その草にはご用心
ナイフ等を捨てたことで、レジーは私に対して少しだけ警戒を解いてくれたようだ。
私は気楽だからということもあって、相変わらず荷馬車に乗せてもらっているのだが、レジーは休憩時間になると私を構いに来てくれる。
それどころか手を引いてアランや騎士達がいる場所まで連れていく。
ついでに皆と同じようにカップにお茶まで入れてくれて、談笑の輪に強制参加だ。
どうもレジーは、私をみんなと交流させようとしてくれているらしい。
アランや騎士達も、最初こそどう話していいのかというようなぎこちない表情をしていたが、二日経つ頃には私という存在に慣れてくれたようだ。
主に学校の話をするのだが、数々の私の失敗に彼らは笑い。
そしてアランから勉学の質問をされて、真面目に勉強していなかったこともバレてしまった。
「お前……そんなんで成績大丈夫だったのか?」
アランには本気で心配された。
けど私、勉強は得意な方じゃないんだよ……。運動系も、それほど得意なわけじゃないけど。
ナイフの使い方を伯爵家で慣わされた時には、うっかりナイフが手からすっぽ抜けるとか、避けられなくて切り傷を作って叱責されるとか、こちらも失敗に枚挙のいとまがない。
訓練続けてからは、さすがにそういうことはなくなったけど。
ようは平凡というか、普通なんです。
そもそも、運動能力が高くてチートだったら、継母の下で苦難に耐えていた頃、一人で家を飛び出してどうにかしてたんではないだろうか。
まぁ、物騒な話なのでそれは言わなかったけれど。せっかくレジーが黙っていてくれているみたいなのに、自分から墓穴を掘らないようにしなければ。
しかしナイフの話はしなくても、私の運動能力の平凡さはすぐに露呈した。
さて、この世界には、魔獣なるものが生息している。
前世の狼が、こちらでは突風を吹かせられるとか。
禿鷹が、その鳴き声で一瞬こちらの動きを止められるような力を持っているとか。
ファンタジーだ。
思えばゲームの時も、よく風狼が敵の操る兵隊代わりに使われていた。
すばしこいせいで、こっちの攻撃を『かわした!』とか字幕が出て、すごく奥歯をギリギリした覚えがある。
ようやく教会学校のある王領地を抜けたところで出会ったのは、そんな魔獣の一種だ。
岩が転がる草原を抜けた後、深い森にさしかかったところだったので、一行の騎士達は周囲を警戒していた。
けれど動物らしい姿ではなかったこと、森ではなく草原からやってきたので、警戒しきれなかったのだろう。
ざわりと、草の波が大きく揺れた気がした。
強い風が吹いたのだろうと、なにげなく私は馬車の後部から外を見て、
「わ、わわっ!」
驚いた。だって草原の一画だけ、草原の上にバチバチと火花が散ってたからだ。
火花というか、電気だろうか。
紫電が草原の上を走り、あちこち広範囲で火花を散らし始める。
「雷草だ!」
誰かが叫んで、正体がわかる。
強い風が吹いたりすると、お互いの草の先をふれあわせて静電気を発生させる草……いや動物か? 球根から生える根で歩いて移動するらしいと聞いたが。
「わ、やだホントだ。そしてこっち来る!」
めきょ、と自分の根を持ち上げた草が、もぞもぞ移動してくる。
しかも静電気でバチバチさせながら。
球根部分の皺が、なんか好々爺の顔に見えるのが微妙だ。
馬車の中に思わずひっこんだ私は、火花が飛んでこなさそうなことに安心したが、繋がれた馬のことを忘れていた。
甲高いいななき。
馬車との連結具がつながったまま馬が跳ねたのか、馬車がぐらぐらと左右にゆさぶられた末に、後部の幌から私は投げ出された。
「痛っ……ひぃぃ!」
やわらかな草の上に落ちたのと、かさばるほどのパニエのおかげでちょっと激しく尻餅をついたくらいの痛みだけで済んだ。
けれど、すぐ目の前に根っこをずるずる動かしながら進軍してくる、腕の長さほどの球根付きの草が迫ってくるのが見えた。
慌てて逃げようとするが、突然のことに立ち上がれない。
無様に四つん這いで移動したものの、馬車は離れた森の手前にいた。
そんな私の腕に、ばちっと静電気の火花が当たる。
「痛っ、あちちっ!」
やけどしたかもしれない。けれどその痛みで恐怖が頭からふっとんでいった。
足がしゃっきりとして、私は脱兎の如くその場から逃げ出す。
暴れる馬を抑えるのと、アラン達の方に雷草が近づくのを防いでいた騎士達が、一人で走る私にぎょっとした顔をする。
「え! 落ちたのか!?」
どうやら私が落ちたことに、気付いてももらえてなかったようだ。
「とにかく後ろへ!」
隊長格であるウェントワースさんに指示されるまでもなく、私はそこを駆け抜け、ようやく落ち着かされた馬と、手綱を引いて逃げ出さないようにしているアランとキースの側に行く。
息を切らせながら座り込んだ私を見て、二人も目を見開いた。
「え! 乗ってなかったのか!?」
「落ちたんですよ……」
ぜいぜいと息をつきながら答えると、アランが「どうりで静かだと思った……」とつぶやいた。
私、そんなにうるさくしてましたっけ?
とにかく私の呼吸が落ち着く頃には、騎士達も雷草を追い払うことができたようだ。
なにせ草なので。木の棒でフルスイングするとぺしゃっと気絶してくれる。
それをなるべく遠くへ放り投げて終了だ。
ああ、でもなんでこの辺が草原になっているのかわかった。雷草が生息してると、樹が生えにくいからなんだよね。物理的に焼け焦げるから。
ほっとしたものの、街道沿いはまだあちこちでパチパチと火花が散っているのが見える。なんだか数が多い。大量発生と言う奴かもしれない。
「しばらくは道が使えないみたいだね」
レジ-の言葉に、馬車の側にやってきたウェントワースさんがうなずく。
「しかし雷草が収まるまで待つわけにもいかないぞ?」
アランがそう言って、ちらりと私を横目で見た。
まさか、パトリシエール伯爵が脱走した私を追いかけてくるかもしれないから、先を急ぐべきってことだろうか。
気にしてくれているんだと思うと、なんだか心がほっこりする。知己でもない私を雇ってくれる上、逃げ切れるように配慮してくれているのだ。
良い人だな。そして申し訳ないなと思った私は、思いついた次善の策を口にした。
「あの、良かったら私だけ森の中抜けて行くんで……」
食料と、ナイフを拝借できれば、よほどのことがない限りは大丈夫だと思ってそう言ったのだが。
「嘘でしょ」
「バカかお前」
「賛同しかねます」
三者三様の否定の言葉を頂戴した。
「先ほどの雷草からの逃げ方をみていても、とても一人でどうこうできるとは思えないな。なにせ、ここは茨姫が棲む森だ」
「イバラヒメ?」
ウェントワースさんの言葉に、私は首をかしげる。どこかで聞いたような気がするのだが、こう、はっきりと思い出せない。
するとレジーが付け足すように教えてくれた。
「ファルジア王家の始祖の姫君だって話なんだけどね。茨を操る魔術を使う、永遠の命を持つ魔法使いがこの森に棲んでるって話なんだ。どうしてか男嫌いらしくて、うかつに奥へ踏み込もうとすると茨に行く手を阻まれるそうなんだ」
ファルジアの元姫……茨の魔法……男嫌い。
それらの単語を聞いて、ハッと思い出す。
「あ……ショタコン姫」
無意識に私はつぶやいてしまった。
ゲームに出てきた助っ人キャラ。
その森には女性しか入れず、説得に向かわせることができる女性キャラを仲間にしていれば、心強い魔法使いとして参戦してくれる、外見幼女の魔法使いだ。
ただしキャラの設定資料が出た時、短い説明書きの最後に『ショタコンである』と書かれていたせいで、プレイヤー達の彼女を見る目が変わってしまった。
――おい、ショタコンかよ! と。
これにて茨姫が男嫌いなんかではないことが発覚。
その後制作者側が更に明かしたところによると、彼女は12歳ぐらいまでの男の子までを眺めるのが好きで、彼らを怖がらせないよう、自分の容姿も12歳のもので留めているとか。
それより年上の男は見たくもないと森の外に放り出すので、森の中は女性しか入れなくなったらしい。
実に裏設定が無駄に濃いキャラだった。
ちなみに女性には攻撃的ではないらしい。そのため近隣の町や村の人々からは、ただ女しか入れない森と認識されてるそうな。
そりゃそうだよね。設定とか見るわけにもいかない同じ世界に生きている人には、森の奥から出てこない茨姫の内心など推し量りようもないのだから。
「ショタコン?」
近くにいたせいで聞こえてしまったレジーに聞き返されたが、説明するわけにはいかない。
「ううん。そうだ、そんなお姫様の話し聞いたことあるって、そう思っただけだよ!」
苦しい言い訳ながらも、レジーはそれで納得してくれた。
たぶん、ショタコンっていう単語がこの世界にないからだな。聞き間違えだと考えてくれたのだろう。
「でも男嫌いの姫がいるところなら……って、そうか」
続けて思い出したのは、ここが魔の森扱いされていることだ。
長年、一人きりで暇をもてあましている茨姫。
彼女はペットを飼っているのだ。それも狼から山猫からネズミまで、ちょっと凶悪系な動物を。
で、ペットの餌やりは「森の中にはいっぱいあるから狩っておいでー」となるわけで。狩りの邪魔と判断された人間が襲われる。
男性が入れないので、ある程度駆除するということも難しい。
よって、ペット達があまり来ない森の端っこで、女性と子供が採取するのが関の山、という魔の森になったわけだ。
諸々のゲーム設定を思い出して、無理かと肩を落とした私だったが、そこでアランが言う。
「なら、外縁を回ろう。ほら道があるだろう?」
言われてみれば、外縁部には轍の痕がある。ここで雷草に遭遇した人達が同じようなことを考えて、森の外を通って行ったのだろう。
雷草も日影では日光が当たらないからなのか、あまり寄って来ないので静かだった。
なので皆がアランの案に賛同した。