ソーウェン包囲戦1
「もし回り込まれているのなら、戻るより進んだ方がいいな」
「砦に籠るのは?」
「却下だよアラン。置き土産をされていたら厄介だし、それを調べてから入るまでの時間が惜しい」
「包囲するなら、ここから近い場所に潜んでいるでしょう。迎え撃つのにふさわしい場所といいますと……」
「まっすぐ北に、ソーウェンの鉱山がある。そこまで行く」
ジェロームさんやアランと行先を素早く決めたレジーは、すぐに軍の編成を変えさせる指示を出す。
走り回り始める騎士達。一部の騎兵が弓兵を連れて砦の向こうへ先行した。
歩兵達は移動を続けさせる。
補給物資等を載せた馬車も、できる限り急がせていた。
その最後尾に、アランが率いる一軍と共に私も移動する。背後に回り込んで攻撃された場合に敵を跳ね返すために。
「これは、お前の知っている通りではないようだな」
背後を警戒しつつ歩兵の後を追うように進みながら、アランが言う。
「うん。複合されてる感じがする」
ソーウェンで戦う場合、まずはこの砦に駐留していたルアイン軍を倒し、それからソーウェン侯爵のいる鉱山へ向かうのだ。
けれど砦の兵は囮だ。
途上で、砦の兵力を囮にしたルアインの将軍が、予め伏せていた兵を使って挟撃を仕掛けてくる。その順番通りではなく、砦の兵力をも使って挟撃、もしくはレジーが考えるような包囲攻撃をするのではないだろうか。
「こういう場合も備えてただろ。気にするなよ」
どうやら私の情報が役に立たなかったことで、私が悔しい思いをするのではないかと心配してくれたようだ。
アランは相手の気持ちを汲んでくれる。
そんな所は、沢山の人を仲間にして戦える主人公らしいなと思う。
私なんて自分のことだけで精いっぱいで、誰かへの気遣いとかが結構ずさんになっている有様だ。しかも今は、どうにか認めさせたいあまりに、カインさん達の気持ちを無視しているのだから。
「ありがとう」
礼をいいつつも、私の心は暗い。
せめて、包囲を仕掛けてきたなら、すぐに邪魔に入れるようにしたいと思いながら、得意とは言えないけれど馬を歩かせた。
「移動だ! なるべく急げ!」
休憩していた木陰から、兵士達が次々と列を作りながら行進していく。
とはいえまだ暑い季節だ。午前中から曇り空に風が吹いていたので過ごしやすいが、兵士達もマントの下は腕まくりをしている者がほとんどだ。
レジー達だっていつもより軽装だ。鎖帷子とかどこいったの? な有様だし。まぁ暑くて動きが鈍るようでは、鎖帷子どころの話じゃないからだろう。
正直、普通に考えれば夏に戦争などとんでもない。
敵も味方も暑さに苦しんだあげくの、泥沼になるってわかっているからだ。ルアイン軍が夏の盛りに動きを止め、国王軍と睨み合いになっているのはそのせいだ。
だから秋になれば、事態は大きく動く。
レジー達はその前に、ある程度の成果を上げておく必要を感じて、夏にも動き回るしかない状況なのだ。
それでも、カッシアで一度足を止めるしかないという計画だった。
ここから一か月が、一番暑い時期になる。
なのに今回の作戦を行うことに決めたのは、一つこちらに明確な利点があったからだ。
「みんな、行っておいで」
ジナさんの掛け声で、ルナール達氷狐が兵士達の周囲を走り回る。
時折吹雪を生みだしながら。
おかげで多少の駆け足で移動をしても、負担が少ない。冷房を連れて行軍しているのだ。前世でもこんな真似は不可能だっただろう。クーラーと発電機を車に乗せて追いかけるようなものだもんね。
おかげで兵士のみなさんも、元気を保っている。ソーウェンの兵士達は暑い時期の行動に、恐ろしく疲弊しているだろう。
そんな推測は、やがて結果として現れる。
砦よりも向こうへ先行した騎兵と弓兵の列を越えると、砦付近の林からルアイン兵が飛び出してきた。
予め配置していた弓兵の攻撃に足を止め、それからさらに追いかけて来ようとするが、かなり元気がない。
暑さよりも怪我を防ぎたかったのだろうが、しっかりと鎧を着ていいるため、とてつもない苦行を味わいながら行進しているのだろう。
遅くて、しかも脱落者がぽろぽろ出ている。
速足で進むエヴラールの軍に、追いつけるのかはなはだ疑問な状態だ。
年のために私がちょっとした小山を道の途中に作ったら、登るのに一苦労していた。馬もしかりだ。
しばらく駆け足で軍を進めている内に、後方から迫ったルアイン兵は、姿が見えなくなった。
レジーは行軍速度を落とさせながらも、さらに前進させ続けた。
止まれば後方のルアイン軍も追いついてきてしまう。そこで挟撃されては厄介だからだ。
案の定、短いながらも休憩してから出発して間もなく、左右から弓が射られた。
暑さで鎧を着込めない代わりに、レジーが盾を持たせるようにしたことで、防ぐことはできている。
けれどこのまま戦っては、相手の思うままだ。
そのためレジーは行進を続けさせ、弓での攻撃が収まった後に対応するため、足の速い騎兵を動かし始めていた。
左で指揮対応しているのは、レジーの騎士達だ。右はジェロームさんが引き受けている。
どちらも手伝うのは無理だ。
迷った末に、私は左へ向かうことにした。ゲームだと左の方が敵の層が厚かったからだ。
馬を向かわせようとしたところで、カインさんに引き止められる。
「キアラさん、連れて行きますから乗って下さい」
一瞬だけ迷った。
何かあればカインさんの判断で引き返させられるのではないか、と。でも彼が戦場で、完全に私の意思を無視して連れ去ったことはない。
「わかりました」
疑心暗鬼になって、こんなことすら信じられないのかと自分が嫌になりそうになったが、なんとか返事をした。
すると馬を降りるまでもなく、カインさんが馬を寄せてきてあっさり私を持ちあげて移動してしまう。
「ひえっ」
驚いている間に移乗完了。
まるで米袋10キロ程度を持ちあげました、程度のあっさりな行動に、いつもながら私は驚愕する。
だって体重ってそんなに軽くないはずだよ。前世よりはちょびっとだけ背もあるから、その分は重……いはずなんだけど。
カインさんは近くの騎兵に馬を任せ、ジナさんとギルシュさんに声をかけて味方の左側へと駆けていく。
矢の雨は既に途切れて、ルアインの兵が伏せられていた、林の中から街道を中心にした平原へ突撃してくるところだった。
「ギルシュさん、お願いします」
「うふ、遠投なんてお手のものよん」
ギルシュさんは予め預けていた銅石を投げてくれた。
得意だと言うだけあって、かなりの距離を飛んだようだ。そこまで目が良くないので、どこまで飛んだのかは確認できなかったが、問題ない。
私は馬から降りて地面に手をつける。
「落とし穴!」
気合いを入れて大きな穴を作る。上手くルアイン兵の先頭が、突然できた穴に落ちた。
後から走ってきた者も、立ち止まるのが間に合わずに落ちてしまう。
左側からの兵の動きが完全に止まってしまう。
「あらぁ、結構深かったみたいねぇ」
目の良いギルシュさんがそう評した私の落とし穴を、ルアイン兵は避けていこうと迂回し始める。
なので移動しながらいくつか落とし穴を量産した。二個ぐらい敵のど真ん中に作ったみたいだけど気にしない。
「クックック……、大分コツを掴んできたみたいだのぅ」
それを観察していた師匠が笑う。
「しかし飛ばし過ぎると後が辛くなるぞ?」
「問題ありませんよ師匠」
落とし穴の10個や15個ぐらい、なんでもないと言えなきゃいけない。効果はあるけど地味だから。
と、ほのぼの話していたら、ジナさんが注意を呼びかけてきた。
「騎兵がこっちに来るわ。一端引きましょう」
騎兵もまっすぐ進んで来られないので、私が落とし穴を生産していない前方側から回り込んでくるつもりのようだ。
「……こちらを追っているようですね」
しかも兵士に目もくれず、まっすぐこっちに来た!
カインさんが馬首をめぐらせて反転する。
「魔術師の保護を優先する!」
そうして駆け出したのは、カインさんとジナさんギルシュさんだ。
この動きに気付いた左側面を指揮していた騎士達が、ルアインの騎兵を少しでも刈り取ろうとしているが、完全に目的を私に据えたのか、数人が風よけをしている間に他の騎兵が馬で駆け抜けていこうとする。
「敵もお前さんを倒せば、有利になると思ったのか……いや、不利にならないと考えたのか。砦を放棄したのも、クロンファードから落ち延びた者から何か聞いて、我が弟子が最も厄介だと考えたからだろうな」
師匠の言葉に、カインさんがうなずいた。
「おそらくそうでしょう。普通の兵と違って、魔術師相手の戦いは厄介です。私だったとしても真っ先に潰すことを考えたでしょう」
クロンファード砦にいた者なら、すぐに想像がついただろう。建物の中にいれば、一気に潰される恐れがあると。
それならば魔術で迎え撃ちたいが、カインさんにしっかりと抱きこまれてしまっている状態の上、うっかりすると舌を噛みそうな揺れの中では、とてもちょっと指先を切って血を使うだなんて、できそうにもない。
そうこうしているうちに、後方のアランがいる場所までやってきた。
「キアラさん、意見も聞かずにつれてきましたが、ここなら迎撃の邪魔にもなりませんので」
カインさんに説明された。
側面攻撃をしてくるルアインへの対応をするはずの騎兵に、そのまま私の保護までさせるのは厳しいと考えたのだ。
だからまだ後方を警戒し、次の情勢を見て動きを決める予定のアランと、アランの騎士達の元へ行ったのだ。
「アラン様、キアラさんの保護をお願いします」
そうして説明を受けたアランも、カインさんに連れられた私を囲むように騎士と騎兵達を配置したのだが。
「ちょっと待って!」
ジナさんが結んでいた髪を解いて、ギルシュさんから渡された灰緑の布を腰で結んでスカートみたいに身に着けた。防具はもちろん外し、短剣だけは手に持つ。そして乗っていた馬はギルシュさんに預けた。
「これでいいわ、カインさん私を乗せて行って。ギルシュも私と一緒。アラン様はキアラちゃんを連れて行って下さい。キアラちゃんは逆に髪結んでね」
髪を解いた瞬間に、周囲は何をするつもりなのかを悟った。
「囮か」
ジナさんはつぶやいたアランにうなずいた。
今まで私を連れていたカインさんにジナさんを乗せてもらい、私は囮になったジナさんに敵が引きつけられているうちに、アランと遠くへ移動してしまえということだ。
「相手が魔術師を狙ってくるなら、なおのこと有効でしょう。騎兵を倒せても、弓で狙われるのが一番怖いわ。それなら遠目に誤魔化す方法をとるべきだと思うの」
「採用する。キアラ、乗れ」
「でも……」
ためらってしまう。
ジナさんが囮になって、100人以上の騎兵に追い回されることになるのだ。自分でもぞっとする状況なのに、他人にそんな目に遭えだなんていうのは辛い。
逡巡する私を叱咤したのはアランだ。
「二手に敵の目を分かれさせれば、カインが同時に狙われる確率も下がる。その後ジナ達が囮だとわかれば見向きもされなくなる。その間にこちらが逃げておけばいい。お前が術を使いやすい状況を作らなければどうしようもない、急げ」
急げと言いながら、アランは腕を伸ばすと、カインさんが無言で持ちあげた私を、ひょいと受け取って自分の鞍の前で乗せてしまった。
問答無用である。
馬から馬へ、またしても軽々と移動させられて、なんだかボールみたいな気分になってきた。
とにかくこうなったら、ジナさんのふりをするべく髪を結ぶしかない。ジナさんに結び紐まで渡されたのだから。
「俺は魔術師を連れて前方へ向かう。後方はまだ追いつかないだろう。お前たちは左右の支援に回れ。五人ついて来い。……キアラは早く髪を結べ。行くぞ」
「えっ、ちょっ!」
まだ手を後ろにやって結んでいる間に、アランが馬を走らせ始めた。
「キアラちゃん、またあとでねー」
私の罪悪感を消すためか、慣れているのか、にこやかに手を振るジナさんと、無表情なカインさんの姿が遠ざかる。
手を振り返すこともできずに、私はなんとか髪を無理やり結んだ。
「うおっと」
女の子らしくない驚きの声を上げたのは、何もつかめないせいで馬から滑り落ちそうになったからだ。
がっしりとアランが私のお腹を支えてくれたので事なきを得たが、
「もうそれ諦めろ。そして掴まってろ」
と言って、なぜかアランは自分の肩に私を押し付けるようにして自分は手綱を掴みなおす。そうしてさらに速度を上げた。
私は振り落とされるのが怖くて、アランの左腕にしがみつくようにしていたのだが、そこで私をぽいぽい持って受け渡しができる理由を、しみじみと感じた。
いつも服で見えないけど、わたしの二倍以上腕の太さが違うんだもの。
思えばこんな風にじっと誰かの腕にしがみついたことがなかった。
そんなことを考えながら、私は後方の敵の様子を見て、それから自分が向かうべき場所を探し始めた。




