第三章(5)
輸送等の戦略機動性のために大幅に軽量化されながらも、驚異的な超高腔圧を実現した120mm滑腔砲と、専用に開発された10式徹甲弾は、初速で実にマッハ5超を叩き出す。
時速に換算すれば6000km/h超、秒速では1700m/s超となり、途中の空気抵抗を考慮しても、わずか1秒足らずで2km先の目標に到達し、厚さ500mmの均質圧延装甲を貫通し得るのだ。
当然のことながら人間の反射神経ごときで捉えられるような速度ではなかった。
天一郎に向けてやや斜め下方向へと発射された砲弾は、コンマゼロ数秒 ーー 文字通り一瞬にして100メートルほど後方の地面に激突し、衝撃波と共に噴煙のような土煙を巻き上げて新たな地割れを形成。
その軌道上にあった天一郎の体も同時に四散させて細切れの肉片へと分解し、身の程知らずの青二才に対してその実力を高らかに誇示する ーー はずであった。
そうはならなかったのである。
もしこの瞬間を目撃していた者がいるならば、「男の体を砲弾が透り抜けた」と証言したであろう。徹甲弾は確かに発射され、天一郎の後方の地面を完膚なきまでに破壊したが、避け得るはずのないマッハ5の飛来物に貫かれ、衝撃で無数の肉骨片へと分解されたはずのこの男の肉体は、砲弾が発射された際と寸分違わぬ位置に、かすり傷ひとつ負わずに健在なのであった。
それどころか、まだ砲煙の舞う中、してやったりというような高慢かつにやにやした表情で、最強戦車に対して嘲りとも哀れみともとれるような視線を送っていたのである。
「惜しかったのう。火力と速度はそちらの勝ちじゃ。だが、これだけ軌道がはっきりしておってはな」
長く一直線に伸びた主砲のことを言っているのであろうか?確かに、本来装備されているはずの機関銃・重機関銃が無残に押し潰されたこのぼろぼろの最強戦車の武器は、いまや接近戦に関して決して有利とは言えない巨大な主砲のみであり、その砲身の延長線上から身を外すことさえ出来れば、砲弾をかわすことは十分に可能であるという理屈は成り立つであろう。
しかし、だからといって砲口の眼前に無防備にその身をさらし、砲弾が発射される一瞬の間合いを見切って、最小限の動作で音速の徹甲弾を回避するなどという行為は、この男が若くして数々の修羅場をくぐり抜けてきた肝の座った剣術家であるとはいっても、完全に常軌を逸した異常者の戦略であった。
「"一太刀目"はそちらにやった。次はわしと、こいつの番じゃの」
天一郎はそう言って、肩に担いでいる"こいつ" ーー 愛刀"鬼狩丸"を、ゆっくりと鞘から抜き放った。
しかし、今回はさすがに最初から相手を手強しと判断したか、あるいは分村で怪人と対峙した際のような遊び心を発揮する余裕は主砲の火力を見て消し飛んだか、握りは右手が前の"正統派スタイル"であった。
「いくら接近戦用の武器が使えんとは言っても、悪いが二太刀目はやれん。何度もあんな攻撃をされては地盤が持たんし、炸裂弾でも撃たれたらそれこそ"こと"じゃ」
"徹甲弾でよかった" ーー いかに"一太刀目は譲る"を旨とする天一郎であっても、これは本音であったろう。
敵戦車の分厚い装甲に対する貫通力を主眼として造られた徹甲弾 ーー 10式戦車の場合は「装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)」 ーー は、いかに強力ではあってもその破壊は狭い範囲にとどまる。
対して、近代的な戦車であればほぼ標準装備しているはずの「多目的成型炸薬弾(HEAT-MP)」は、戦車の複合装甲や爆発反応装甲に対する貫通力こそ徹甲弾に劣るものの、着弾時の被害範囲は遥かに大きいため、生身で何の防御手段も持たない天一郎にとっては、至近距離にそれを着弾させられてしまうことは大問題なのであった。
「おぬしがどういう存在なのか、おおよそ見当はついておるがの。確かめさせてもらうぞ」
そう言うや否や、天一郎は鞘をかたわらに投げ捨て、数十メートルほどあった10式戦車との間合いを一気に詰めた。
初弾を発射した直後であり、しかも主砲が下方向を向いているため、それを固定角度まで戻して次弾を再装填するまでには最低でも数秒かかる、と判断してのことであったろうが、だとすればこれは天一郎の中途半端な軍事知識が招いた"千慮の一失"とでも言うべき致命的な判断ミスであり、スクラップ寸前とはいえ、かつて最強と称されたこの戦車の実力を甘く見過ぎていたというべきであろう。
砲弾の自動装填装置自体は先代の90式戦車から採用されていたものの、その当時の技術では、主砲の仰俯角(上下方向の角度)をある一定の角度まで戻さなければ再装填することは出来なかった。
しかし、より厳しい条件下での運用を求められた10式戦車は、最新技術によってその制約を克服し、仰俯角がついたままでの砲弾の自動装填を可能にしていたのである。
しかも、連射可能速度は毎分15発超、つまり理論上は4秒に1発の連射が可能であり、初弾発射後から天一郎が間合いを詰めるまでに、この戦車にとっては十分過ぎるほどの時が流れていたのである。
そのことを知るよしもない天一郎が、無造作に、しかし猛烈なスピードで戦車との距離を縮め始めた瞬間、10式戦車の主砲から再び爆音が轟いた。




