第三章(2)
まるで地面同士が憎しみ合ってお互いを圧殺しようとでもしたかのように、土地全体に無数に地割れの跡が走り、ある場所は激しく隆起し、ある場所は大きく陥没し、その上を砂と草が覆っていた。
いくつかの地割れは、幅が数十メートルほどもあり、上から覗いてみても、その底に果たして何があるのか、いやそもそも底があるのかどうかさえ窺い知ることは出来ず、かつてそこにあったはずの建物や施設は、村長の言っていた通り司令部と倉庫のような建築物以外は全て地面に呑み込まれたか、影も形も見えなくなっていた。
かつて「竜ヶ谷」と呼ばれていたこの一帯は、戦国時代には名高い合戦の舞台にもなったことがあるとなゆたは言っていたが、そういった過去の大きな出来事も、国を守っていた自衛隊員たちの想いも、"大異変"の一揺れはあらゆるものを呑み込み、人々の積み重ねてきたあらゆる歴史を地上から抹消してしまったのであった。
「"つわものどもが夢の跡"か……」
天一郎はひとつ深い溜息をつき、この男には珍しく感傷的な表情でそう呟いた。
この世のあらゆる出来事は、いつかすべて忘却の彼方に消え去り、あとには塵も残らない。
頭でそう理解してはいても、いざ目の前でその現実をまざまざと見せつけられると、神も仏も信じぬ無頼なこの男であっても、自らの行動の儚さや虚しさを改めて実感せざるを得ず、生きることに対して何らかの救いや意味を求める人々の気持ちが分かるような気がしてくるのであった。
「わしの"夢の跡"もこんな感じになるのかのう……。だとしたら上等じゃ。この世のいたるところに、わしの夢の跡を残してやらねばの」
天一郎はそう言って不敵に笑った。
生きるにしても、死ぬにしても、派手な方がいい。
常日頃からそう考えているこの男にとっては、眼前に広がるこの光景は、"夢の墓場"としては、まさしく望むところであったろう。
「さて、とりあえず司令部の建物から調べたいところじゃが、どうやって入ったもんかのう?」
司令棟は、この時代に残っていること自体が非常に珍しい10階建ての大きなビルであったが、窓は全て割れ、外壁はいたるところで削げ落ち、建物全体にいくつもの大きなヒビが入り、さらにはピサの斜塔もかくやと思われるほどに大きく傾き、崩壊せずに建っていることが既に奇跡と言えるような惨状であった。
しかし、天一郎が躊躇したのは司令棟の状況ではなく、そこに至るまでの経路であった。
建物の周囲は大きな地割れに囲まれており、内部に入るまでの安全そうなルートが見当たらないのである。
「なゆたとすばるが何度か入ったことがあると言っておったから、簡単に入れるものと思っておったが、ルートも聞いておくべきじゃったな」
天一郎はそう言って舌打ちした。"準備不足"と"出たとこ勝負"、そしてその結果として大抵伴う"後悔"は、この男の人生の常である。
「まあよい。なんとかなるじゃろう。とりあえずあの比較的頑丈そうな道で行こうかの」
そう言って天一郎は歩き出した。実際には、なんとかなったことよりも、準備さえしておけば不要だったはずの危機や非常事態に直面したことの方が何倍も多いはずであったが、"省みない"のもまたこの男の常であった。
「ふむ、まあそれなりに安定しておるというか、とりあえずいきなり崩れる心配はなさそうじゃ」
天一郎は歩きながら地割れを覗き込んだ。なにを根拠に"崩れる心配はない"と言っているのかは分からないが、この男なりに何らかの判断基準はあるのであろう。
さすがに多少はおっかなびっくりな様子で一歩一歩慎重に歩き、司令棟までの距離があと1/3ほどになったところで、異変は起こった。




