的に考えればその通りであり、男の話している内容は狂人のたわ言のようなものであった。
「そうかなあ?だってこの刀、ほんとにきれいだし、まるで生きてるみたいなんだもん」
「はっはっは。それだけ褒められたらそいつも嬉しかろうな。起きたら伝えておこう」
男はあくまでも、"その刀は生きている"と言い張るつもりのようである。
「ところで、そろそろ手を下げてもよいかの?わしももう年でな、さすがに肩が凝ってきたのじゃが」
「だめよ。荷物検査が終わるまでは、そのまま手を上げていてもらうわ」
「疑り深いやつじゃのう……」
男は顔をしかめた。
「すばる、もう刀はいいから、袋を調べるのよ。村の人たちから盗んだものがないかどうか」
「うん!」