第二章(6)
「酔っぱらいや操り人形のような動きをするやつで、身長はおそらく180cmほどかの。顔は包帯でぐるぐる巻きにしておったから人相は分からんが、着ておった服は、間違いなく松田殿と同じ迷彩服じゃったぞ。ブーツも同様じゃ」
「そうか……村の中でそんな格好をしている者がいればすぐに通報が来るだろうし、また村の者がその怪人の正体なのであれば、迷彩服を着てわざわざ自分の素性を知らせるのもおかしな話だ。おそらく、駐屯地のどこかで自衛隊の制服とブーツを見つけた部外者だろうな」
「ほう、駐屯地にはまだ施設が残っておるのか?」
「ほとんどは破壊されて地面に呑み込まれたが、司令部の庁舎だった建物や、一部の施設がそのまま残っている。どれも崩れかけで、とても入れたものではないがな」
「ふむ、珍しいのう」
天一郎がそれらの施設に興味をひかれたのは理由がある。"大異変"の際の軍事基地への破壊は一種の"怨念"のようなものを感じさせるほどに徹底しており、しかも破壊のあとにほとんどの施設が地中深く呑み込まれてしまったため、そこに基地や駐屯地があったこと自体が一見して分からないような惨状を呈していることが普通なのであった。
それにも関わらず、この村の近くの駐屯地では、崩れかけとはいえ、その駐屯地の中枢だった建物や、その他の施設のいくつかが残っているという。
怪人が駐屯地で迷彩服を入手した可能性は高そうだが、それ以上に、大異変による破壊を回避したそれらの施設と、それらを生き残らせた何らかの偶然もしくは"意志"に、天一郎は強い関心を持ったのであった。
「我々にとっては本当に不幸中の幸いだった。少量だったとはいえ、備蓄食糧や装備、様々な工具を持ち出すことが出来たからな。それがなければ、この村の発展はもっと遅れていただろう」
「なるほどの。この村の発展には、最初の時点から奇跡が"寄り添って"いたということじゃな」
天一郎は、この時点でほぼ既に"あること"を確信していた。
「確かに奇跡的な発展であることは否定しないが、それは我々も含めた村民達の不断の努力あってこそだ。決して偶然だけに助けられたわけではない」
「その通りじゃ。偶然は所詮"きっかけ"に過ぎん。日々の地道な積み重ねだけが、奇跡を生む。この村はそれを体現しておるでな、凄いことじゃ」
ついつい物事にケチをつけてしまうこの男は、村長が気分を害したことに気付き、あわてて取り繕うように言った。
飯を食いそこねるのだけは避けねばという考えからであったが、日々の積み重ねだけが奇跡につながるという言葉に偽りはなかった。
ただし、この村の場合は違う。裏でなにかの力が働いている ーー その考えにもまた偽りはなかったが、それはこの後天一郎自らが調べねばならぬことであった。
「うむ、そのことを分かってくれていればいい。話を戻すが、その怪人は日本刀を持っていたと聞いているが、君の目から見て、剣技になにか特徴はあったか?流派でも何でもよいのだが」
「特徴ははっきりしておる。あれは剣士ではなく、日本刀を単に刃物として振り回しているだけの化け物じゃ」
「化け物?」
「うむ。剣を正しく学んだものであれば、なにかしら共通する基礎というものがあるのじゃが、そういったものは一切感じなかったでの。子供が癇癪をおこして刃物を振り回しているみたいなものじゃ。ただし、スピードと腕力は完全に人間離れしておった」
「人間離れか……なぜそんなやつがこの村に……」
村長は沈んだ声で言った。千人の村民の命を預かる長として、日々様々な問題に対処しているのであろうが、人知を超えた化け物への対応というのは完全に想定外であった。
「今までそういったやつの目撃例はなかったのか?もしくは最近なにか変わった現象が発生した等でもよいが。少なくとも、なんの前兆もないというのは考えにくいがの」
「ない。野盗達との戦いは日々続いているが、そいつらも普通の人間、いや人間としては最低以下だがな、少なくともそんな化け物のように強いやつは見たことがないし、変わった現象というのも聞いていない。なにかあれば全てわたしの耳に入るはずだ」
「そうか。だとすると、ある日なんのきっかけもなしに、駐屯地の地の底から化け物が気まぐれで這い出てきたとでも考えるしかないのう」
「……君なりに気の利いた冗談を言っているつもりなのかもしれないが、駐屯地に眠っているのは我々の元同僚であり、国を守ってきた英雄たちだ。たとえ推理の一環だとしても、そういう言い方はやめてくれんかね?」
「失礼した。他意はない。だが、やつが外部からやってきたとは考えにくいぞ。あんな化け物が街道をうろうろしていれば噂にならんはずはないが、そんな話は旅の途中に一度も聞かんかったでの」
「確かにそうだが……」
天一郎の推理は的を得ていた。治安を維持する組織や交通手段が失われたことにより、街道を往来する者は激減していたが、それでも村同士での最低限の交易は復活しており、その際に重要情報の交換も積極的に行われるようになってきていたのである。
特に、テレビ等の娯楽が消滅したこの時代においては、そういった交易者たちが持ち帰る旅先の情報、中でも"噂話"が最上の娯楽となっていたため、分村の怪人のような存在が他の村もしくは街道に現れたのであれば、その噂話が伝わらないはずは無いのであった。
「外部からやってきたのでなければ、可能性は二つしかない。最初からこの村にいたか、もしくは駐屯地にいたかじゃ」
「……いや、可能性はもう一つある」
ここで村長は意外なことを言った。状況から考えれば、天一郎の推理は筋が通っていたが、村長の頭の中には最初からもう一つの可能性がよぎっていたのである。
「ん?わしがなにか見落としをしてるかの?」
「君の話が正しいとするならば見落としは無いだろう。私が最初から考えていたのは、君たちの話が全て嘘で、"そんな怪人など実際には存在しなかった"という可能性だ」
「……ほ?」




