第三章(6)
「うおおっと!」
砲弾が発射される直前になんらかの気配を察知したか、まさに紙一重のタイミングで天一郎は跳び上がり、その瞬間に今まで天一郎が全速で駆けていた地面が、範囲10数メートルほどに渡って凄まじい衝撃音と共に爆ぜ飛んだ。
初弾では天一郎の上半身を狙ったが、それを見事に避けられてしまったため、
二弾目では致死性を多少犠牲にしながらも、相手を完全に行動不能にすることに目標を切り替えて足元を狙ったのであろうか。
しかも今度の砲弾は、その着弾時の衝撃波の大きさから見て、まるで天一郎の独り言が聞こえてその"リクエスト"に応えようとでもしたかのように、徹甲弾ではなく明らかに炸裂弾であった。
内部に爆薬を持たない徹甲弾と異なり、着弾時に炸薬が起爆する仕組みの対戦車用炸裂弾は、モンロー/ノイマン効果の原理を応用したメタルジェット(液体金属の超高速噴流)による装甲貫通を主目的としながらも、その際に前方以外の方向に発生するエネルギーを副次的に活用して、無数の小さな鋼球を周囲に超音速で飛散させるという榴弾的な殺傷能力を持つ。
古びた薄手の和服一枚に雪駄という出で立ちの天一郎に、至近距離に着弾した炸裂弾から放たれる膨大な数の鋼球を防ぐ手段があろうはずもなく、かろうじて死を免れたとしても、行動不能に陥ることは誰の目から見ても明らかであった。
ところが ーー
「あいたたた……ええい、わしともあろうものが一生の不覚じゃ!いくつか突き刺さりおったわい」
天一郎はそうぼやきながらも、致命傷どころかまるで短距離走者が地面につまづいて派手に転倒した程度のダメージしか受けていないような様子で、よっこらしょと地面から立ち上がったのである。
鋼球がいくつか服を貫いて体に突き刺さったのかしきりに痛がっているが、むしろ跳び上がった後の転倒で生じた、ごく小さな擦過傷の方がダメージが大きいようにさえ見えた。
炸裂弾が至近距離で爆発するという、致死性の攻撃を受けたにも関わらず、なぜこの男は無事でいられるのか?
「"こいつ"が寝ておったら、死にはせんまでも大ピンチじゃったの。たまにはいい仕事をするではないか」
天一郎はにやりとして言った。
"こいつ"とは、もちろんこの男の愛刀・鬼狩丸のことであろうが、たとえこの刀がどのような硬度や切れ味を持っていたとしても、そして天一郎がいかなる速度でこの刀を振るえるとしても、超音速で至近距離から飛来する、無数のそして極小の鋼球を叩き落とすなど出来得るはずもない。
しかも、天一郎のとった行動と言えば、単に炸裂弾を避けて地面から跳び上がり、そして爆風にはね飛ばされて転倒しただけであった。つまり飛来する鉄球からの回避行動のようなものは一切行っていなかったのである。
「まあ、おまえの"睨み"も、さすがにあの戦車殿には効かんようじゃがな。とりあえず、3発目はもう勘弁じゃ!」
"寝る""起きる"、そして今度は"睨む"と、愛刀に関する謎の言葉を新たに加えながら、天一郎は再び10式戦車に向かって疾走した。
対する最強戦車は、炸裂弾による攻撃で天一郎に致命傷を与えたはずと考えて油断していたか、あるいは戦力差をものともせず刀一本で不敵に立ち向かってくる若き武闘者の気迫に気圧されたか、次弾の自動装填機能も、自動追尾装置による再照準機能も動作していないような、人間に例えればまさしく"ぽかん"としてしまったような状態で、自らの絶対的火力に対する"死角" ーー つまり主砲の回転半径内への天一郎の侵入をついに許してしまったのである。
「いよっと!」
死角に飛び込んだ天一郎は、そのまま素早く戦車側面をよじ登り、砲塔上部右側の、丸く突き出た車長用キューポラの上に立った。
「勝負ありじゃの」
天一郎はにんまりとしたが、同時に少々申し訳なさそうでもあった。この男の流儀からすれば、本来はもう少し相手の力を発揮させる場面を作りたいところではあったろうが、足場がいつ崩壊するかも分からない状況でこの最強戦車に暴れ回られては堪ったものではなく、また既に日が傾きかけていたということもあり、周囲が暗くなる前に調査 ーー もしくは怪人との再戦 ーー を終えておきたいという心理が働いたのは致し方ないことであったろう。
「さてと……とりあえず人が乗っておるのかを確かめねばならんが、このハッチはどうやったら開くのか……おぉっと!?」
天一郎がしゃがみこんで車長用ハッチの周囲を色々といじくり始めると同時に、10式戦車の砲塔部分が"ごしゅごしゅごしゅ"という物凄い金切り音を出しながら、異常な速度で回転し始めた。
さらには、先ほど地面に突き刺さっていた際のもっさりした動作はどこへやら、整地であれば最高速70kmを叩き出すという転輪と動輪、そして無事な側の履帯が猛烈な勢いで駆動を開始し、天一郎をふるい落とさんと、砲塔を回転させながら気の狂ったようなスピードでスラローム走行を開始したのである。
「うほほ!これは凄い。久方ぶりに遊園地に来たような気分じゃが……悪いが楽しんでいる場合でもないのでな」
天一郎はそう言って、座ったまま鬼狩丸を逆手に持ち、車長用ハッチに狙いを定めていた。
しかし ーー いかにこの男が腕利きの剣士であるとはいえ、分厚い装甲で固められた最強戦車の外装に対して、刀一本で一体なにをしようというのであろうか?
「中にあやつがおれば一石二鳥じゃ。今度はこいつが"起きている"からの……ん?」
天一郎が再び謎の言葉を口にしたと同時に、10式戦車の狂気の暴走が突然止まった。
車体は地割れから勢いよく飛び出てきた際とほぼ同じ位置に戻り、先ほどまでの狂騒状態はどこへやら、完全に機能を停止し、不気味なまでの静寂を周囲にもたらしていた。
もしこの時、この戦車と心を通わせられる者がこの場にいたならば、おそらく清々しいほどに澄み切った"充足感"のようなものを感じ取ったであろう。
それはまるで、ある状況においてなにかの覚悟を決めた際の人間がそうであるように ーー
「これは……いかん!」
戦車と心は通わないまでも"なにか"を感じ取ったのか、天一郎は砲塔から地面へと、この男には滅多に見られないような必死の形相で飛びすさった。
そしてその瞬間、かつての世界最強戦車である陸上自衛隊10式戦車は、兵器としての輝かしいキャリアの最後を飾るにふさわしい轟音と大爆発によって、自らを内側から木っ端微塵に吹き飛ばしたのであった。




