反抗期なのかもしれないけれど
二つ目の人生にして、初めて家出まがいのことをしました。
キアラです。
衝動的に家から飛び出して、しばらく帰らないつもりだったのだから、家出だったと思う。
しかしその家出娘である私のスペックが問題だった。
魔術師なんて、ロケットランチャーを片手に持ち歩いているようなものだ。そうとわかっている者はまず下手なことをしない。
ただし私はその重さにすぐへたって倒れる。そうなると武器ごと誰かに誘拐される可能性があるのだ。
ということを、こんこんとカインさんに説教されました。
もちろんカインさんが前世の武器のことなど知るわけもない。なので、実際にはもっと普通の表現をされたのだけど。要約したらそういうことを言いたかったのだと思う。
一緒にいたアランは黙ったまま、カインさんを止めてはくれなかった。まるでお父さんに怒られてきなさい、というお母さんみたいだ。
十四歳の頃、反抗期にさしかかって言うことをきかなかった私に、お母さんはよくお父さんから説教させてたんだよね。
だが今、遅い反抗期だと言われても、私は意見をひるがえす気はないのだ。
「一人で外出たのは悪かったと思います。けど私一人でも問題ないと思うんです。町中で、卒倒するような魔術を使う必要はありませんから」
「魔術を使う前に、気絶させられたらどうするんですか」
「殺されることはないはずですよ。基本的にはどこの陣営だって魔術師は欲しいでしょうから」
「逃げられなかったら……」
「なんとでもできます。たいていのお城は石ですし。牢にでも放り込まれたら、私としては万々歳なんです」
自分で道作って逃亡できるもん。
同じことを想像したのか、カインさんが渋面になる。私なら絶対やるだろうとわかったのだろう。
「ちょ、ちょっとすみませんがカインさん」
そこで割り込んだのは、私を連れ返ってそのまま一緒にいたジナさんだった。
「キアラちゃんを完璧に守るなんて、誰にもできないことだと思うんです」
「確率は減らせます」
即答したカインさんに、ジナさんは「でも」と負けずに言う。
「減らすだけでしょう? 相手がキアラちゃんを魔術師だとわかっていて誘拐するつもりなら、なおさらです。護衛がいたなら、その護衛を倒せるだけの戦力を用意します。もしくは隙を突くために、行動を監視することもあるでしょう。決して絶対はないはずです」
「だからといって放置は……」
「何もしない方がいいとは私も言いません。ただ、行動を縛ってがんじがらめにするのは違うと思うんです。それなら、私やギルシュがついていきますから、キアラちゃんを少し自由にさせてあげたっていいはずです。女の子らしいことだって、軍行動の中じゃ難しいでしょうし、少しはキアラちゃんが気を抜けるようにしてあげてもいいんじゃないですか?」
ジナさんの言葉に、カインさんが考え込むように目を閉じた。
再び瞼を上げたカインさんは、じっと私の方を見る。
「町へ出て……少しは楽しいと、感じられましたか?」
問われて、すぐに思い出したのはイサークのことだった。食べさせてくれた砂糖菓子。甘いなと思った瞬間に泣いてしまった私に、慌てた顔。変な人だったけど、話して楽しかった。
だからうなずいた。
「楽しかったです」
そんな私の言葉を吟味するように、カインさんが私の顔に視線を滑らせてくる。何もしていないのに、頬やこめかみに触れられているみたいで、落ち着かない。
やがて小さく息を吐き、カインさんが言った。
「わかりました。誰か護衛が一緒であれば、ルアイン兵が少ないだろう場所に滞在する時は自由になさってください。私も、あなたを閉じ込めたいわけではないので。でも気を付けて」
そう告げたカインさんは、部屋を出て行った。
私は拍子抜けしていた。カインさんは何が何でもダメだと言うかと思ったのだ。
それくらい、エヴラールを出発する前からカインさんは私につきっきりだったから。最初の頃はそれが申し訳なくて。そのうちに自分の思い通りのこと以外は許してくれないカインさんに、拘束されている気がしてきていたから。
でも束縛と言うなら、レジーはどうしたんだろう。
早朝から行方をくらまして勝手をしたのに、私が戻ってきたことは聞いていると思うのだけど、来る様子はない。
「そういえばレジーどうしたんだろ。真っ先に怒ると思ってた」
ちょっと拍子抜けしながらつぶやくと、それを耳にしたアランがため息交じりに言った。
「レジーは端からお前の行動を縛ろうとはしてないさ。むしろこっちが、キアラの行動範囲を決めるべきだと言ったって、その必要はないって言うくらいだ」
――ただ君が決めたことを止めたくない。自由を奪いたくなかった。
昨日レジーに言われた言葉を思い出す。
彼は確かに、私の決定したことに強行に反対することはなかった。魔術師になることを選んだ時も。戦場に出ると決めた時も。止めるべきだと反対し、良い顔をしてくれはしなかったけれど、実行すると私が決めたら、妨げない。
代わりにカッシアの件では、予め私の行動を推測した上で、別な方向へ行くよう誘導させられたのだけど。
レジーが優しいからなのか。それとも、自由を奪うことを極端に恐れているのか。
彼の行動も、どこか不思議だ。
けれど同じようにレジーの決定を覆そうと思うなと言われたことを思い出し、どうしてが私は、寂しいと感じる。
「まぁ僕は反対だ。たとえ兵士千人分の戦力を発揮する規格外とはいえ、お前は間抜けなことをする奴なんだ。レジーが認めている以上、どうせ僕もカインもこれ以上反対などできないんだが、行先は言わなくても、護衛だけは連れていけ」
そう言って、アランも出て行った。
彼はこれから、カッシア男爵領をどうしていくのかという打ち合わせもしなくてはならないらしい。
思えばレジーは、そちらの会議を優先して、私のことは放置したようなものだ。
家出の件はこれで収まったとはいえ、なんだか落ち着かない。
ため息をつくと「よーしよしよし」と頭をぐしゃぐしゃにされた。
「怒られちゃったけど、これで無事に出歩いても大丈夫になってよかったね、キアラちゃん」
「ジナさん、口添えしてもらってありがとうございます」
頭を撫でて喜んでくれたジナさんにお礼を言う。
あのままでは、私とカインさんが堂々巡りの口論だけして、だけどレジーが決定したのならカインさんが嫌々引き下がるほかなく、お互いに気まずい状態が続いたかもしれないのだから。
「いいのいいの。気にしないで。私が勝手にしたいと思って手をだしただけなんだから。メイナールで火を消したりとかしてくれたでしょ。だから私が個人的にキアラちゃんのこと気に入ったし、こういうのは私も覚えがあるから」
「ジナさんも、誰かに束縛されたり……?」
「うふふ。23年も生きてると、私みたいなのでも色々とあったりするのよー。束縛の過ぎる男とかもいたしね。あげくに捨てるような真似してみたり。ほんと男って不器用なことばかりするもんだから……」
遠い目になるジナさんは、どうやら恋愛がらみのもつれで、束縛の強い人と色々あったらしい。それで婚期を踏み越えてしまったようだ。
「大変だったんですね」
同情してしまった私だったが、ふとその時、去っていくイサークを厳しい視線で見ていたジナさんの姿を思い出した。
ジナさんは知り合いではないと言っていた。私に絡んでいる男だと思って、警戒したのだと。
それにしては厳しすぎるような気がしたのだが……。まさか、イサークに似た年頃の人といざこざがあったのだろうか。
そんな余計なことを考えながら、私達も部屋の外へ出る。
「あ、リーラ」
廊下の先に、一匹の氷狐がいた。首に目印として緑のリボンを結んでいる。リーラだ。
実は氷狐が敵や退治すべき魔獣だと間違われないよう、何か目印をつけるようアランに言われていたのだ。そこで私が提供したリボンを、三匹に結んでいる。
そのリーラは、さっき町でジナさんと合流した後、一匹だけどこかへ走って行ってしまったのだ。イサークの去った方へ向かったので、ジナさんは彼が誰なのか探らせようとしたのだろうと思う。
「おかえりリーラ」
出迎えたリーラは、うんともすんとも言わず、サーラやルナールと一緒にジナさんの傍に合流した。
そうして部屋に戻ると、師匠がいつも通り笑っていた。
「おう家出娘が帰ってきたか。冒険は上手くいったんかいな? イッヒヒヒ」
出迎えた師匠はマントルピースのさらに上にある、壁の飾り棚に鎮座していた。おかげで手が届かないからと、リーラ達がいても余裕の態度だ。
先に一度ジナさんが来た時に、氷狐を嫌がってジナさんに高い場所に置いてもらったらしい。
「ふっ、犬どもめ。今日はお前たちを見下ろせるので気分が良いわ」
「犬じゃないよ師匠」
「あははっ。怖がってるお人形ってなんか面白い」
安全圏でふんぞりかえる師匠に、ジナさんは大ウケだ。
するとそんな師匠に向かって、ルナールが飛びかかった。細い前足が届き、師匠が「ぎゃあっ!」と悲鳴を上げる。
「か、か弱い老人をいじめるとは、ほんとに狐どもは性悪でいかん!」
すたっと床に降り立ったルナールは、もう師匠を一顧だにせず、その場にお座りする。しかもそのまま後ろ足で頭をかきはじめた。
……何か言ってるけで聞こえないなぁ、ってことだろうか。
同じ解釈にたどりついたらしい師匠が「きぃっ!」と悔しがっている。
あ、でもなんで師匠が嫌がるほど、氷狐と遭遇したのか想像はつく。たぶん師匠の魔力に惹かれたんだ。だから懐かれたけれど、氷狐の冷気が寒いので近づかれたくない師匠には、嫌がらせみたいなものだったのだろう。
氷狐の片思いだったわけだ。
さて、カッシアの基盤を整えるためにも、レジー達は数日の滞在が必要になった。
軍を動かすことはできないので、私も移動はない。
だからと、私はリーラを連れてイサークを探しに町に出た。魔獣である氷狐を連れていたら、さすがにそれが村娘でも誰を手を出すまい。
昨日と同じ場所に来たけれど、もちろんイサークが現れる気配もない。
そこで物は試しと、リーラに尋ねてみた。
「ねぇ、イサークの居場所がわかる? 昨日追いかけてたんだよね?」
するとリーラが、先に立って歩きだす。案内してくれるのだろうと、私はリーラについて行った。
ややあって、昨日の広場から近い宿の前に到着した。
まさかここに宿を借りてるのだろうかと思い、宿の主人に尋ねてみたのだが。
「昨日のうちに出発したみたいだなー。軍についてきてた商人? だとしたらなおさらかもしれないね。売る物を調達するにも、カッシアの町はルアインに徴収された後だ。だから少なくない数の商人が、他の町に仕入れに行ってるみたいだよ」
親切に教えてくれた宿の主人にお礼を言って出る。
やっぱりもういないようだ。
がっかりしながらも、イサークはまた仕入れを終えたら軍を追って来るかもしれない。その時には会えるだろうかと考える。
昨日はありがとうって言いたいし、また話をしたい。
なんでこんなこと考えるんだろうと、自分でも不思議に思いながら。




