第二章(1)
本村である日守村は、天一郎が道中で耳にした評判通りの、かなり大きな村であった。
なゆたの説明によれば、人口は千人を超えており、それもここ数年間右肩上がりで増え続けているというから、ある意味で"大異変"後の復興を象徴するような、勢いと活気に溢れる村であった。
村内は、大きく分けると農地と居住地で構成されており、かなり広い農地ではじゃがいもを中心に、とうもろこしや稗や粟など、いわゆる「飢饉に強い」あるいは「保存の効く」農作物が栽培され、昔ながらの高床式の倉庫を使用した食糧の備蓄率も非常に高いようであった。
さらにかなりの数の家畜が飼われており、牛や馬は燃料確保のおぼつかないこの時代の重要な労働力として、また豚や鶏は貴重なタンパク源となっていた。
村民の住居の多くは比較的狭い地域に密集しており、一つ一つの家屋の構造は分村とさほど変わりない掘っ立て小屋のようなものがほとんどではあったが、一部には明らかに専門の職人によって建てられたと思われるような整然とした造りの家も存在しており、村の発展が一定期間に渡って続いているということを感じさせた。
居住地の外側は、廃材や鉄くずを積み上げて作られた高い柵で囲まれており、四方に野盗対策の物見台が設置されていた。
住居を密集させているのは、おそらく外敵からの防御をやりやすくするためであろう。
天一郎達は東側の門から村の中に入り、この村の議会や保安などのあらゆる重要機能を一箇所に集めた「日守村役場」に向かっているところであった。
「すごいのう……。噂に違わぬ規模と活気じゃな。わしも色々な村を見てきたが、人数でこの村より多いところはいくつもあったが、皆がここまで元気のある村はちょっと記憶にないぞ」
天一郎は素直に感嘆の弁を述べた。道行く村民の忙しそうな様子もさることながら、一人一人の顔に浮かんでいるのは明らかな「希望」であり、生きること自体に絶望が内包されているようなこの時代において、この村の活況はまさに「奇跡」を体現しているのであった。
「へへへ。みんな元気だけど、おいらが一番元気だよ!」
「はっはっは。間違いないな。おぬしには誰もかなわんじゃろう」
「元気なのはいいけど、ちょっとはお姉ちゃんの言うことも聞きなさい。さっきだって駄目だって言うのに森に入って行っちゃうし……」
「よいではないか。子供は元気が一番じゃ。ところで、ここ数年間で餓死者や自殺者が一人も出ておらんというのは本当なのか?」
「そうよ。病気や事故、野盗との戦いで死んだ人は何人もいるけど、ここ5年間くらい、この村で餓死したり自殺した人はいないわ」
「偉業じゃのう……。自殺以外には誰も死に方を選べん時代じゃと思っておったが、この村におれば天寿を全うできるかもしれんなあ」
そう、病気や事故が死因の多くを占めるのはこの時代も同様であったが、"大異変"前と比較すると、当然のことながら野盗や外敵との「抗争死」や食糧不足による「餓死」が圧倒的に増えており、そしてそれらを上回るような勢いで「自殺者」が激増しているのであった。
特に40代を過ぎた、"大異変"前の安定した社会や生活に慣れていた中高年層にその傾向が顕著であり、現実という地獄に適合できず自死を選ぶものが後を絶たず、村民の多くが30代以下、というような村もさほど珍しくないのであった。
「食糧は配給制か?」
「そうよ。無駄遣いは出来ないから、人数分ぴったりに作って、いくつかある食堂で1日3回配給されることになってるわ。あとは各自で保存食を作ったりね」
「なるほどのう。しかし配給制となると、さきほどすばるの獲ったうさぎはどういった扱いになるのじゃ?」
「食堂に持っていくわ。処理場が併設されていて、そこで乾燥肉にされるの。どの村もそうだと思うけど、狩りは許可制だから。わたしたちは弓が使えるから認められているけど、1日の獲物の数は厳しく制限されているし、獲った獲物を自分達だけで食べることは出来ないわ」
「ふうむ。制度が随分ときっちりしておるな」
「議会での決定をまとめた条例集があって、移住希望者は最初にそれを全部読んでから面接試験を受けるのよ。それに合格してから数ヶ月間の監視期間があって、教育役の村民や周囲の推薦がもらえたら、やっと正式に入村が認められるってわけ」
自らの食糧と安全がある程度確保されれば、「規模の拡大」に向かいたがるのは人間の常である。
自給自足経済においては「農地の面積や生産性」がそのまま「養える村民の数」に比例し、その逆も正であるがゆえに、食糧供給量とのバランスを取りながら、適切な数そして適切な能力を持った新規入村者を確保していくことが、拡大を志向する村の統治者たちの重要な課題なのであった。
そして、この数年間一人の餓死者も出さずに規模を拡大し続けているという点において、この村の運営はまさしく「神がかっている」と言っても過言ではないのであった。
「わしもその条例集を読まねばならんのか?」
「そうよ。あなたの場合は短期滞在希望者だから、それ用の規定集を読んでもらうことになるし、能力が基準を満たさなければ、滞在許可はもらえないわ」
「そうか。本は好きじゃが法律や条例の類は苦手じゃのう……。ちなみに、その規定集は何で書かれておるのじゃ?手書きじゃと改訂が大変じゃろう?」
「そうね。後で更新しやすいように、細長い紙に一文ずつ書いて束ねてあるの。子供たちの書き取りの練習も、その条例集が教本になっていて、その書き取りの練習で使った紙を束ねてコピーを作ってるのよ」
「おいらもたくさん書いたよ!いくつか覚えちゃった。"村の食糧を盗んだ者は、理由の如何を問わず、財産を全て没収した上で即刻村を追放するものとし、以後の再入村は認めない"」
「なるほどのう。単語帳みたいなものか。いろいろと工夫が凝らされておるな。いや、お見事」
「ルールをみんなに行き渡らせるためにそういう仕組みになったのよ。村民になってからも定期的に条例集の試験があるし、不合格になると本村にいられなくなるから、みんな必死よ」
「ほう、そうなると、分村の者たちは皆、試験に合格できなかったのであそこに移動させられたということか?」
「……それだけじゃないけどね」
「ふむ、いろいろと裏事情がありそうじゃな」
天一郎はそれ以上深くは尋ねなかった。どれだけ光に溢れているように見える共同体にも必ず「闇」はあり、そして光が強ければ強いほど闇もまた深いということを、天一郎はこれまでの経験から嫌というほど分かっていた。
その闇が凝縮されて生まれた存在が先ほどの怪人だとすれば、この村の闇の深さは推して知るべし、聞くまでもなくいずれ分かると考えたのである。
「ところで、先程から気になっておるのじゃが、分村にいたあやつと同じような迷彩服を着てるものが何人もおるようじゃが、この村の流行なのか?」
「自衛隊の制服よ。この村は、自衛隊の生き残りの人たちが作った村だから」
「なんと?」