第三章(3)
「わ、なんじゃ、地震か?」
足元に明らかな振動を感じ、場所が場所だけにさすがの天一郎も動揺した。
「えい、なんと間の悪いことよ。まさか崩れやせんじゃろうな?」
そう毒づいて、しばしその場に立ち止まり様子を見ることにした天一郎であったが、振動は収まるどころか、徐々に徐々に大きくなっていく。
そしてそれと共に、明らかに異常な現象が発生していることに、天一郎は気がついた。
「……おかしいの。どうやら揺れておるのはわしの周りだけのようじゃ。そしてこれは……機械音か?」
そう、司令棟や、周囲の森の木には、天一郎が今感じているような揺れは全く見受けられず、そしてこの男の足元の方から聞こえてくるのは、"ぐいいいん"というくぐもった低音と、固いものが連続して擦れ合う耳障りな金属音を兼ね備えた、明らかに何かの機械音であった。
「懐かしがっている場合でもなかろうが、文明を感じさせる音は久々じゃ」
"大異変"後に電力の供給が完全にストップして以降、動力源として電気を使用する機械は、乾電池のように小さな電力で動作するもの以外は全て使用不能になり、またガソリン等の化石燃料を動力源として使用する自動車等の機械も、燃料の揮発と劣化により、数カ月程度でほぼ全て動作不能の状態に陥ったのである。
ただし、主に軽油を動力源とするディーゼルエンジンを搭載した機械に関しては、燃料の保存期間の長さから現在でも動作可能であり、代替燃料となるバイオディーゼル燃料の自作と量産を試みている村も存在していると天一郎は聞いたことがあったが、いずれにしても生き残っている機械の数はごく少数であり、ここ数年間様々な村を訪れたこの男でも、実際に動作するものを見たことはほとんど無かった。
「ふむ、揺れと音がだんだん大きくなってきているということは……登ってきておるのかの」
天一郎は、驚きと呆れがないまぜになったような表情で苦笑した。
機械文明が崩壊したこの時代に、垂直もしくはそれ以上の角度で切り立っている地割れの中をこのスピードで這い登ってくる機械など存在しようはずも無かったが、この揺れと音を総合して考えるならば、巨大な物体が壁に沿って登ってきているとしか言いようがないのであった。
「井戸の中からじゃと、出てくるのは女の幽霊や怨霊の類と相場が決まっておるが、地割れの中からじゃともう少し図体がでかいようじゃな」
幼い頃に好んでよく見たホラー映画や怪奇映画を思い出したか、天一郎の頭の中はすでに「驚き」から「好奇心」へと切り替わっていた。
旅の中で様々な経験をしてきたこの男であっても、地面の中から現れる物体との遭遇は初めての体験である。
まして、状況から考えれば、天一郎にわざわざ歓迎の挨拶をしに来るわけもないであろうから、相手の目的は推して知るべしであった。
「さてさて、鬼が出るか、蛇が出るか……おおっ!?」
振動と機械音がさらに大きくなり、もはや騒音と言ってもいいレベルの状態になったその刹那、天一郎の驚きの声と共に、巨大な物体が空中に飛び出した。
勢い余ったか、地面から5メートルほども飛び上がり、そこで一旦静止したような状態になってからやっと落下をはじめ、斜め前方に大きく傾きながら、数十トン級の重量体が大音響を轟かせて地面に激突した。
「うほほ!これはまた派手なご登場じゃのう」
物体の落下の衝撃で大きくよろめき、激しく跳ね上がった土ぼこりに顔をしかめつつも、天一郎は嬉しそうな表情で、自分から数十メートルほど前方に着地した物体を見やった。
「なにが出てきても驚かんつもりでおったが、おぬし、わしの予想の上をいったぞ。あっぱれじゃ」
陸上自衛隊の駐屯地であったことを考えれば、そこに存在する機械がどのようなものかは誰でもある程度予想はつくであろうが、この物体はいくつかの点で完全に天一郎の予想を裏切っていた。
「久しぶりに見たのう。何の未練があってこの世に舞い戻った……?"10式戦車"よ」
感慨深げに言う天一郎の言葉を知ってか知らずか、2000年代前半から陸上自衛隊に正式に導入された、当時の国産最新鋭"第四世代"主力戦車、10式戦車は、"ぎゅるぎゅる"という音を立てながら後退し、めりこんだ前方部分 ーー 必殺の主砲・44口径120mm滑腔砲 ーー を地面から引き抜こうとしていた。




