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鬼喰い  作者: 勝又健太
第三章 死闘"竜ヶ谷駐屯地"
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第三章(1)

「おお、見えてきたか。意外と近かったの」


 村の北門から出て、見送りに来たなゆたに指示された通りの方向に約5キロほど森を歩いた辺りに、陸上自衛隊の東部方面隊・第一師団の拠点の一つであった「竜ヶ谷駐屯地」の跡地が広がっていた。


 なゆたの父は、ここに駐屯していた部隊のうち「第4普通科大隊」という空挺部隊に所属し、30代半ばにしてその大隊長を務め、階級は二等陸佐まで昇進していたというから、人格と実力、そしておそらく人並み外れた処世術をも兼ね備えた、群を抜いたエリートだったようである。


「空挺部隊といえば、自衛隊の中でも精鋭揃いだったはずじゃからのう。30代でその連中を束ね、二等陸佐まで昇り詰め、さらに一つの村をゼロから創り上げるとは、いやはや惜しい人材を亡くしたものじゃ」


 国を守り、そして一つの村の創設に力を尽くした英雄に対しても、この十代の若輩者はやはりどこか上から目線ではあったが、この男はこの男なりに、修羅の時代を駆け抜けた男への尊敬の念を表明したのであった。


「二等陸佐といえば中佐殿じゃからな。昔、東北の駐屯地に稽古で行ったときにも少佐殿や中佐殿はおったが、皆もう既に40過ぎの年配じゃったし、どの分野にも一人くらいは天才がいるものじゃ」


 鬼伏一族は、"表の家業"として主に剣術を中心とした武闘全般の指南に携わっており、中でも警察や自衛隊関係者は伝統的な取引先であったが故に、天一郎も幼い頃には祖父や父と共に自衛隊の基地や駐屯地を何度か訪れ、隊員達の稽古の相手を務めたのである。


「駐屯地はどこも楽しかったのう。自衛隊員相手だと、手加減せんでも親父や爺さまに叱られんかったからな。まあ少々やり過ぎたような記憶もあるが、すべて良き思い出じゃ」


 天一郎は微笑を浮かべたが、当時5歳やそこらの幼児だったこの男に、剣術の稽古で徹底的にいたぶられた自衛隊員にしてみれば、"良き思い出"どころか記憶から消し去りたい"悪夢"以外の何者でもないであろう。


 防具のない箇所を、しかも痛覚の集中している前腕や脛や足の指をこの男に徹底的に狙い打たれて痛みにのたうち回った新人自衛官、体当たりをかまして吹き飛ばそうとしたところを逆に足払いをかけられて転倒し、そこをさらに背後からめった打ちにされ、顔を真っ赤にして屈辱に打ち震えていたベテラン自衛官、天一郎の生意気ぶりに激昂し、稽古では禁止されていた"突き"を繰りだそうとして逆にこの男から喉仏に片手突きを決められ、絶息し危うく三途の川を渡りかけた上級自衛官。


 彼らの様子はどれも、平和な時代の"やんちゃなノスタルジア"の一片としてこの男の記憶に留められ、それを思い出すたび、天一郎は懐かしさで自然と笑顔が浮かんでくるのであった。


 "親父や爺さまに叱られなかった"というのは、自衛隊での稽古は、富裕層や要人等のいわゆる"お客様"を相手にした礼儀作法や格調を重視した剣術指南とは異なり、反則行為が日常である戦場を舞台とする自衛官が相手の実戦的な内容のため、基本やセオリーを無視したような、天一郎が好むタイプの攻撃方法がむしろ歓迎された、ということである。


 さらに、天一郎がこの時まだ体力に劣る幼児であったが故に、実力差が大きい場合には許容されないような非道卑劣な攻撃も黙認されたため、格闘に関する彼のサディスティックな想像力を思う存分に発揮し得る唯一絶好の機会であった、ということでもある。


「あの時の自衛官殿たちは、皆今頃どうされておるかのう。生き残っておられたら、是非いつか旧交を温めたいものじゃが」


 散々痛めつけられた側の自衛隊員たちにしてみれば、旧交を温める以前に、この男の顔など二度と見たくもないどころか石つぶての一つも投げてやりたいような相手であろうが、天一郎という男は、稽古をつけてやった自分に対して、相手はすこぶる感謝しているに違いないと勝手に考えているから始末が悪いのである。


「しかしまあ、駐屯地の類はどこもそうじゃが、ここもえらいことになっておるのう……」


 木々の間を抜け、駐屯地全体が一望できる見晴らしの良い丘まで来たあたりで、天一郎は改めて呆れたように呟いた。


 役場で村長が話していたように、"大異変"の際、軍事基地や駐屯地はまるで狙い打ちでもされたかのように徹底的な破壊の対象になったのであるが、ここもまた例外ではなかった。

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