ソーウェンへ
さてカッシアを攻略した、王子レジナルド率いる私達。
カッシアの北には、ルアインから攻撃を受け、ルアイン兵が占拠しているソーウェン侯爵領がある。
その日の会議では、デルフィオンへ突き進み、ルアインの本軍を撃破することを優先するか、それともソーウェンの解放を優先するのかを話し合っていた。
どうしてその二つを天秤にかけるのかといえば、ソーウェンの特殊な事情と、エヴラールではソーウェンの状況が今一つ正確に情報が入って来なかったため、当初はソーウェンを放置するという選択肢があったせいだ。
ソーウェン侯爵領は北に山脈を擁する領地だ。
鉱山が多く、侯爵の城も鉱山にほど近い場所に置かれている。
人々は鉱山技師や鉱夫、採掘したものを加工する職人だったり、それを売り歩く商人として働ていることが多い。
山脈から離れた南側の領民は、南は畑作をする者がほとんどだ。
そんなソーウェンを領有する侯爵は、ルアインからの軍が迫っているという連絡を受けてすぐ、領民を鉱山近くの山の町等へ避難させたという。
鉱山を守るために作られた山道の仕掛けを使い、ルアインの侵入を拒んだことと、ルアインも王都へ向かうことを優先したため、ソーウェンが擁する軍の損耗は軽微らしい。
急に3万ほどの兵で襲い掛かられて、一領地の兵力で押し返せないと判断したソーウェン侯爵は、領民ごと余裕のある鉱山で匿い、籠城することを選んだのだろう、というのはエダム様の発言だ。
「正直なところ、逃げる場所があるのなら私でもそうします。ソーウェンは天然の要塞がありますから、すぐにその判断に至ったのでしょう」
「うらやましいとは思いますね。リメリックも山はありますけれど、ソーウェンほど鉱山が多いわけではありませんし。街道の流通の潤滑さを優先していましたから、逆に進軍しやすい道が多いですしね」
うなずいたのはリメリックのジェロームさんだ。
そんな話が続いた後、それならしばらくソーウェンには耐えてもらい、先にルアイン軍を倒す算段をした方がいいのでは、という意見が出た。
距離が離れていることと、ルアインが制圧・もしくは協力している領地以外からの情報になるため、遅れてしか届かない王都や国王軍の状況が悪いからだ。
王が姿を見せないとか、ルアインの軍に押されて陣を退かせ続けているとか、あまり良い話が伝わらない。
国王軍との挟撃ができるのなら、楽にルアインを倒すことができる。
しかし先に国王軍が倒れたなら、その後の状況が厳しくなると、焦る者もいるのだ。
「しかし、ルアインから国を救うべく進軍している我々が、見捨てるというのも問題があるだろう」
渋い表情で言ったのはアランだ。
「確かに外聞が悪いだろうね」
レジーが長卓に肘をつき、組んだ手の上に顎を載せて微笑む。
「それに、ソーウェンにとっても時期が悪い。……鉱山へ引き上げたのは町の人々だけではないだろう。農村の人々もいる。この夏のうちに手を抜けば、秋の収穫に影響が出るはずだよ」
それはエヴラールとて例外ではない。
ゲームで兵糧のことなど考える必要はなかったが、ここは一つの現実世界なのだ。人が生きるのには食べ物が必要で、前世のように世界中で生産時期が違う場所から輸入したり、科学技術の発達に支えられた貯蔵技術なんていうものはない。
除草剤もない。除虫剤も天然のものがあるくらいだ。
よって何日も放置していたら、収穫に多大な影響が出る。
ジェロームさんが厳しい表情になった。
「やはり一時的になったとしても、ルアイン兵をソーウェンから少し追い散らすことは必要でしょう」
「我が父上達の方で、南のエレンドール王国に働きかけをしているはずです。あちらが協力を確約してくれたなら、エヴラールの北からの侵入路を封じるため、攻め上ることができる。ルアイン兵が新たに入ってくる心配もなくなるでしょう」
現在のエヴラールは、ルアインが北の地方を蹂躙し、そちらに住んでいた者が避難してきている状態だ。
本当なら兵力を集めて失地回復をするべきだが、エヴラールだけが被害を受けたわけではなく、ルアインの軍を叩かなければ王城へ攻め上られるかもしれない。
こんな状況でエヴラールを守るためだけに、他貴族から兵を募るのは難しい。だからルアインの本軍を叩くための派兵を募り、その際に一部の貴族にはエヴラールからのルアイン軍の侵入阻止のための兵力を、割いてもらうしかなかった。
代わりにエヴラールの方については、他の貴族家とエレンドール王国をベアトリス夫人が王女としての肩書きを使って説得し、援軍要請をとりつける算段になっている。
それが上手くいけば、ソーウェンを通過しようとするルアインの兵は少なくなるだろう。
そこでレジーが発言した。
「南のアズールとエニステルから、こちらに援軍を向かわせたという連絡が来ている。そちらの援軍が来たなら、疲弊した兵をカッシアとソーウェンの兵力増強に充て、それ以外を連れてデルフィオンを攻めたい。
そのためにも、できればソーウェンのルアイン兵を追い払い、新たな流入をソーウェンには抑えてもらいたいね」
「なるほど。ソーウェンは自前の兵力を温存しているわけですからな。ある程度草刈りをしておけば、彼らも自力で虫を追い払えるようになる、と。
ルアインも兵力のほとんどは……今頃はシェスティナ侯爵領の近くに移動させていることでしょうし。追加の派兵さえ警戒したら、なんとか領地は保持できるでしょう」
エダム様が言うのは、国王が呼びかけて集めた軍が集結している場所だ。主に西側の貴族家が兵を出しているはずだ。そちらのファルジア軍を破るために、ルアインの軍は兵力を集中させている。
むしろ、だからこそ東側の領地はルアインの目が向いていない。解放しやすいだろうということになる。
話はソーウェンを解放する方向で進む。
レジー達は、ソーウェンへ向かわせる兵力の打ち合わせに入っている。
指揮官はレジーだ。アランと、ジェロームさんがついて行く。エダム様はカッシアに残るようだ。
ゲームでも、アランはソーウェンで戦っていた。ソーウェンは天然の要害と鉱山に至る道を工夫して、ルアイン軍の侵入を拒むことに成功していたので、戦いが終わればアランの軍に派兵もしてくれるのだ。
だから行くべきだとは思う。
ただ最近、私は不安がある。
ゲームそのままの戦闘にはならないのではないだろうか、と。
メイナールではぎりぎりで、都市が火の海になるのを免れたが、危うく戦闘どころではなくなるところだった。
カッシアは最終的に状況を聞いてみれば、正攻法ではやはり厳しい戦いになっていただろうと思った。
……悔しいが、市街戦になったら私の魔術は少し役に立たせ難い。
やるのなら、裏をかくぐらいのことをしなければならなかったし、オーブリーさんの情報を得て、カッシアの城下の人を鼓舞し、毒まで使ったレジーの方法は、速やかに最小限の被害でカッシアを取り戻す、最前だったのだろう。
だからこそ、ついて行きたい。
「私も行きます」
行きたい、とは言わなかった。希望を出すんじゃない、私は行くんだ。
イサークと話して以来、私はそんな風に思うようになっていた。
今までは嫌々ながら、だけど友達を守りたかったからついてきた。でもそれは私を抑え込む口実になってしまうとわかったから。
有無を言わせない成果が必要だから、なおさらに私はソーウェンへ行かねばならない。
絶対に行く、という意思を込めてレジーを見れば、彼はうなずく。
「わかった。キアラ殿にも従軍していただこう」
彼は反対はしなかった。
私が自由にする代わりに、彼も私のお願いを聞かないという、あれを守っているのだろう。
それでもいい。まずついて行かなければ話にならないのだから。
私が次にやるべきことは、自分で馬に乗って移動することだ。
幸い、軍には歩兵がいる。長距離を極力脱落させずに歩かせるため、移動中は早駆けする必要はない。であれば、私でも馬を進ませるのに支障はないのだ。
カインさんに自分で馬に乗りますと言うと、彼はやや諦め顔で馬を用意してくれた。
先日の家出と反抗期で、言っても無駄だと諦めてくれたのかもしれない。
代わりにとばかりに、傭兵二人組とカインさんの三人態勢で護衛されることになったが。
「そうなのよー。あたし、お嫁さんっていうよりは、お母さんになりたかったのん」
翌々日出発すると、道中では私にとってそこそこ謎な人物、ギルシュさんの話をじっくりと聞くことになった。
そもそもは女系家族に生まれたギルシュさん。
家事手伝いをしていた幼少時から、自分はこれが性に合っていると密かに思っていたらしい。
特に子供の世話と料理とお裁縫。
お裁縫は子供のものを作るのが楽しいとか。
小さいお洋服とか、可愛いわよねーと言っていたので、マイヤさんと会わせたら、すっごく気が合いそうだ。そして二人で土偶用の小物を大量生産するのではないだろうか。怖いけどちょっと見てみたい。
そんな私の考えを察したのか、師匠が嫌な顔をしていた。
さてそんなギルシュさんと家族は、戦争に巻き込まれた。
畑も家も放棄して逃げるしかなく、途中で家族も亡くなった。
妹たちを亡くしたギルシュさんは、針と糸の代わりに剣を持ち、義勇兵として戦争に身を投じた。
ギルシュさんは戦うことに適性があったようで、次々と敵を倒し、認められていったが、同時にちょっとがっかりしたそうだ。
「悔しいことに、あたしってお裁縫よりも剣を振り回す方が上手かったのよね」
布を断つよりもうまく敵を斬り、そこそこ褒章も給金も稼いだギルシュさんは、でもやっぱり子供たちの世話をして暮らす日々を送りたいと願っていた。
そんなある日運命の人に出会ってしまった。
今ギルシュさん達が所属している、傭兵団の人だった。
「とってもカッコイイ人でねん。子供好きで、このまま兵士として働きたいわけじゃないって聞いたその人が誘ってくれたのよ。剣の腕も、その願いも両方叶う場所があるって」
その傭兵団は、そもそもが戦火に焼かれた村人達が集まって作ったものだった。だから彼らが結婚したら、その妻は村に住み、子供が増え、成長すると傭兵団の一員として戦争に参加するという循環ができていた。
ギルシュさんは「これはいい」と思って、迷いなく飛び込んだ。
「だけどあたしを誘った彼って、自分が結婚するために故郷へ帰る道すがら、ついでにあたしのこと勧誘したのよね。
あたしも最初は腕が認められたんだって喜んでたんだけど。あたしのこと熱心に勧誘してくれた時は嬉しかったのに、お嫁さんと話している彼も嫌いじゃないけど、なんだかさみしいとか考えちゃって。兄みたいな人に甘えてたのかなってその時は考えたんだけど、違ったのよねぇー」
頬に手をあて、ギルシュさんがため息をついた。
端的に言うと、彼は元から女性的なことが好きで、よくよく考えると女性にあまり好意を抱いたことがなくて、年上の男性をかっこいいと思っていたのは憧れとかじゃなく、恋愛感情だったことをその後知ってしまったそうな。
とはいえ既婚者の彼は実にノーマルな人だった。
そして彼の子供の世話を、奥さんと一緒に見るのも結構好きだった。
どうせ彼の恋心は成就などしない。なら、そんな人達の子供の面倒を見られるのは、ある意味幸せなのではないかと考えるようになったのだ。
結果ギルシュさんは『私は、みんなの母になるのよん!』と、現在のように方向性を転換したのだそうな。
傍で聞いているカインさんが、理解不能って顔をしていたが、私は結構楽しかった。
だってオネェな人が、保父さんやってるだけでしょ。
というかギルシュさんて男性が好きでも、結局は恋愛感情が薄くて、母性本能が強い人なんだろう。
ギルシュさんに小さい頃から面倒をみてもらったらしいジナさんにとっては、ギルシュさんは剣の先生でもあるとか。
「結局あまりわたしは強くならなかったけど、ルナール達が懐いてくれたおかげで、なんとか1.5人前ぐらいになれてほっとしてるの」
そう休憩時に語ったジナさんは、何故かルナールに前足で背中を叩かれ。膝に頭を乗せていたリーラが離れてふんと息をつき、サーラに体当たりされていた。
どうも氷狐三匹は、自分達が三匹もいるのに1.5人前とはどういうことだ、三人前と言えという不満を抱いたようだ。
そのうちにジナさんの頬にルナールの前足がヒットしたけど、ジナさんは機嫌よく笑うばかりだった。
そんな話をしながら、カッシアの城を発って一日と半分の行程を進んだ。
到着したのは、カッシアから北上した場所にある、ソーウェン領の砦の近くだ。
ルアイン軍もカッシアはしっかりと攻略できたので、そこにルアイン貴族を借りの領主として置いて地盤を築こうとしたのだが、引っ込んでしまったソーウェンに関しては、統治しようにも、温存された兵で攻撃されて邪魔される。
そこでルアインは、砦を拠点にソーウェンの兵力を削ることにしたようなのだ。
いずれ改めて制圧するにしろ、ソーウェンは出て来られないようにしておけば、収穫時期を越えたら食料が尽きて干からびると考えたのだろう。
だからこそ、ソーウェンの領主館に近い砦は籠城すると考えられていたのだが。
「……いない?」
先鋭を務めるジェロームさんのによる報告に、レジーは眉をひそめ――すぐに命じた。
「急げ、後方の守りを固めろ。敵は包囲してくるつもりだ」




