第二章(9)
これ以上話しても無駄と考えたか、あるいは全ての可能性を考慮し終えたのか、先ほどまでとは異なり、決断を下した村長の表情には一切の迷いも浮かんでいなかった。
「なゆたとすばるはこの村の貢献者だ。その話は信用できる。つまり、その怪人が実在し、その戦闘能力が並外れているということ、そして君の剣の腕がそいつに匹敵するか、もしくはそれを凌いでる可能性が高いということ、これらは事実だと考えていいだろう」
村長は整然と自らの分析を述べ始めた。
「さらに、先ほどから尋問している中で、君は確かに危険人物ではあるが、同時に正直で率直な人物であるということもよく分かった。それが良いか悪いかは別にしてな。つまり、君もまた真実を語っている可能性が高く、その怪人の共犯または真犯人である可能性は逆に低いということだ」
「ふむ、さすが村長殿。人を見る目を持っておいでじゃ」
天一郎の、相手を賞賛しているのか見下しているのか分からない発言を無視して、村長は話を続けた。
「よって、このことを考慮して、君に仕事を依頼しようと思う。その怪人、もしくは真犯人を探し出し、あわよくば分村の住民失踪事件の謎を解き明かしてもらいたい」
「……謎を解けと?いやいや待たれよ。仕事を貰えるのはありがたいが、わしは探偵ではない。用心棒の話ならいくらでも請け負うが、人探しや調査の類は専門外じゃ」
今までの話の展開からして村への滞在は許可されないだろうと判断していたか、あるいは依頼されるとしてもおそらく怪人退治程度だろうと考えていたのか、予想に反して事件の全面的な解決を依頼されたことに、天一郎は珍しく狼狽した様子で言った。
「分かっている。事件の解決はプラスアルファと考えてくれればいい。その分の報酬ははずむつもりだが、最低限君に請け負ってもらいたいのは、その怪人の退治だ」
「それならば構わんが、そやつが犯人だと決まったわけではないぞ?」
「それも分かっている。しかし、分村に凶器を持ち込み、見ず知らずの人間にいきなり斬りつけるような狂人を、この村の近くで野放しにしておくわけにはいかん。犯人でなかったとしても、野盗同様この村に害を為すものとみなし、君だけでなく村民全員に対してその怪人の殺害許可を出すつもりだ」
「ふむ、なるほど、適切な判断ではあるな」
住人に対して危害を加えたことを確認するなどという悠長なことをしていては、ならず者から一つの村を守ることなどとても出来ない相談である。
冤罪の可能性を考慮するよりも全体の利益を再優先するというのは、この時代の組織の長としては至極当然の判断であると言えた。
「ただし、君には監視をつけさせてもらう。要注意人物であることは間違いないからな。監視役には銃器も保持させることになるが、その条件が呑めないならば、この話は無しだ」
「まあ監視は当然じゃな。構わんよ。で、報酬はいかほどに?」
「一日三度の食事は保証する。手付けは出せんが、怪人を退治した場合には乾燥食糧を一ヶ月分提供しよう。事件の全真相を明らかにした場合にはさらに一ヶ月分追加する。契約期間はとりあえず一週間だ。どうするね?」
「委細承知した。その話、請けよう」
天一郎は破顔した。やっとまともな飯にありつけるという嬉しさであったか、自らの身に付けた技で報酬が貰えるという職業人的な喜びであったか、あるいは眼前に広がる屍の山を予感した肉食獣の舌なめずりであったか ーー それは彼以外の人間からは伺い知ることは出来なかったが、いずれにしてもこの男が闘いを引き受けた以上、その周囲に血の雨が降ることだけは固く約束されたのであった。
「交渉成立だな。期待させてもらうよ。で、いつから動くつもりかね?」
「このあと飯を食わせてもらえれば、すぐに動くつもりじゃ。駐屯地は分村の北じゃったな?」
「そうだが、やつは駐屯地にいると?」
「うむ。やつの逃げていった方角がちょうど北じゃった。迷彩服の入手先がそこである可能性が高いことも考慮すれば、まずは駐屯地から探すのが理にかなっておるじゃろう」
あらゆることに関して適当で運任せなのがこの男の特徴であったが、こと戦いや抗争に関する限り、その考察や戦略は常に的確なのであった。
「了解した。方針は君にまかせよう。飯はこの後すぐに用意させるが、部外者は村民用の居住区には滞在を許可していないから、駐屯地から戻ってきたら入村希望者が試用期間中に使うエリアに移ってもらう。場所はなゆたとすばるに案内させよう」
「わかった。あやつと再戦の可能性が高いからの、飯は大盛りで頼むぞ」
「いいだろう」
ここに来てようやく村長にも笑顔が浮かんだ。リーダーとして極端に用心深い男ではあったが、この規模の村であらゆることを自分だけで判断していてはとても手が回らないであろうから、重要事項だけは自分で決断し、後はその任務を担当する者を信じて任せるという、管理者として欠くべからざる豪胆さも持ち合わせているようである。
「一応聞いておくが、自警団や保安部隊もこの件で動いたりするのか?わし一人の方がやりやすいが」
「保安隊はこの村の防衛が最重要任務だ。村の外に出てその怪人の捜索をしたり、こちらから攻撃を仕掛けるようなことはない。我々は常に野盗に狙われているから、村を空けて隙を作るようなことは出来んのだ」
「うむ。それがよかろう。今のところ相手も一人じゃしな」
"今のところ"というのは、村民側からすれば縁起でもない発言であったろうが、天一郎はこの事件があの怪人を退治しただけで終わるとは露ほども考えていなかった。
この数年間で自殺者がゼロというこの村の奇跡の正体 ーー それがあの怪人という"闇"を生んだものであるとするならば、その奇跡が続く限り、新たに第二第三の闇が現れないという保証はどこにも無い。
膨れ上がった奇跡に生じた一つのほころびの帰結する先は、"破滅"か、それとも"救済"か?
「駐屯地での探索が終わったら、もう一度ここに来てくれ。わたしか松田のどちらかは居るはずだから、捜査結果を報告してほしい。言うまでもないが、今日だけで仕事が終わるのが理想的だ」
「了解した。生きておったら晩飯もよろしくの」
この軽口で、尋問の間中ずっと暗い表情をしていたなゆたやすばるもやっと相好を崩した。
しかし、傍から見ればこの男がお約束のように言っている冗談のように聞こえたかもしれないが、実際天一郎にも生きて帰れる確信は全く無かったのである。
自分の強さに微塵も疑いを持っていないのと同様に、戦いにおいて"絶対確実と言えることなど何もない"ということも天一郎は身を以て知っていたし、ましてや心臓を貫かれても死なない相手との戦いなど、百戦錬磨のこの男にとっても完全に未知の領域であった。
だが、そうであっても、いやそうだからこそ、この男はいつも嬉々として死地に赴くのであったが。




