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私は敵になりません!  作者: 奏多


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真夏のケーキ1

 もう二日もすると、8月の聖シスルの日。

 アランの誕生日になる。


 この世界では、誕生日を毎年のように盛大に祝う風習はない。

 節目の三歳、七歳、成人の16歳には、城下にも振る舞い酒を配って祝うが、あとは質素なものだ。


 考えてみればそのはず。

 前世の中世ヨーロッパ的世界から比べたら、恐ろしくマシな状況ではあるが、食料品なども冷凍物が出回っているわけでもない。生ものにしろ服にしろ、お店に行ったらいつでも望んだ物を買えるわけじゃないのだ。

 服は基本的にオーダーメイドか自力作成。そのため、庶民の女性は自分や家族の服を縫えるようにするのが常識。

 そんな事情から、毎年の誕生日は家族だけにひっそりおめでとうと言われ、両親からだけプレゼントをもらうのだ。


 富豪や貴族はその限りではないが。

 つながりを作りたい人間が、相手の子供の誕生日にかこつけて贈り物をする場合もあるし、年頃になれば、誕生日にかこつけて贈り物をする人間もいる。

 ちなみにエヴラール辺境伯家では、わりと質素に身内だけで贈り物をし、ちょっと贅沢なお食事をする。これは子供がアラン一人だからということもあるのだろう。


 そんなアランの17歳の誕生日が迫っている。

 しかし両親である辺境伯夫妻は遠い空の下。いやこっちが遠い空の下なのか。

 なのでベアトリス夫人から、アランのお誕生日についてのお願いが、手紙につづられていたのだ。

 誕生日から遅れからでもいいので、逗留地のどこかで何か甘味をアランにあげてほしいらしい。そのための軍資金も封筒に入っていた。


 実はアラン、けっこうケーキとか甘いものが好きな人だったりする。

 なのでベアトリス夫人も毎年ケーキを料理人に焼かせていたのだが、今年はそんなことをする余裕はないわけで。そこで何かを夫妻からのプレゼントとして買って与えてほしいようだ。

 戦時中ゆえにケーキを作る材料が枯渇していることも考えた上で、甘味ならなんでもいい、という判断に至ったのだろう。


 本当はエヴラールから送りたかったのだろう。

 もしレジーもヴェイン辺境伯も亡くなっていたら、それどころではなかっただろうことを考えると、母親らしく息子のことに心を砕く様は、見ていてほっこりした気持ちになる。

 けれど生ものを伝令兵に持たせるわけにもいかないので、比較的余裕がある私に頼んできたのだ。


 実際、私は他の人よりも余暇時間がある。

 体力勝負なので、兵士やレジー達は筋力が落ちないよう訓練する必要があるようだが、私に限ってはそれほどでもないし。

 軍の運営もほとんど関わっていない。

 大規模戦闘や砦の改修とかじゃないと、護衛付でしか動けない希少職種の私を軍行動に参加させるわけにもいかず、結果として大人しく師匠と遊ぶか、単独行動をするしかない。

 だから甘味を買いに行くのはわけもないことだ。


 あとソーウェン侯爵領は町が荒らされていないので、物資の流通こそ心もとないことにはなっているが、ある程度の物は調達できそうだ。

 昨日の夕食や朝食にも果物などが置いてあったし、料理の内容も戦時中ですよ、という貧しさは見られなかった。

 それならケーキの材料を買うことはできるだろう。


 問題は焼いてもらう人のことだ。

 一気に大量の人数が押し寄せたので、館の料理人さん達は毎食大変だろう。合間の時間に、ケーキを作ってほしいと頼むのははばかられる。


「時間があるなら……焼くか」

「何をするんですか?」

「ベアトリス様の代理で、ケーキを焼こうかと。簡単なものを」

 パウンドケーキなら作れるだろう。

 私がケーキを作るのだと言うと、カインさんが意外そうな顔をした。


「珍しいと思いまして。キアラさんが庶民の女性らしいことをしているのを、見かけたことがないもので」

「あ……それもそうですね」


 貴族令嬢はお菓子など作らない。

 労働をしないことが貴族のステータスだ。人を使う、ということが尊ばれる。だから貴婦人が生産的なことをするとしたら、刺繍や編み物ぐらいだろう。

 料理をするなどもっての外。

 私が一時的にとはいえ、元伯爵令嬢だったので、カインさんは不思議に思ったのだろう。


 エヴラールでも忙しそうな時に芋の皮むきとかを手伝ったことはあるが、それも誰も見ていない時にこっそり行っていた。ベアトリス夫人は許してくれそうだけど、夫人の侍女が料理をすることを誰かが耳にして、ベアトリス夫人が悪く言われては困るので。

 料理人さんたちには口止めしていたし、目撃してしまったアランにも言わないようにお願いしたものだった。

 アランには「母上の侍女は騎士の真似事までしてるんだ。料理ぐらい今更じゃないか?」と言われたのだが。


 それはさておき、前世の私もお菓子作りはしたことがある。

 家庭科の時間とか。バレンタインに友達同士でお菓子を持ち寄るためとかね。

 エヴラールの料理人さんが作っている所は見たことがあるので、ある程度の調理道具の扱い方は承知していた。


「でも、ソーウェン侯爵の料理人にお願いしてみては?」

「できればそうしたいんですけれど、大所帯でおしかけてきてる上、王子っていう気が抜けないお客までいるわけですから、余計な仕事を増やすことになるんじゃないかなと。ただ、他人が入るのは嫌って場合もあるかもしれませんから、一応聞いてみますけれど」


 懸念を伝えると、カインさんが「それなら」と私をさっきまでいた会議室へ連れていく。

 調度ソーウェン侯爵が廊下へ出てきたところだった。カインさんは侯爵に近づくと、あっさりと話をした。


「侯爵閣下、お話があるのですが」

 ソーウェン侯爵はカインさんと私を見て、一瞬だけぎょっとした顔をしたものの、調理場を使いたい旨を了解してくれた。料理人に頼むも、自分で作るもご自由にという感じだ。

 ただ、私が作るという話については、本気でそんなことをする気かと変な顔をされた。

 ソーウェン侯爵は生粋の貴族だから、身分ある女性が料理をするなんて変だ、と思ったのだろう。ただ私は魔術師という、人間社会からやや踏み外した位置にいるので、何も言わなかったのかもしれない。


 というわけで、まずは材料を買いに行くことにした。

 カインさんに手伝ってもらい、流通が止まっていたこともあってやや高かったけれど、小麦粉も砂糖もバターも卵も手に入れることができた。乾燥果物もみかけたので、それも購入。


 ……そこでちょっと果物の砂糖漬けをくれたイサークのことを思い出し、自分で持って歩く用に、オレンジピールの砂糖漬けを買い足す。

 少量を小袋に分けてもらっていたら、カインさんに尋ねられた。


「食べ歩くつもりなんですか?」

「え、ええそうです。たまにいいかなって」


 もう会えないかもしれない人だ。けど、あんなに邪険にしたのに話を聞いてくれたイサークにはとても感謝している。

 だから真似をしたら、イサークにあやかれるかなと思ったんだけど。恥ずかしくてそんなこと誰にも言えない。

 だから内緒だ。


 カインさんにも荷物を持つのを手伝ってもらい、館に戻る。

 そうして昼食を終えてやや経ってから館の調理場へお邪魔すると、既に侯爵から話が通っていたようで、快く場所を提供してくれた。

 しかも、好きに使えるよう、万が一の場合に使う予備の調理場を整えてくれていた。

 これで夕食の準備までの間に、休憩をとったり仕込みの準備を始めている料理人さんの邪魔をすることなく作ることができそうだ。


 本格的に夕食をつくる頃になれば、本調理場の隣にあるそこも使用するようだが、それまでには終わらせてみせる。

 早速私はケーキ作成にとりかかった。

 ちょっと多めに作るつもりなので、急がなければならない。


 火が入れられていたかまどの様子を見た後、水を入れた鍋を置いて湯をつくる。

 分量を計る方法は、天秤しかないので、分銅を使って型5つ分の量を分けていく。砂糖は少な目に。アラン用だからっていうのと、私が甘みの強すぎるものは苦手なせいだ。


 バターを湯煎で溶かす算段をつけたら、私は勝手口から庭に出る。

 ちょっと大きめの石に触れて、それを石人形に変化させた。

 石を人型にしようと思ったら、なんとなく紙人形ぽくなったが、使えれば問題ない。ちゃんと両手に指も作成した。

 それを二体準備。

 石人形の前には卵を入れたボウル、泡だて器を持たせ、ミキサーよろしくかきまぜさせた。


「ふふふふ。これで労力をかけずに泡立てられる……」

「……魔術の使い方、間違ってませんか?」

「ませんません。筋肉痛になるより、こっちの方が断然楽です」


 カインさんの言葉に、即座に反論する。

 石人形には筋肉はない。疲労する代わりに筋肉痛にもならないのだ!


 微妙そうな顔をしているカインさんには、せっかく傍にいるのだからとバターの様子をみてもらっていた。

 石人形に任せていたボウルの様子を見て、次のボウルを持たせてまたかき回させながら、私は卵液に粉やバター、乾燥果物やオレンジピールなどを混ぜていく。

 それを五個分繰り返したら、型に流し入れ、火傷をしないよう石人形にかまどに入れてもらった。


 そうして焼けるのを待っていると、やがてバターの良い香りが漂って来る。

 くんくん嗅いで出来上がりを期待しながらじりじと焼けるのを待っていると、カインさんがぽつりとつぶやいた。


「懐かしいですね……」

 お菓子作りは、カインさんの郷愁を呼び起こしたようだ。


「昔、母親が作ってくれたことを思い出しましたよ」

「カインさんのお母さんは、お料理上手な方だったんですか」

「普通ですね。うちは代々エヴラール辺境伯様の騎士の家ですから、生活自体は安定していましたが、料理はもっぱら母が自分でしていました。だから下手ではありませんが……でもその味が懐かしくなるのは、小さい頃から馴染んだものだからなのでしょう」


 それを聞いて、私は思った。

 カインさんはお母さんを亡くしているから、もう一度お母さんのご飯が食べたくてもできなくて、だから寂しいのだろうと。


「寂しい、ですよね」

 なにげなくつぶやけば、カインさんがうなずいた。


「その分だけ、ルアインと戦えることでほっとしています。亡き母のために、まだしてやれることがあるのだと思えるので。だから……戦うことを迷わないでいて下さいね、キアラさん。私がその分支え続けますから」

書き終わらなかったので、続きはまた明日投稿します

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