第二章(8)
「それに、わたしとすばるがこの村の人たちに危害を加えたりするわけないでしょう!お父さんが作ったこの村になんでそんなこと……!」
なゆたは、村長による天一郎への尋問中、村長から暗に"裏切り者"として扱われたことに対して、ずっと抑えてきた感情がついに制御しきれなくなったか、背中を震わせて大粒の悔し涙を流した。
すばるはその隣で、泣くのを必死に堪えている様子だったが、そのくりくりした大きな瞳には、姉同様に光るものが浮かんでいた。
「父上殿はたしか……」
天一郎は、その後に"死んだのじゃったな"と無遠慮に付け足すのを何とか思いとどまった。この男なりにぎりぎりのところで人の感情に配慮したのであろう。
「……おまえたち姉弟が村人に危害を加えようとしているなどとは言っていない。この男に脅されている可能性を考慮しただけだ。おまえたちの村への貢献は高く評価している」
村長は苦い表情で言った。確かに、村民全員が一晩で失踪した血生臭い現場に、幼い姉弟が勇敢にもたった二人で調査に向かったのである。
それが強制だったのか自由意志によるものだったのかは定かではないが、そういった危険な仕事を村のために普段からこなしているであろう二人を、この陰惨な事件の共犯者扱いしたのは、いかに"あらゆる可能性を考慮するのが村長の仕事"であると言っても、いささか思慮に欠ける判断であったと言えるだろう。
「ちょっと聞いても良いかの?本題からずれるようで恐縮じゃが、この村を作ったのは村長殿ではないのか?」
「その質問に答える義務があるとは思わん。聞きたければ後でこの二人から聞きたまえ。君がこの村にいられれば、の話だがな」
「ふむ。そうさせてもらおう。で、村長殿の結論は出たのかの?」
「……」
村長は結論を出しかねていた。なゆたとすばるが嘘を言っていないというのはどう見ても明らかであったが、徹底した現実主義者である彼には、人間離れした強さを持つという迷彩服の怪人の話はどうしても信用することが出来ないのであった。
「わしはこの村に滞在できなくても一向に構わん。まともな飯を逃すのは痛いがの。しかし、わしが去った場合、おぬしたちはどうするのじゃ?」
「どうする、とは、どういう意味かね?」
「怪人の話が本当だった場合、心臓を刺しても死なんやつを相手に、おぬし達はどう闘う、ということじゃ。銃器の類が有効かどうか試してみるのもよかろうが、効かなかった場合、村は確実に全滅するぞ」
「……」
「それに、分村の住人失踪事件の犯人が、その怪人だとは限らん。少なくとも、やつの持っていた刀には、新しい血はこびりついておらんかった」
「……その怪人以外に、真犯人がいるというのかね?」
「そうじゃな。わしかもしれんし」
天一郎はそう言って再びにっこりと笑みを浮かべたが、今度の微笑には先ほどと異なり、相手を困らせて楽しもうという厄介な意図が込められていた。
生来のトラブルメーカーであるこの男には、話がこじれていくときのスリルがなによりのご馳走なのであった。
「もうやめてほんとうに!なんでそういう言い方しかできないの?」
なゆたが目に涙をいっぱいにためて、怒るというよりも悲しそうな表情で言った。
「可能性の話をしているだけじゃ。その怪人が真犯人でないならば、他に真犯人がいることになる。その場合、その可能性が最も高いのは、おまえ達が来るまで現場に一人でおったわしじゃろうからな」
さすがにこのひねくれ者も女の涙には弱いのか、天一郎はなゆたの方を一切見ずに、村長に向かって淡々と語った。
「もうひとつ可能性があるとしたら第一発見者じゃろうが、この二人が分村に向かうことになる前に、最初に本村に事件を知らせに来たのは誰なのじゃ?」
「事件を知らせに来たものはいない。朝の仕事に出勤してくるはずの分村の者たちが、今日に限って誰一人として現れなかったのだ。分村が設立されてからこんなことは一度たりとも無かった。なにか異常な事態が発生したと判断し、この二人が自主的に偵察を申し出たのだ」
「自主的に、のう……。まあよい。しかしそうなると、第一発見者はわしということになるな。つまり、その怪人が真犯人でないとしたら、一番怪しいのはこのわしということじゃ」
天一郎は心底嬉しそうであった。自分がこの怪事件の第一発見者であり、怪人に次ぐ容疑者であるという状況が、目立ちたがり屋のこの男にとっては堪らないほど快感なのであろう。
「なぜ君は、そうまで自分に不利な情報を出すのかね?」
「村長殿の尋問に協力しておるだけじゃよ。判断材料は多い方が良いじゃろう?」
「……いいだろう。尋問はここまでだ。決定を伝えよう」




