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鬼喰い  作者: 勝又健太
第二章 本村"日守村"
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第二章(11)

 血の匂いだけでなく食べ物全般の匂いに敏感なのか、場所を知りもしない食堂の場所を嗅覚だけで探りあてたものの、見知らぬ部外者ということで食事を提供してもらえず、後からやってきたなゆたとすばるの事情説明により、天一郎はやっと乾燥食糧にありつき、満面の笑みでかぶりついていた。


 乾燥とうもろこしと乾燥野菜、それに干し肉のみという質素なメニューであったが、この組み合わせであれば、炭水化物/タンパク質/脂質の三大栄養素、そして各種ビタミンなどの最低限の栄養を補給できるため、この飢餓の時代の基準からすれば贅沢すぎるほどのご馳走なのであった。


「いや〜、この干し肉は美味じゃのう。まあ獲ってすぐに焼いて食べるのが一番ではあるが、味付けが見事じゃな」


「そうでしょ。最初のうちは要領が分からなくてみんな苦労したんだけど、今はもう塩の量とか製法のノウハウが確立したから、うちの村の保存食はどれもおいしいのよ。特に干し肉はね」


 テーブルを挟んで天一郎の前の椅子に座ったなゆたが誇らしげに説明した。古くからの村民というだけでなく、"お父さんの作った村"という言葉にもあった通り、この村への思い入れが人一倍強いようである。


「なるほどのう。ちなみにこれは何の肉じゃ?鹿か?」


「そうだよ!もしかしたらおいらの獲ったやつかも!」


「ほほう、すばるは鹿も獲れるのか?羨ましいのう。わしも剣などやめて、猟師に職替えするかな。はっはっは」


 もちろんすばるを褒めるための軽い冗談ではあったが、旅の空でいつもひもじい思いをしているこの男にとっては、この姉弟の弓の腕は実際に羨ましい技術であった。


 武を生業とする一族に生まれたゆえに、弓術も当然必修であり幼い頃には猛特訓を課されたのであるが、生来の剣士であるこの男は、剣に関する有り余るほどの才能と引き換えに、弓術や砲術などの飛び道具を使った戦闘術に関しては全くと言っていいほど素養を欠いており、どんなに訓練を重ねても一向に上達が見られず、それらの技術に関しては完全に"落ちこぼれ"扱いだったため、弓に秀でている者に対してはある種のコンプレックスと一抹の憧れを抱いているのであった。


 "向かってくるものは、斬る"というのがこの男の"掟"であり剣士としての"矜持"でもあったが、裏を返せばそれは"向かってこないものを殺す技術がない"ということでもあり、特に野生動物の類はこの男の鬼気を感じるとすぐに逃げ出してしまうため、高慢で鼻持ちならない上から目線の言動とは裏腹に、食糧の確保にいつも汲々としているのがこの男の旅の実情なのであった。


 要するに、剣を持って闘う以外、ほとんど何も出来ない男なのである。


「剣士の方がいいよ!弓は接近戦に弱いしさ」


「ふふふ、まあ人それぞれ得手不得手というものがあるからのう。適材適所、自分の得意な能力を伸ばすのが一番じゃ」


「ふーん、そういうもんかなあ」


「そういうものじゃ」


「ねえ、食べながらでいいから、とりあえず規定集をちゃんと読みなさいよ」


 なゆたが不満そうに言った。天一郎は先ほどから食べることに夢中で、なゆたがせっかく持ってきた規定集に全く目を通そうとしないのである。


「よい。どうせ読んでも覚えられんからの。おまえ達がお目付け役なのじゃから、わしがなにかルールを破ってしまいそうな時はちゃんと進言するようにな。場合によっては村民への申し開きもよろしく頼むぞ」


「なに言ってるのよ!お目付け役って言ったってあなたのお守りをするわけじゃないのよ?自分で全部読んで覚えなさい!」


 もっともである。天一郎の"どうせ覚えられん"というのは確かにその通りであったろうが、努力の欠片も見せずにすべてを丸投げしようとするこの男の傲慢ぶりと適当ぶり恐るべしであった。


「わかったわかった。それでは重要な部分だけ要約して、それを言って聞かせてくれ。そのくらいなら良いじゃろう?ほんとに気の短いやつじゃな」


「ほんとにもうあなたって人は……いいわ、重要なところだけ分かりやすいように要約するから、最低限それだけは覚えてよね?」


 おそらく無駄だろうという絶望感を感じながらも、自分の義務だけはきちんと果たそうと考えたか、深い溜息と共になゆたは規定集をめくり、重要な部分をピックアップしていった。


「いい?まず武器に関してだけど、さっき話に出た通り、保安隊指揮下の戦闘員は武器の携帯は許可されてるけど、抜刀や使用は緊急の場合以外は認められていないから注意してね」


「次に、その日の仕事の開始前と開始後には、各自の業務を管理する既定の事務所に必ず連絡に来ること。あなたの場合はこの役場ね」


「次に、食事は一日三回のみ。決められた食堂で配給制。時間は交代制だから直属の上長に確認すること。食器は各自持参。これはわたし達が貸すわ」


「次に、村民と問題を起こさないこと。この村にも気の荒い人はいるし、よそ者嫌いな人も多いから、そういう人達に絡まれても絶対に反抗しちゃ駄目よ。自分から絡むのはもちろん論外。あなたの場合は誰にも喋りかけないのが一番いいわ」


「次に、村の悪口を絶対に言わないこと。村の上層部や保安隊に対しては特にね。そのことが知れて村にいられなくなった人は何人もいるから」


「重要な規定は大体こんな感じね。あとは常識の範囲内で行動すれば大丈夫だと思うけど、あなたの常識じゃなくて一般の人の常識に基づいて行動してね。わかった?」


「……うむ、わかった」


 なゆたにしてみれば、30項目程度ある規定のうちから、この男にとって重要と思われるものだけを取捨選択し、それをさらに要約して分かりやすく伝えたつもりであったが、"戦闘"以外の情報に関するこの男の記憶容量のキャパシティを、それでもまだ過大評価していたと言えるだろう。


 実際この男の頭の中には、武器の携帯と抜刀に関する項目の情報以外、既にこの時点で何ひとつ残っていなかったのである。


「本当に?」


「ああ、おかげでなんとかこの村で大過なく過ごせそうじゃ」


「そう、それなら良かった。とにかく本当に問題は起こさないでよね。あなたが村の中にいる時は出来るだけわたしとすばるが一緒にいるようにするから」


 分村からある程度長い時間を一緒に過ごして、なゆたは天一郎という人間をそれなりに理解したつもりになっていたが、残念ながらこの男の"たちの悪さ"を本当に把握するまでにはもう少し時間が必要であったろう。

 戦闘以外に関心がなく、それ以外の物事の処理を完全に他人に依存しようとするこの男は、ただ単にそこに居るというだけであらゆる人々を苛立たせ、トラブルの火種になるのであった。


「うむ、かたじけない。おまえ達が一緒におれば安心じゃ」


 この男にしては珍しく感謝の気持ちがこめられたような発言であったが、要するに"おまえ達がいなければなにをするか分からんから、しっかりわしの面倒を見ろ"という意味であった。


「この後すぐに行くんでしょう?分村を通らなくても直接駐屯地に行ける道があるから、食べ終わったら門まで案内……きゃああっ!?」


「わああっ!?」


 ここで、なゆたとすばるが同時に悲鳴をあげ、椅子を転がさんばかりの勢いで立ち上がった。


「な、なんじゃ?どうした?」


 完全に食事に集中して隙だらけだった天一郎は、例の怪人が役場を急襲にでもやってきたかと思い、口に食糧をいっぱいに含んだまま立ち上がり、焦った様子で周囲をキョロキョロと見回した。


「……いま、なにか凄い背中がゾクってして……すばるも感じた?」


「……うん、ゾクゾクって寒気がして、すごい怖かった……」


「……なんじゃ、そういうことか」


 天一郎は、つまらぬことに時間を使ってしまったというような、やれやれと言った表情で椅子に座り直し、改めて干し肉にむしゃぶりついた。


「そういうことかって……どういうことなの?」


「そいつじゃよ」


 天一郎は、彼から見て右側の方向に顎をしゃくって言ったが、その方向に存在するものは二つだけであった。

 彼の荷物であるズタ袋と、そして愛刀・鬼狩丸。


「そいつって……」


「にいちゃん、もしかして、鬼狩丸が起きたの!?」


 すばるが、拭いがたい恐怖の中にも好奇心をいっぱいに含んではちきれそうになった瞳を、その恐怖の根源となっている巨大な刀 ーー 鬼狩丸に向かってさらに大きく見開いて言った。


「うむ、つい今しがたな。しかしこいつの目覚めを感じとれるとは、おぬしたちもさすが武に携わる者じゃの。あっぱれじゃ」


 天一郎はにやりとして言ったが、その表情に二人への"賞賛"だけではなく、先ほどまでのこの男には感じなかった、なにか禍々しいとさえ思えるほどの"邪気"が含まれていることを感じとったなゆたは、

さらに強烈な寒気を感じ、足そして体全体がガクガクと震えるのを抑えることが出来なかった。


 この男が分村で会った際から口にしていた、刀が"寝ている"ということの意味、そして今その刀が"起きた"ことの意味とは?


 稀代の天才剣士・鬼伏天一郎と、稀代の異刀・鬼狩丸 ーー この地上最強、いや地上最凶のコンビは、彼らの力に勝るとも劣らぬ"不死の闇"が待つであろう駐屯地で、一体どのような魔闘を繰り広げようというのであろうか?

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