第三章(4)
陸上自衛隊"10式戦車" ーー 旧式化した74式戦車や90式戦車に代わり、周辺諸国の保有戦車や将来的な国内テロへの対抗戦力として設計され、強力な主砲と専用の新型弾薬、高速スラローム走行時でも正確な射撃を可能にする高度な機動性と自動追尾装置、および当時の軍事用最新情報システムであるC4Iシステムとの緊密な一体性を持つ、"大異変"前の日本の軍事技術の粋を結集して創り出された、まさしく"世界最強の戦車"である。
だが、眼前に現れたこの戦車に関しては、最強で"あった"という言い方が適切かもしれない。
「かつての"陸の王者"に対してこのような物言いは失礼かもしれんが……おぬし、ぼろぼろじゃの」
天一郎の言葉がどこか労しげであったのもむべなるかな、主砲こそ無事であるものの、地割れに呑み込まれる際に超重量に押し潰されたか砲塔部分も車体部分も無残にひしゃげ、砲塔上部の機銃はプレスでもかけられたかのように内部にめり込み、車輪はいたるところで脱輪し、左側の履帯に至っては完全に断裂状態といった有り様で、動いているところを実際に目にしていなければ完全に"スクラップ"と判断されてもおかしくないような惨状を呈していた。
「ディーゼルエンジンじゃから、燃料がまだ無事で動力が生きておるという理屈は分かるが、なぜその状態で動ける?」
鬼伏一族が"武"を生業にしている以上、軍隊における"近接格闘術"や"兵器"との関わりは避けては通れない。
天一郎のようにほぼ剣術だけに特化した、一族の基準からすれば"異端者"のような男であっても、軍人の身に付けている殺人術、各種兵器の特徴や使用方法、そしてもちろん弱点や対抗策等も、一通りは学んで来ているのである。
それゆえの疑問ではあったが、もしそういった軍事知識の無い素人だったとしても、眼前の戦車の状態をひと目見れば分かる。
"動けるはずがない"と。
しかも、この戦車はほぼ垂直に切り立った地割れの中を、ウインチを使うでもなく自力で登ってきたのである。
物理法則を完全に無視して、40トンを超える自らの重量を、わずかに残った転輪と動輪、そしてちぎれた履帯で支えながら。
「分村でやり合った"あやつ"が乗っておるのかのう。一人で動かせるはずもないが……」
包帯をぐるぐる巻きにした迷彩服の怪人が、血走った目で戦車を操縦している姿を想像すると、恐怖を通り越してむしろユーモラスでさえあったが、廃棄物同様の数十トンの物体に垂直の壁をよじ登らせるエネルギーを与えうる「想い」とは、"恨み"か"怨念"か、はたまた"愛"か?
「いずれにしても、そちら次第じゃ。何をしに来たのか、お手並み拝見といこうかの」
驚いたことに、事ここに及んでも、天一郎は鬼狩丸を鞘から抜きもせず、肩に抱えたままであった。
いや、刀を抜いたとしてどうにかなる相手でもあるまいが、まさかこの男は最強戦車を敵に回しても
"一太刀目はお譲りする"
という傲岸不遜な自らの掟を遵守しようというのであろうか?
「ほほう、やっと抜けたの。さて、どうする?」
やはり車体の状態が悪いのか、あるいは"とにかく前進制圧する"という行為以外は念頭になかったのか、10式戦車はようやく後退に成功し、主砲部分を地面から抜き取った。
そして"がしゅがしゅがしゅ"という、耳障りの悪い大きな金属音を立てながら、分村で会った怪人が刀を抜く際もそうであったように、砲塔をゆっくりと、ゆっくりと回転させ、主砲の銃口を徐々に天一郎に向けていった。
「撃てるのか?砲弾が装填してあるとは……」
"思えんが"という台詞が続くかと思われたその刹那、天一郎に照準が合ったと同時に、10式戦車の主砲・44口径120mm砲が、大音響と共に火を吹いた。




