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鬼喰い  作者: 勝又健太
第三章 死闘"竜ヶ谷駐屯地"
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第三章(7)

「……なんとまあ、やってくれるわい」


 爆発の規模自体は凄まじかったものの、10式戦車の頑強な複合装甲が内側からの爆発にもその威力を発揮し、衝撃波が主に上方向に限定されたこと、および外部への破片の飛散が最小限に抑制されたことにより、まさしく間一髪で難を逃れた天一郎であったが、伏せた地面から顔を上げたこの男の表情には、勝者としての達成感は伺えず、むしろ"してやられた"という悔しげな感情がありありと浮かんでいるのであった。


「どうやったのか知らんが、砲弾を一気に誘爆させたようじゃな……。敵ながらあっぱれな最後じゃが、やることが無茶苦茶じゃ」


 10式戦車の砲塔部分は完全に吹き飛び、かろうじて車体部分は残っていたものの、下部の予備砲弾も誘爆したと見えて、車体全体がVの字に折れ曲がり、剥き出しになった内装からはぶすぶすと白煙が立ちのぼり、もはや戦車としての体を成していなかった。


 天一郎は、爆発の衝撃による肉体的ダメージが多少残っていたか、あるいは自分の予想を遥かに上回る"自爆攻撃"で相討ち一歩手前まで持っていかれたことによって何らかの精神的ダメージを受けたのか、この男にしては珍しく元気のない表情で鬼狩丸を杖代わりにして立ち上がり、"かつて10式戦車であったもの"の残骸に目をやった。


「まさか最強戦車が、こわっぱ相手に"自爆"で相討ちを狙うなど思いもよらんかったが、戦場では"なんでもあり"。それが基本じゃったな。よい教訓になったわい」


 ほとんどあらゆる物事に関して「省みる」ということをしない、自信過剰でものぐさなこの男であったが、かつての陸の王者からの手痛いレッスンは、どうやら珍しく効き目があったようである。


「しかしまあ、"自爆戦術"というのは、弱い者が強い者に対してやるもの。ということは、世界最強戦車が、自分よりもわしの方が強いと認めたということじゃな。ほっほっほ」


 落ち込んだような表情もほんの数秒、どこまでも前向きで自分に都合の良い考え方をするこの男は、どうやら既に精神的ショックから立ち直っているようであった。


「さて、人間が乗っているのかどうか、調べるつもりじゃったが……どうやらその手間は省けたのう」


 煙のくすぶる10式戦車の車体と、飛散した破片を眺めながら、天一郎は苦笑した。

 車長用キューポラの中がどうなっていたのか、今となっては知る由もないが、剥き出しになった戦車の車体にも、そして飛び散った破片にも、一切の肉片や骨片、もしくは血痕の類は見て取れなかったのである。


「やはり無人じゃったか。これではっきりしたな。あの村も、この駐屯地も、間違いなく何かが"寄り添って"おる」


 天一郎は、分村で怪人と闘った際にふと漏らした"寄り添う"という言葉をここでも使った。


 あの時この男は、自らが"刀に寄り添える"というようなことを口にしたが、"寄り添う"とはなにか?


 天一郎がもし今その愛刀・鬼狩丸に"寄り添って"いるのだとしたら、一体それにはどのような意味があり、どのような現象が発生しているというのであろうか?


「あの怪人が"寄り添う者"なのか、それともあやつもまた何かに"寄り添われて"おるのか、どっちでも構わんが、いずれにしてもあやつが事件の鍵を握っておるのは間違いない。早めに再会するが吉じゃな」


 天一郎はそう言って、先ほど放り投げた鞘を拾おうと、戦車の残骸に背を向けて歩き出そうとした。


 その時 ーー


 がきん……がきん……がきん……


「ん?」


 異音を耳にして天一郎が振り向くと、完全にスクラップと化したはずの10式戦車が、断末魔の苦しみなのか、あるいは決死の自爆でも仕留められなかった敵をなんとしても屠り去らんという最強戦車のプライドなのか、後部のエンジン部分が完全に吹き飛んでいるのにも関わらず、その転輪を必死の様相で駆動させ、天一郎の方に這い寄ろうとしているのであった。


「……見上げた根性じゃが、もう勝負はついておる。これ以上やる必要はあるまい」


 本来、一度斬り結んだ敵ならば、たとえ相手が瀕死の状態であっても、いやそれだからこそ嬉々としてとどめを刺し、「わしが楽にしてやった」とうそぶくようなこの男であったが、眼前の、この孤高にして偉大なる戦車に対しては、これ以上戦いたいという気持ちも、とどめを刺したいという気持ちも、もはや湧いてこないのであった。


「起きている"こいつ"を手にしていながら、こういう気分になるのは不思議じゃが、こいつもどうやらおぬしを斬りたいと思っておらん。ここまでにせんか?」


 天一郎の言葉が届かなかったか、あるいは理解出来なかったか、いや理解していたとしても自らの行動に対して微塵の迷いも無かったか、戦車の前進にはいささかの逡巡も見られなかった。


「組織が滅び、国も滅び、敵も滅びた。いまやおぬしが守るべき者も、闘うべき者もこの世に存在せん」


 10式戦車は、設計も製造もすべて国内製である。誰かを殺傷するためでも、どこかの国を侵略するためでもなく、外敵やテロリストから日本という国そして民衆を守るためだけに造られた。それがこの兵器の"本分"である。


 しかし、天一郎の言うように、日本を日本たらしめていたあらゆるものは全て滅び、残っているものは今や飢餓と暴力と荒野だけである。


 "もはや守るべきものは存在しない" ーー それはこの戦車だけでなく、数年前の自らも全く同じ境遇であった故、天一郎は余計にこの悲しき守護神を斬りたくはないのであった。


「いったい、誰のために、何を守る?」


 天一郎が何を問いかけても、10式戦車は前進を止めなかった。あらゆる攻撃手段を失い、さらにその速度はいまや時速5kmにも満たなかったが、唯一残された自らの武器 ーー "重量"を使って、天一郎を轢き殺さんものと、一切の迷いを見せずにひたすら前へと這いずるように進んで来るのであった。


「よかろう。若輩者で恐縮じゃが、貴殿の"本分"、この鬼伏天一郎が介錯つかまつる」


 自分から数メートルの距離まで迫った最強戦車に対して、ついに天一郎は構えた。


 鬼狩丸を大上段に振りかぶり、もはやこちらも迷いは消えたと見えて、余計な思い入れや力みのない、穏やかな表情であった。


 そして、戦車の車体がまさに眼前まで迫ったその時 ーー


「ふんっ!」


 気合と共に一直線に振り下ろされた鬼狩丸の剣線は、内部からの大爆発さえも封じた車体前面の複合装甲を真っ二つに断ち切り、そして一体どういう原理によるものか、10式戦車の前進をその一太刀で完全に停止させたのである。


 戦車はもはや動かなかった。そこに残るのは、役目を終えた安堵感であったか、あるいは本分を果たせなかった悔恨であったか ーー


 それは誰にも分からないのであった。

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