ソーウェン侯爵領にて
困った私を助けてくれたのは、リーラだった。
てんっと飛び上がると、馬の上、私の後ろに器用に乗り、ふさっとした尻尾を私に触れさせながら、肩に顎をのせてきた。
そうして馬上からギルシュさんどころか、カインさんまでも睥睨する。
まるでうちの子に何してんのよ、みたいな感じなのだけど、どうしたんだろうリーラは。
驚いていると、やってきたジナさんがくすくす笑っていた。
「リーラ。今度はキアラちゃんの面倒を見たくなったの?」
リーラはそれの何が悪いという顔で、ジナさんを見て、ふんと鼻息を鳴らす。
「え、どういうことです?」
「あのねぇ、リーラってサーラのお姉さんでねん。ちょっと前までは子狐もいたお母さんだったのよう」
ギルシュさんの説明に、ジナさんがそうそう、とうなずく。
「だけど子供を亡くしちゃってね。母狐になると、うちでは戦に連れて行かないことにしてるんだけど、リーラがその頃傭兵団に出入りし始めた私のこと、面倒見始めて。そのまま戦闘にもついてくるようになっちゃったの」
どうもそれはジナ限定というわけではなく、面倒をみなくちゃいけなさそうな人間全てを対象にしているらしい。
おかげでリーラは、故郷でも気に入った子供の面倒を見たりすることがあるし、メイナールの件は、まさにその一例だった。
「その時私、既にルナールと奥さんのサーラを連れてたんだけど、ほら、ルナールってば、一緒についてくるリーラを口説くのに熱心になっちゃって、くっついて歩いては、サーラに噛みつかれて大変大変」
そんな話を暴露されたくなかったのか、ジナさんの背中に、ルナールがジャンプして前足でどつく。けれどジナさんは慣れたものなのか、全く動じた様子がない。
「そのうちリーラもちょっとルナールにほだされちゃってみたりして」
リーラがぐるぐると唸りだす。
いや、私に怒ってないのはわかるけど、耳元でぐるぐるされるとなんか怖いよリーラ。
「やだなぁみんな。恥ずかしがっちゃって!」
そう言ったジナさんに、とうとうリーラが飛びかかった。満面の笑みを浮かべてリーラを受け止めたジナさんの靴を、サーラががじがじと噛んでいる。
「みんなの愛が痛い、でもかわいい」
噛まれても嬉しそうにしているジナさんの姿に、とうとう三匹は根負けして、一斉にため息をついた。
でもそのおかげで、妙な空気はなくなってくれていた。
その間にレジーとソーウェン侯爵との話も終わったようだ。アランの騎士、ライルさんが、町へ移動するよう伝言を伝えてくれる。
移動中に、なんとかエダムさんやジェロームさんに近づこうとするが、ふっとレジーが振り返るのでなかなかできない。
くっ……視線で結界をはるなんて! と奥歯をぎりぎりしてしまう。
しかもさっきのことを追及されたくないので、どうしても私は逃げ腰になってしまう。なので近づけない。
やがて、ソーウェン侯爵が軍とともに滞在している町へと入った。
盗難を警戒して壁や柵を設けて囲んだ町は、今まで守り切ったことの証のように、特に戦いの痕もない光景が残っていた。
石畳の道には、戦闘が終わったことを知り、また王子の軍が来たことで家々から人が出てきて道の脇に並び、もしくは窓から見下ろしていた。
庶民の娯楽ってそう多くはないし、戦時中では物も芸人達の往来もない。恰好の見せものだろう。
しかもレジーやその周囲は、観賞に値する人ばかりだ。
「ねぇあの銀髪の人!」
「王子様でしょ、かっこいい……」
「若いわね、うちの娘ぐらいの年かしら? 隣の騎士様も渋くていいわぁ」
「あの人も貴族? 黒髪の」
「エヴラール辺境伯の代理で、ご子息が来てるって聞いたことあるわ」
一行は、特に女性達の目を引きつけてやまない。
戦いに出て町を守れるわけでもない、外に出られるわけでもないと言う鬱屈を抱えているだろう女性にとって、これは良い気晴らしになったんじゃないだろうか。
レジーもそのあたりは分かっているんだろう。時折笑顔で手を振って見せている。こういうのも王子様生活で慣れてるんだろう。
そうして明るい様子を見せるというのも、老若男女に良い影響を与えると思う。あれだけ余裕そうなんだから、ルアイン軍をきっと追い払ってくれると、希望を感じるだろう。
想像通り、レジーの姿を見た人の中から歓声が上がる。
「王子殿下万歳!」
「ファルジアに勝利を!」
大元を辿れば、ファルジアは王権神授説な国だが、戦乱が多くなってからは例の夢のお告げ宗教基準よりも、戦に強い王だと民衆の人気が高い。
それと同じくらい、見た目というのは結構強く左右する。
レジーの容姿は、人にこの王子ならば手を貸そうと思わせる力があるだろう。
一方、少し後ろを行く私は、移動のためにまたカインさんと相乗りしている。……沢山の人の前だというのが、おそろしく恥ずかしい。
ついでに言えば、魔術師ががんばりますよ! とばかりに堂々とするのは私には……無理だ。怖い。なんだあの小娘とか思われてるだろうに。
ただでさえ馬に相乗りしているだけで目立つ上、カインさんによってフードを被ることを却下されてしまった私は、軍の中で珍しくも女の子がいるというのを、思いきり宣伝しながら進んでいる状態だ。
「堂々として、下を向いちゃだめですよ。せっかくの可愛い顔が台無しですから」
カインさんには恥ずかしい台詞をささやかれて、悲鳴を上げてどこかに走り去りたくなるのだけど、そんなことをしたらただの不審者だ。
変な人間だと思われてしまうのは嫌なので、自分でも頬をこわばらせた表情で、それでも前を見る。
「女の子がいる。誰?」
「どっかの貴族のお嬢様?」
囁きが聞こえる度、私はびくびくと肩を揺らすしかない。
そんな私の後ろで、カインさんがくすくすと笑う。
くっ……、なんか悔しい。それでもカインさんがお腹を支える手を離さないことで、守られている感じがするのも確かだった。
頼ってくださいと言ってくれた彼は、間違いなく私が戦う限り、守り支えてくれるだろう。
……うれしい言葉のはずだ。協力者は欲しかったのだから。
けれど、カインさんを泥沼に引きずり込んだような後味の悪さを感じる。多分彼がそう考えた発端が、ルアイン軍を壊滅させるため、だからだろう。
ずっと我慢していたんだと思う。
けれど、本来ならそんな気持ちも引いてしまいそうな虐殺を見て、カインさんは逆に自分の望みを思い出してしまった。
そうさせたのは、イサークの言葉を聞いて、敵を叩きつぶすほどの勝利を得ようとした私だ。
憎い気持ちと同時に、きっと亡くした家族のことも思い出させた。
落ち着いて考えれば、私のことを大事に思ってくれるのも、そうした気持ちの裏返しだろう。
謝っても謝り切れない。
唇を引き結んで、うつむくのを耐えているうちに、侯爵の領主館に到着した。
到着した領主館は、町の外壁と比べて物々しさの少ない、煉瓦造りの瀟洒な建物だった。
まずは一室に案内され、世話係りの召使さんを付けてもらった私は、水浴させてもらう。暑い時期なので、温めの水は気持ちよく、土埃と汗と血の匂いを洗い流させてもらうと、少し気分が良くなる。
召使さん達は、連れていた師匠に戸惑いつつも、埃をとってくれれば……とお願いしたのでさっと布で拭いてくれたようだ。師匠の方も、若い召使さんに手をかけてもらって、ご機嫌である。
その後、少し仮眠をとらせてもらった。けっこう限界だったので、すとんと眠りに落ちてしまう。
起こされたのは三時間ほど後だったが、かなり回復できた。さっきの状態では、とても食事が喉を通らなかったので、夕食まで時間があって助かった。
食事は一度に人数が増えたこともあるのだろう、小広間といって良い場所で、レジー達爵位持ちだけではなくそれぞれに従う騎士達まで同じ場所で取ることになった。
館の警備を担う人以外の兵士は、町の鉱夫達や兵士が駐屯できる場所へ案内されて、宿泊と食事を提供されているはずだ。
ジナさんとギルシュさんは領主館の方にいる。私の護衛を担うことが多い上、女性がいて、魔獣を飼っていることもあって、逆に他の兵士と混ぜるわけにいかなかったのだろう。
広間の端の方で、動物好きの騎士が、二人をダシにしてリーラやルナール達に話しかけている。
「お、お手するかな……」
なんて会話が聞こえるが、それ、犬じゃないよ?
ちなみにアランが、そこに混ざりたそうにしていた。ちらちら目線がルナール達の方へ向いている。
しかし私もアランも、そちらに行くわけにはいかない。
ソーウェン侯爵の会話が自分達に向くというのもあるし、
私に関しては、傍に座ってくれたカインさんがそつなく対応してくれて、魔術に関する疑問を端から端まで尋ねられる、なんてこともなくて助かった。
その後は「魔術師殿はお若いんですね」という、お世辞なんかも言われた。
あとは「コルディエというと、どちらのお家ですか?」と聞かれて、エヴラール辺境伯様の親戚ですと答えたりとか。
さらには「実はうちの親族にも同じ年頃の男の子がいて」と話を振られたので、そうしたらアラン達と話が合うかもしれませんねと応じて。
やっぱり話し相手は女の子がいいんだろうと気をつかってくれたのか「分家の娘が私と同じ年だから、明日にでも挨拶をさせたいので、明日お茶の時間を……」と言われた時には、なぜかカインさんが師匠を小さな声で呼び、師匠があの気味の悪い笑い声をたてた。
なので「女の子相手だと、うちの師匠を連れていたら怖がられるだろうから」と、やんわりお断りした。
思えば軍の中で行動していると、女の子と友達になるどころか、話す機会がほとんどない。ジナさんがいてくれる今は、微妙に相談しずらかったことなんかも話すことができて、実は結構助かっている。
なのでソーウェンにいる短い間だけでも、気軽に話せる女の子と知り合いたいとは思ったが、師匠連れでは無理そうだ。
断った私に続いて、カインさんが魔術師殿には戦闘後には少し休養が必要でと話し、アランまでが「そういえば最近寝込まなくなったが、無理をするな」と言い出したので、ソーウェン侯爵は私を誘うのを諦めてくれたようだ。
その一連の会話後、なぜか少し離れたところにいたレジーの騎士グロウルさんが、レジーのことを見ながら、こめかみをつまんでため息をついていた。お疲れですか?
そんなこんなで、私はお茶会などをせず、明日もそこそこゆっくりできそうな状態になってほっとした。
なのに、昼間に眠ったせいなのか、夜中にぱっちり目が覚めてしまった。
こうしてエヴラール領から出るようになって、少し寝つきが悪くなったなと思ってはいた。けれどまだだるい感じが残っているのに、目が覚めてしまうほどとは思ってもみなかった。
二度寝しようと思っても、全く眠い感じがしない。
仕方なく私は、少し体を動かすことにした。気分転換をしたら、また眠れそうな気がしたから。




