ソーウェン包囲戦2
ジナさん達のことは心配だった。
けれどゴーレムを使わず移動している時の私では、ただの足手まといになる。しかも走る馬の上では、銅鉱石を使ったって術が使えないだろう。
だから必死にアランに掴まって、落とされないようにして言った。
「アラン、あそこの崖の上は?」
「行くまでの間に的になる」
短い返答で却下されてしまった。
しかし他に、めぼしい場所がない。ソーウェンの鉱山がある山のふもとへ行くまで、戦場を俯瞰できる場所がないのだ。
となると、できることは一つだ。
「レジーはどの辺りで行軍を止めるのかな……」
「そろそろだろう。砦を空にしてまで背後を突こうとした兵力が、こちらに来る前に決着をつけたいはずだ」
わざわざ兵を進ませ続けたのは、挟撃と後背からの追撃を防ぐためだ。同じ兵力でも、前面から受けてたつのと挟撃に備えるのでは負担が違う。
だからレジーは戦う場所を選定しているのだ。
「あとは、この辺りからであれば、ソーウェン侯爵もこちらの様子は見えるだろう。山から監視はしてるはずだ。軍がぶつかり合っているのを見たら、派兵してくるはずだ」
そちらの増援が見えたら、敵も引くしかなくなる。それを見込んでいるのだという。
「王子の軍だ。今後のことを考えたら、兵を出さないということはないじゃろうの、ウヒヒヒ」
師匠もアランの意見に同意のようだ。
けれどその前に味方が減らされては元も子もない。なら、この辺りが私の戦場だ。
「アラン、もう少し行ったところで降ろして」
そう言いながら、私はポーチの銅鉱石のカケラを一つかみ取り出し、少しずつ撒き始める。
「まだ軍は止まってないぞ」
「いいの。軍の先に少し進んだところで少し街道から離れた場所がいい。お願い」
頼まれてしまえば、アランも否とは言わない。
魔術師は尊重されるもの。術を使えば本人の身を削りかねないからこそだ。
さらに、レジーが頑なに私の魔術を戦術に含めないので、私が何をするかは、言うまでわからないせいだろう。
この状況こそは、レジーの優しさだと分かってる。
もし私が誰も殺したくないと思ってもいいようにしてくれているのだ。
そしてどんなに止めたくても、私が戦いたいのなら止める気はないことと、どんな形でも私が敵に利することはないと信じているから。
ただし信じていても、レジーは認めていない。
私が戦いたい、守りたいという気持ちを。
軍よりも前に走り出る時に、一瞬だけレジーと視線が合った。
厳しいまなざし。こうして戦場に出るようになってから、レジーは時々私をそんな目で見る。その度に私は、心の中の恐れを見抜かれているみたいな気持ちになる。
でも止まる気はない。
やがてアランが私が指さす場所へ到着する。
少し離れた場所に林が立ち並ぶ街道を抜けて、その先にある広がった場所へと出る。
遠くに見えるのは、おそらくは鉱山を出入りする者を規制するための柵と、そこにできた町だ。
町からここまでは広い平地になっている。
畑もいくらかあったけれど、既にルアインとここで一戦交えたのだろう。踏み荒らされた後だったようで、ほとんどの作物が茶色くなって枯れているのがわかる。
ここでいい。
街道から左に少し離れた場所で、私は滑るように馬から降りた。
「ありがとう」
「他にやることは?」
アランに言われて、私は告げる。
「……ううん。私のこと、止めないでいてくれてありがとう」
何をする気か、とアランは訊かなかった。ただ渋い表情で言った。
「そんな言い方をするんだから、ろくでもないことを考えているんだろう。本当は、頭でも叩いて、レジーに投げ渡したいくらいなんだがな」
アランはふっと息を吐いた。
「だが最近、俺は少し考えを変えたんだ。レジーもお前も、このバカらしい戦争を早く終わらせることができれば、こんなにもこじれないはずなんだ。だから俺は勝つことを優先したい……だからお前のバカな行動を見て見ぬふりしておいてやる」
そうして彼は、ついてきた騎士達に指示をするためそちらを振り向きながら付け足した。
「死なないことさえ約束するなら、後は好きにしろ。最終的に、お前は自分の選んだ道しか進まないだろうからな」
アランはよく私を理解してくれている。主に、頑固だという方向について。
だから私はそれに寄りかかった。
「ありがとう」
そして私はその場に膝をつく。
やることは決めている。ソーウェンの兵力もこちらの兵力も極力削らず、カッシアともども防備を固めさせるんだ。
その為に必要なことも分かっている。既に布石も打った。
私は銅鉱石を取りだして、土人形を出現させた。その手に乗せられて肩に移動して座ると、地上の様子が少しは俯瞰できるようになる。
軍の先頭は、この広がった場所に到着できたようだ。
レジーはそれよりは狭い手前の場所で、ルアイン軍を迎え撃つつもりらしく、前面に歩兵を置き、後ろに弓兵を配置している。
……と、そこで師匠が叫んだ。
「んぎゃっ! 貴様いつの間に!」
「え?」
見回せば、私とは反対の土人形の右肩に、リーラがちゃっかり載っていた。
危なげなく立つリーラは、じっと私のしていることを見ているようだ。
肯定も否定もしない、そんな感じがする。多分彼らは、生きるために他者を殺すことを自然の一部だと考えているからだろうか。
気負わずにやろう、という気持ちになれた。
「大丈夫師匠、リーラは心配でいてくれてるだけだし、師匠はもう土製なんだからぎっくり腰にもならないし、寒くて節々が痛むこともないでしょ」
「そうだがのぅ……魂に苦手意識が刻まれておるのよ」
熱さも寒さも感じない体でも、過去の記憶には苛まれるらしい。
可哀想だが、リーラ達氷狐の戦力は魅力的だから、師匠にはなんとかトラウマを乗り越えてもらいたい。
「私も頑張るから、師匠も我慢しててね」
そうして私は術に集中する。
力の向かう先は、少し離れた場所にばら撒いた、銅鉱石だ。
距離が離れてるせいか、少し銅鉱石に魔力を集めるのが難しい。それでもおおよその鉱石の場所は補足できる。
エヴラール兵に引き寄せられるように、後を追ってきたルアイン兵達が鉱石をばらまいた場所の上に来るのを待つ。
そしてぐっと奥歯を噛みしめた。
鉱石の周囲から、ぐずぐずと地面が、踏み固められた街道が、ぬかるみのように溶けていく。
そう見えるほどさらさらと細かな砂になっていったのだ。
ルアイン兵も騎馬も、足下が突然沈んだことに驚き、動きにくい砂の中に足首まで埋もれて歩きにくくなる。
私はしっかりと彼らの足が埋もれるように、砂を動かす。
……結構広い範囲なので、キツイ。
胸に手を当て、ぐっと息をつめた。
しょせんは足止めだ。そう鼓舞する声に、彼らは尚も前進する。
砂地になっただけだし、落とし穴とは違って回避する必要はない。突っ切ればいいと思ったのだろう。
それでも魔術師の力だと、恐ろしくなって遠回りしようとする者、後退してしまう者もいる。しかし敵は目の前だ。突撃する者の方が多かった。
私は深呼吸しながらルアイン兵の三分の一が砂場に足を踏みこむのを待つ。
千人、二千人、三千人。
沢山の人が私の操る砂に足を踏みいれる。
耳元で太鼓を鳴らされているみたいに、脈拍の音が響いてうるさい。
そして時が来た瞬間――砂を一気に固めた。
片足を、もしくは両足をその場に縫いとめられて、ルアイン兵達は焦った。
身動きできないということは、剣を振ることはできても、逃げられない。かわすこともできないのだ。
そしてレジー達指揮官は、それを見逃さなかった。
「嫌だっ、助け……っ」
かわすことのできない白刃が、ルアイン兵の命を麦のように刈り取っていく。
足止めなんて、RPGのゲームでは些細な魔法に分類されてしまうものだ。けれど足を完全に固められてしまえば、こんなに恐ろしいものもないだろう。
それを私は、土人形の首にもたれかかるようにして、ぜいぜいと息をしながら見下ろしていた。
……思った以上に辛い。土人形を二体ぐらい同時に動かすよりは楽だと思ったんだけど、距離が遠いのも悪かったのだろう。とはいっても、私だってすぐ餌食になる場所にはいたくないわけだし。
土人形の肩に座っていてよかった。立っていたら、間違いなくよろけて落ちていただろう。
「ウヒヒヒ、えぐいのぅ。地味だがこんなに恐ろしい物はない。敵も味方も、お前さんの力をじんわりと思い知らされるだろうて」
苦笑気味な師匠の言葉に、私も苦笑いする。……上手く笑えているかわからないけど。
恐れられることが目的だから。そう言われて、本望のはずなのに。
最後まで書ききれてなかったので、続きは明日また更新します。




