変化する意識
前半カインさん視点、後半キアラ視点本編です
自分の協力を受け入れてくれたキアラに、カインは笑みを浮かべた。
ほんの少しだけ胸が痛んでも、結局彼女が戦うのなら、これが一番の方法のはずなのだ。自分にとってもキアラにとっても。
そうして思い出すのは、先ほどまでの力ない相手を蹂躙していくだけの戦いだ。
身動きが取れない相手でも、手に剣を持っているのなら、近づけば傷つけられる。だからこそ、どれくらい続くのかわからない奇跡がそこにある間にと、敵の命を奪うために味方の剣が振るわれた。
騎兵を倒した後のカイン達は、エヴラールの戦列の中でその戦いを見つめていた。
「圧倒的……ね」
近くにいたギルシュがつぶやき、
「これが本当の魔術師の恐ろしさ、なのね。一騎当千どころじゃないわ。使い方によっては一人で全軍を滅ぼせる」
既に馬を降りたジナが、やや青ざめながらつぶやいたのが聞こえた。
本来ならそう思うべきなのだろう。
周囲の兵も、青い顔をしている者も、怯えた様子を見せている者もいる。
けれどカインは、けれどなぜ二人とも不満そうな言い方なのか、と不思議に思ってしまっていた。
より多くのルアイン兵を倒すため。二度とエヴラールに侵入する気にならないようにするために戦ってきたのだから、喜ぶべきだと。
――そう、仇を討つためにも。
だからこそ目の前の光景に、心が高揚してしまう。
今までは魔法と言う力でなぎ倒されていたからこそ、どこか現実味を欠いた力に圧倒されるばかりだったが、今回は魔術の助けを借りて、人の手で倒していく姿に……ずっとこんな風に、ルアインを叩きのめしたかったのだという、心の奥に眠っていた願望を自覚した。
背中から、槍で串刺しにされて倒れる姿は、母を思い出させた。
涙と血を流しながら、開いた目を空に向けてこと切れる死体は、弟と同じ目に遭わせたのだという感慨をもたらす。
屍の積み重なる光景が、仇を討っているのだという実感を持たせた。
自分で思う以上にカインはルアインを憎んでいて、無残な姿を見ることで、それを晴らしたかったのだろう。
……今までその憎しみを、自制できているふりをすることで、抑えようとしてきんだなと自覚する。
エヴラール辺境伯家に仕える者として、手足となって戦うのに、憎しみだけにとらわれて相手を殺すことだけを考えていてはいけない。命令を違えないためにも、仕える時にそう教えられるから。
それに彼女が可哀想だったからだ。女性が泣いているのに、さらに泣かせるようなことはしたくない。
けれどキアラ自身は、あれほど止められてもそれを望んでいる。
奇しくも、つい先ほどジナに言われたことを、カインは思い出さずにいられなかった。
カインは傭兵として戦うために雇われたジナであろうと、女性は守られるべきと思っていた。
戦うと決めた相手なら、仲間として守ればいい。
そうして彼女に思うまま戦ってもらえば、カインの望みは叶う。
心の中に悪魔がささやきを吹きこんだように、そんな考えが浮かんで消せなくなった。
元から彼女を気に入ったのは、敵を倒すために進む彼女の姿を見たからだった。
自分にはできないことをやり遂げる英雄として彼女を想うのなら、思いきるべきは自分だ。
彼女は既に選択していた。泣いてもわめいても、王子達や、エヴラールの兵を多く助けて、この戦争で多くのルアイン兵を殺すことを。
そして今、カインの心の中にある望みはただ一つだ。
思いきってしまうと、魔術を使ったためにひっそりと隅でうずくまる彼女を、怒ろうとは思わなくなっていた。
いつもならば、どうして具合が悪くなるようなことをするんですか。もっと自分を大切にして下さいとでも言ったのだろう
弱い彼女を支えて戦わせるつもりなら、そんな必要はない。
彼女を休ませ、彼女の望むように不調を隠す手伝いをするだけだ。
敵を倒すために。彼女が英雄であり続けてくれるように。
そして誰よりも自分が傍にいればいい。そのために一層、大切に扱うのだ。
‡‡‡
協力してくれるというカインさんのおかげで、私は何食わぬ顔で自軍の中に戻ることができた。
まだふらつくが、馬の上に乗せられて移動するので、隠せている。
カインさんの態度は、私への認識とともに少し変化したようだった。
それまでは子供を守るような、ともすれば彼女を気遣うような感じでむずがゆい時もあったんだけど……恭しさが加わったという表現が、適当な気がするほど、余計に丁寧になった気がする。
なぜそこで崇拝なのか、全くわからないけれど。
その瞳が向けられた時に感じる熱も、どこか強さが増して……。何かに熱狂している人のような色を感じるのは、私の勘違いなんだろうか。
発端が、大量殺戮をしたことだというのが、受け入れるには辛い。
けれどそのことで慰められる人がいるということに、苦い気持ちになることで、逆に流されてしまいそうな気持ちが押し留められているようにも思う。
辛すぎると、戦の様子がゲーム画面の向こうの出来事のように思ってしまいそうになるから。
戦い続けるには、その方がいいのかもしれないけれど。
さて、戦闘が終わる頃には、件のソーウェンの町からも人がやってきていた。
出陣するつもりだったのだろうけれど、途中でルアイン軍が潰走したからだろう。武装した20騎ほどが駆け付けて、レジーに取り次いでくれと申し出た。
そのうちの一人は、もちろんソーウェン侯爵だ。
ゲームでは30歳だっただろうか。父親を鉱山の落盤事故で亡くして、若くして爵位を継いだ人だ。領地を商業発展させてきたこともあって、青年商人という雰囲気がある。
騎馬に乗って軍衣を身に着け、剣を下げているのがちょっと似合わない。というか着られてる感じの、肩まで金茶の髪を伸ばした人の良さそうな顔をした人だ。
「間に合わずに大変申し訳ないことを致しました。殿下の進軍に関しては、一度噂が届いたのですが、いかんせん攻め込まれた直後では商人すら身動きできぬ有様で。他地方の商人も、我が町に避難したまま帰れぬ有様でした。いやーほんとうにルアインを撃破してくださってありがとうございます!」
揉み手なところも、まんま商人ぽい。
「いいえ。もっと早くここへ来ることができればとは思ってましたよ」
レジーの答える声は、落ち着いた穏やかなものだった。
そんな様子を、私は近づくことができずに、少し離れた場所から見ていた。
カッシアでの言葉を信じるなら、特に疲労している様子も、ショックを受けている様子も隠した私に、レジーが何かを言うことはないと思う。
けれど、どこからか見抜かれそうで怖くて、いたずらをした犬が飼い主の様子を伺うように、隠れたくなってしまうのだ。
「大丈夫ですよ」
カインさんが肩に手を置いて、安心させようとしてくれる。私よりもずっと長くレジーと付き合ってきた人だ。その言葉は本当だと思う。
ただ私を止めなくても、その私の意思を変えたいとは思っているだろう。もしくは、また何か一計を案じて遠ざけられてしまうかもしれない。
早く、先にエダム様やジェロームさんに話をつけてしまおう。それとなく、私の魔術を含めた作戦を立てるようにしてほしいとお願いするのだ。
けれど侯爵と王子の会話を遮って、傍にいるエダム様達に話しかけるわけにもいかない。
じりじりと待っていると、レジーがこちらを見た。
カインさんが、励ますように私の手を握ってくる。思わずそれを見て、顔を上げた時にはレジーはもう別な方向を見ていた。
「…………」
ただそれだけなのに、心の中の不安がかきたてられる。水の中に手をつっこんでかき回して、ぐちゃぐちゃになるような感覚。
そんな自分に戸惑っている私を、我に返らせる声が聞こえた。
「いやん、大胆なのねこんなと・こ・ろ・で」
「ちょっ……!」
見れば、ぱっと手を離して飛びのいたカインさんと、いつの間にか私の傍に寄ってきていたギルシュさんが見えた。
どうもギルシュさんは、カインさんの手に自分の手を重ねようとしたらしい。
ギルシュさんは、うふふと自分の頬に手をそえて微笑みながらカインさんに言う。
「こんな男だらけの場所で、女の子と手を繋ぐなんてダメな人ねん。みんなに注目でもされたら、キアラちゃんが気まずい思いをするでしょう?」
男の子はデリカシーがないんだから、といわんばかりのギルシュさんの様子は、確かに年頃の男の子を躾けるお母さんみたいだ。
でも待って、カインさんだってそんなつもりじゃなかったはず。
「あ、ち、違いますよ。ほら、私まだ子供だから。カインさんが心配して手を繋いでくれただけですよ」
慌てて私はギルシュさんに言い訳する。私が不安がったせいなのに、カインさんが誤解されては迷惑がかかる。
だってそんな気がすると思ったって……ただの、私の勘違いかもしれない。勘違いにしておいた方がいいのだ。
「そうなのん? でもキアラちゃんだって16でしょ。やっぱり男性と手を繋ぎ続けるっていうのは……」
「いいえ、キアラさん」
そこでカインさんが笑みを浮かべて言った。
「貴方の事を子供だなんて思ってはいませんよ」
「え……う……?」
子供だと思っていない? なのに手を繋いだ?
ギルシュさんが「まっ」という顔で、しとやかにも自分の口を手で覆う。
私は混乱した。どう考えたらいいのこれ。




