第二章(10)
「それではこの後、短期滞在者用の規定集に目を通してもらい、任務開始だ。君は保安隊指揮下の委託戦闘員という扱いになるから、なにかあれば松田の指示に従ってくれ」
「了解した。規定集は例のやつじゃな。試験は受けんで良いのじゃろう?」
「構わんよ。短期滞在者用の規定は少ないから、内容を頭に入れておいてくれればそれでいい。戦闘員の場合は本来他に実技試験があるのだが、君の場合はなゆたとすばるの証言があるから特別に免除だ」
「ふむ。実技の方はむしろお見せしたかったがの」
"能ある鷹は爪を隠す"という戦略も美徳もこの男にはない。なにか一事あらば自分の力をひけらかしたいという自己顕示欲の塊なのである。
村長は、これまでのやりとりの中でそういった天一郎の性格を既に把握していたが、それに対しては不快感よりもむしろ好ましさを感じ始めているようで、顔をしかめるのではなく苦笑を浮かべていた。
この時代の戦士に必要なものは、活人剣ではなく殺人剣であり、無益な抗争を避けるための交渉力ではなく問答無用の攻撃力であり、相手を思いやる崇高な精神性ではなく敵を完膚なきまでに蹂躙する残虐性であった。
自衛隊の叩き上げとして、そして"大異変"以後の修羅の時代を生き抜いてきた者として、村長の目には天一郎の好戦性は却って頼もしく映っていたのである。
むろん、こんな男に村民として永住されては堪ったものではないので、あくまでも仕事が終わればお払い箱の用心棒として、ではあったが。
「実力は結果で示してくれれば構わん。とりあえず刀は返そう。ただし役場や村内での抜刀は、危急存亡の場合を除いては絶対に禁止だ。一般の村民にも、各自の家屋以外での武器の携帯は一切認めていないのでな」
「なるほど、"鯉口三寸 切れば改易"というやつじゃの。いずれにしても刀を返してくれるのはありがたい。そいつがそろそろ"起きる"頃合いじゃったから、内心はらはらしておった」
「"起きる"?」
「ああ、いやいやなんでもない、こっちの話じゃ」
村長と松田が訝しげな表情を浮かべて顔を見合わせたので、天一郎は慌てて話を取り消した。
ここで怪しまれてせっかくまとまった商談が見送りになってしまっては、久々にありつけるはずのまともな飯までご破算になってしまう。
「鬼狩丸が起きるの?おいら、喋ってみたい!」
「はっはっは。なにを言っておるのじゃすばる。刀が起きたり喋ったりするわけがないであろう。想像力が逞しいのは良いことじゃが、空想と現実をごっちゃにしてはいかんぞ。なあ?」
天一郎はそう言ってから村長と松田の方をちらっと見たが、先ほどまでの好意的な雰囲気とは打って変わって、気味の悪いものを見てしまったというような表情をしていた。
「えい、もうよい。とりあえず仕事の内容は決まったのじゃから、さっさと取り掛かるのが吉じゃ。食糧はどこで貰えばよいのじゃ?」
「……この役場内に食堂がある。なゆたに案内させよう。配給時間はもう終わっているから温かい飯は出せないが、乾燥食糧が備蓄されているから、食堂の担当者に言って一食分貰ってくれたまえ。規定集は食べながら読んでくれればいい」
多少頭がおかしくても腕さえしっかりしていれば良いと考えたか、村長は気を取り直すようにして言った。
実際、この狂気の時代においては誰もが多少なりとも心を病んでおり、現実逃避のための空想癖を隠し持っていたとしてもそれは忌むべきことではなかった。
時代そのものが狂っているのだから、まともな精神で立ち向かえるはずもない。むしろどこか狂っているくらいで丁度いい。
仮にこの時代を"暴力に狂った時代"と定義するのであれば、"戦いに狂った男"である眼前の小生意気な若者は、ある意味で"時代そのもの"と言えるのかもしれなかった。
「よし、それではさっそく食堂に向かおうではないか。刀を返してもらってよろしいかの?松田殿」
村長が頷いたのを確認してから、松田は天一郎に刀を返した。
その際、刀は左手に持ち柄の方を握り、右手は油断なく腰の辺りに下げ、いつでも9mm拳銃を抜き撃ちできる状態 ーー もちろん初弾の装填とデコッキングは完了し、トリガーさえ引けば弾が発射される状態であったろう ーー にしていたところを見る限り、この男の用心深さも村長に負けず劣らずで、相当な実戦経験を積んできたことが窺い知れた。
むろん、そうでなければ一村の保安隊長など務まるはずもなかったが。
「君がこの重たい刀をどのように操るのか、実技を見てみたかった気もするが、君の戦闘に立ち会える機会を楽しみに待つとしよう」
松田は渋い笑みを浮かべていた。堂々とした体躯と合わせて、一昔前であればアクション映画のスターとしても通用しそうな風貌であったが、映画と違うのは、この男の実際の人生と、現在の保安隊長としての任務の方が、映画よりも更にスリリングで過酷だということであったろうか。
「仕事が今日で完了してしまうかもしれんからの。まあもし松田殿の気が向けば、わしが村から出たときにでも仕掛けてくれればよい。一騎打ちでも、大勢での闇討ちでも、いつでも大歓迎じゃ」
「はっはっは。物騒だな。俺は村の治安を守るのが務めだから、君がなにか事件を起こしでもしない限り、こちらから仕掛けるようなことはないよ。そうならないように祈っているしな」
「その点は安心してくれてよい。雇われた以上、こう見えてもちゃんとルールは守るでな。規定集を覚えきれるかどうかが心配じゃが……」
村に入れてくれたなゆたとすばるに迷惑がかかる以上、ルールを守るという言葉に嘘は無かったが、興味のないこと ーー つまり戦闘以外の全てのこと ーー は全く覚えられないという偏った頭脳を持つこの男は、規定集を覚えられるかどうかを実際にかなり心配していたのであった。
「君がこの村内にいる間は、保安隊の監視の者とは別に、なゆたとすばるをお目付け役につけよう。分からないことがあればその二人に聞けばいい。おまえたちも、彼が何か問題を起こせば、村に入れた自分たちの責任になるということは分かっているだろうから、彼が余計なことをしないようしっかり見張って役目を果たすように。いいな?」
「分かったわ」
「うん!」
天一郎と一緒にいられることが余程嬉しかったか、すばるは大きな瞳をさらにくりくりさせて、満面の笑みを浮かべていた。
「ふむ、まあわしも村の中でおまえ達が一緒にいてくれればなにかと助かるが、その間に普段の仕事に手が回らなくなっても大丈夫なのか?」
「その二人には、農作業等の固定された日常業務は課していない。弓の腕を活かした狩りや、その他必要に応じた様々な特殊任務が担当だから、しばらく君のお目付け役となっても問題はない」
凄惨な現場を幼い姉弟がたった二人で偵察に訪れ、天一郎と怪人に遭遇し、出会う順番が前後すればほぼ確実に命を落としていたであろう間一髪な状況を経験することが"必要に応じたことの結果"だとすれば、必要に応じざるを得ない二人の境遇にもまたこの村の"闇"が潜んでいると天一郎は考えていたが、その話はあとでじっくり二人に聞いてみるとして、まずは優先しなければならないことがあった。
「なるほどの。了解した。よし、そうと決まればさっそく、飯じゃ、飯じゃ!」
そう言うや否や、雇い主となった村長や松田にろくに挨拶もせぬまま、そして食堂の場所も聞かぬまま、天一郎は鬼狩丸とズタ袋を引っ抱えて村長室を飛び出していった。
「……ほんとうに大丈夫かしら、あの人」
なゆたは、心底呆れたという表情で、今日天一郎と出会ってから何度目になるか分からぬくらいの、深い深い溜息をつくのであった。




