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鬼喰い  作者: 勝又健太
第一章 人の消えた村
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第一章(1)

「動かないで!」


「動くな!」


 この村の陰惨な光景には場違いなほどの、威勢のいい、若いというよりはむしろ幼い男女の声が轟いた。


「ほ?」


 声のした方を男が振り返ってみると、黒く長い髪を後ろで束ねた、厳しく鋭い目つきの美少女が、その射るような眼差しにふさわしい武器 ーー 手製の弓を構え、男にまっすぐ狙いをつけていた。


 少女の傍らには、こちらも手製と思われる弓を構えた、くりくりとした瞳の可愛らしい少年が、パートナーと同様に男にまっすぐ狙いをつけていた。ただしこちらの武器は、体格に合わせて一回り小さめである。


 少女はおそらく10代半ば、少年の方はまだ10歳にも満たないであろうが、怯えの中にもみなぎる強烈な殺気と闘志は、この時代を生き抜くにふさわしい覚悟と生命力に満ちていた。


「なんじゃ、地獄の鬼のご登場かと思ったが、追い剥ぎか?なんにしても物騒なところじゃのう」


 男はぼやいたが、村の惨状に気を取られていたとはいえ、これだけの殺気を放つ相手 ーー しかも二人 ーー の存在に今まで気が付かなかったとは、自分の腕によほど自信を持っているか、あるいは単純に鈍いのか、いずれにしてもこの時代の荒野を旅する者としては呆れるほどの注意力の欠如と言えた。


「刀を下に置いて、背中をこちらに向けて、両手を上に上げなさい!」


「そうだ!手をあげろ!」


 二人の声が再び村の中に響いた。


「ほっほっほ。若いのに手慣れたものじゃの。感心感心」


 男は、この村に着いた時からそうであったように、右肩に刀を担ぎ、その先にズタ袋をぶら下げていた。


 その刀と荷物をさっさと地面に下ろし、後ろを向き、手を上に上げて、戦う意志も見せずに男はあっさりと降参した。


「参った。わしの負けじゃ。命だけは助けてくれ」


 妙な動きあらば即座に矢を射んとしていた少女は面食らい、男の真意を測りかねたが、二人の矢に恐れをなしたと判断した。


「ふざけたやつね。あなた何者なの!?これはあなたのしわざ!?村の人たちをどこにやったの!?」


 少女は、これもまた彼女の持つ武器にふさわしく、矢継ぎ早に質問した。


「ん?おまえたち、追い剥ぎではないのか?」


「質問に答えなさい!村の人たちをどこにやったの?」


 少女は男からの質問に答える気はないようであった。


「待て待て。わしはなにも関係ないぞ。先ほどこの村に着いたばかりじゃし、なにがあったのか知りたいのはわしの方じゃ」


 男は二人の方へ向き直って、聞いた。


「おまえたちこそ、何者じゃ?」


 ビュッ!


 二人の同時に放った矢が、男の顔の両脇をかすめて、背後の家の壁に突き刺さった。


「質問してるのはこっちよ!おとなしく答えないなら、次は心臓を狙うわよ」


「そうだぞ!ガキだと思ってあまく見るなよな!」


 二人は背中の矢筒から素早く二の矢を継ぎ、言葉通り男の心臓に狙いをつけてから言った。


 いかに近距離とはいえ、照準の定まらぬ手製の弓で標的を正確に射抜くのは至難の技であるが、この若き弓使い二人の技量は、その奇跡を可能にしているのであった。


 しかし、威嚇射撃であることを認識していたとはいえ、自分の顔の横を矢が通過する際に、まばたき一つしなかったこの男の度胸もまた恐るべしである。


「わかったわかった。短気なやつらじゃのう」男はぼやいた。


「しかし、お見事。良い腕じゃ」


 そう言って男は二人の弓の腕を褒めたが、これは駆け引きではなく、武の世界に生きる者として、若い二人の弓の腕前が一流の水準に達していることを、素直に賞賛したのであった。


「へへへ。そうだろ。父ちゃんの直伝だぞ!」


 少年は、自分の技量を褒められたことがよほど嬉しかったらしい。


「ほほう父上殿の……。良き師匠のようじゃの。手製の弓と矢で標的を正確に射るというのは、正しい訓練を地道に積み重ねなければ、中々出来ることではない」


「へへへ。たくさん練習したからね!」


「すばる!余計なことは言わないでいいの」


 少女は少年をたしなめた。今は尋問中である。男にどのような狙いがあるか分からない以上、口車に乗せられて相手のペースにはまることは避けなければならなかった。


「そうだった。ごめんよ、姉ちゃん」


 この二人の間では、おそらく過去に何度もこのようなやりとりが行われているのであろう。


「なるほどな。おぬしたちは姉弟か。なかなかの名コンビじゃの」


「質問に答えなさい。あなた何者なの?」少女は再び質問を続けた。


「何者とかといえば、まあ旅の者じゃな。とある人物を探しておって、いまはとりあえず西に向かって旅をしておるところじゃ」男は正直に答えた。


「ここに大きな村があると聞いたでな。なにかまとまった食糧を稼げるような仕事はないかと思い立ち寄ってみたら、このありさまじゃったというわけじゃ」


 とある人物を"本気で探しているのかどうか"、男自身にも今ひとつ確信は持てていなかったが、旅の目的自体に嘘はなかった。


「ふん、仕事にあぶれたならず者ってわけね。どうせなにか悪さをして、自分の村を追い出されでもしたんでしょう?」


「まあ確かに悪さはたくさんしたがの、追い出されたわけではない。むしろ随分引き止められて往生したものじゃ。わしは人気者じゃったからの。ほっほっほ」


 近距離で矢に狙いをつけられている状況であるにも関わらず、両手を上に上げていることを除けば、男は知人との世間話を楽しむような風情であった。


「胡散臭い男ね……自分がこの村で何もしていないと証明できる?」


「証明と言われてものう……」


 男は困った顔をした。何かしたことの証明は簡単であっても、何もしなかったことの証明は難しい。男のように、ほぼいつも一人で行動している者の場合は特にそうであった。


「村人が失踪したのは、湿度や血の乾き具合から見ておそらく昨日の深夜から今日の早朝あたりじゃろうが、その時間は道中で一人野宿しておったでな。それを証明してくれる者はおらん」


 男は、事件の発生した時間帯に関する自分の推論を交えて正直に話した。剣士として、ある意味「血の専門家」でもあるこの男の、血に関する推論に間違いがあろうはずもない。


「じゃが、わしがもし犯人じゃとしても、村人を一人で全部殺して、その死体をこれまた一人で全部どこかに隠すというのは無理がある話じゃぞ。そんなことをしても何の得もないしな」


「じゃあ、あなたが野盗の一味ではないという証明は?」


 少女が最も疑っているのはこの点であった。もとより、たった一人で実行できる規模の事件ではない以上、男が関わっているのであれば、野盗の尖兵か偵察として派遣されてきたと考えるのが自然であろう。


「武器や食糧がそのまま残っておることから考えて、これは野盗の仕業ではない。それにもしわしが野盗の一味なら、現場にのこのこ戻ってきたりはせんし、道の真ん中でカラスやキジを待っていたりはせんじゃろう」


「……言い分は分かったわ」


 この程度の尋問で男に対する疑念を完全に払拭できるわけもなかったが、少女はこれ以上の質問は無駄と判断した。

 男の言うことには筋が通っていたし、なによりこの事件は少女の理解できる範疇を完全に超えていたのである。


 尋問の続きは後で自分の村の者に任せることに決めて、少女はよそ者への対応の型通り、男の持ち物検査を行うことにした。


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