疑問の答えは
「カインさん」
声をかけられたのは、エダム将軍の連絡で城内の敵及び、ルアインの子爵が討ち取られたことを聞いた後のことだった。
高くも低くもないその声は、最近軍に加えた女性の傭兵のものだ。
振り返れば案の定、サレハルド出身らしい灰がかった眼の色をした女性が歩いて来る。
「これ、殿下から預かってきました」
そして渡されたのは、キアラさんの師匠だった。
「え……」
ぽんと渡されたキアラさん曰く『土偶』という人形は、薄目を開けているのか瞳孔が横型なのかよくわからない眼で自分を見ている気がして、居心地が悪い。
「くくっ、その驚いた顔。もっと狼狽させてやりたい気分になるのぅ。イッヒッヒッヒ」
物語の悪い魔女のような台詞を吐くホレス師に、一体どういうことなのかと聞けば、とんでもない答えが返ってくる。
「わしゃ、野暮なことはせん主義でなぁ」
「…………っ!?」
その単語を聞いた瞬間、すぐにでもキアラさんを探さなければと思った。
ホレス師はこういうことに関しては、自分のこともわざと見逃すような人だ。……時々、弟子が心配にならないのかとは思うが。
「アラン様、少し外させて下さい。ホレス師、キアラさんはどこに……」
なので断りを入れて立ち去ろうとしたが、それを止めた人がいた。
「ちょっと待って!」
私のマントを掴んだのは、傭兵のジナだ。何をするのかと思ったが、その表情が真剣すぎて放置するわけにもいかない。
「キアラちゃんは、今までなんども戦に出てきたのよね? それなのにどうして、彼女はあんなに普通のままなの?」
「普通、とは?」
よく理解できずに問い返すと、ジナの足元にいた氷狐が一匹、ふんと鼻息を漏らした。鈍いと言いたいのか? ちょっとだけ不愉快な気分になったこちらにはかまわず、ジナが一瞬の大雨が通り過ぎるような勢いで続けた。
「おかしいでしょう。普通戦場になんていたら、命のやり取りなんて慣れてくはずなのに、あの子は慣れてきてるつもりでいるみたいだけど、ぜんっぜんダメなのよ!? あれじゃおかしくなっちゃうわよ! 貴方達は何かそうなるようにあの子に変なことを言い聞かせてない? 戦災孤児だってあそこまで酷くない。見てらんないわ!」
彼女の言った内容に、私は唸るしかない。
それは気にしていた。自分も、レジナルド殿下も、アラン様でさえ。だから魔術師くずれが出そうな戦場を一度でも避けさせて、心を休ませてやりたいと思った。案の定キアラさんは怒っていたが、それでも彼女のためになると思っていた。
なのに今回、こうしてジナが抗議してくるということは、何かあったのだろう。
しかし現状でこれ以上何をすべきなのか。
出来ないことは出来ないと言うし、頼ってはくれる人だが、こと魔術での戦いに関してはこちらにわからないことがある分、キアラさんの意見を覆せた試しがないのだ。
そう言って突き放したいが、ジナはキアラさんのことを年上の女性らしく気に掛けてくれている人だ。暑さのせいで食欲がない時にはギルシュと一緒に甲斐甲斐しく世話していたし、女性同士だからか、キアラさんも彼女手を借りることもあった。無下にしずらい。
すると、気の毒そうな顔をしたアラン様が割って入った。
「心配するのはいいんだがな、俺たちじゃどうしようもない事なんだよ」
「でも……」
「キアラは剣で戦うこともできない、争い事をしたことがない奴なんだ。そもそも、生い立ちのせいか、倫理観が綺麗すぎる」
彼女が以前に一度、人生を送っているという話を知った後。何度か私とアラン様は前世の生活について話を聞いたことがある。
その国では、彼女が生きているうちに戦争はなかった。むしろ遥か過去の出来事で、殺人事件すらこの国の比ではないほど低い発生率だったらしい。人が死ぬのは病気か寿命か、馬車や馬とぶつかる事故ぐらいだと認識していた彼女が、戦場で泣いてしまうのは仕方のないことだと思った。
だからこそ戦争で戦うことが、彼女の中では平和な町中での無差別な人殺しと同じように思えて忌避感があったのだ。
今はようやく、集団で襲い掛かる盗賊に対して殺すしか術がないから仕方ないという程度には、認識が変わっているようだが。
アラン様の言葉は、そういった事情を的確に表していた。
「殺すのが怖い奴に無理強いしたいか? 本人がすると言っても、見てる方はたまったもんじゃない。だけどあいつの力は借りたいってこっちの事情を、あいつは誰よりわかってるんだよ。だから今回のことからは遠ざけた。それ以上は、あいつが自分で妥協点を考えるしかないだろ」
ジナの方は、まだ数日しか一緒にいないことで、そこまでは知らない。だからアラン様の言葉に苦い表情になった。
「貴方達がキアラちゃんを大切にしてるのは分かってるよ。それなら、どうしてキアラちゃんは誰かを頼って、心の整理がつくまで休んだりしようとしないの?」
「…………」
それについてはアラン様も口を閉ざした。
ジナの質問に答えるためには、キアラさんが隠したがっていた前世の話をしなくてはならない。
ある程度は、彼女が記憶を頼りに書いたものを見せてもらったので、アラン様や私も知ってはいる。けれど彼女が知っているものとは少しずつ違ってきているという。
だからこそ、仲間を死なせたくない彼女は無理をしてでも、戦場を自分で把握して、何かあれば救うのだと心に決めている。
特に死んでいるはずだったレジナルド殿下。彼が難を逃れたと思った後で矢を射られ、た時以来、なおさらにキアラさんは不安定になったように思う。
答えが得られなかったジナは、やや困惑した表情になった。言えないようなことがあるのに、無理に聞きだす形になったのに気付いたのだろう。
そんな彼女の肩を叩く人物が現れる。
どこの興行人かと思うマントを身に着けた、彼女の傭兵仲間ギルシュだ。
「ジーナっ、あんたが人の面倒すぐ見ようとしちゃうのは知ってるけど、ほどほどになさいねん」
「うん……」
あの女言葉で諭されたジナは、大人しくうなずき、落ち込んだように下を向く。
「心配するのはいいけど、ジナは突っ走っちゃうからいけないのよん。……お二人もごめんなさいね、言えないことだってあるでしょうに。で、私達は今のところ何をしたらいいのかしらん?」
「ああ、とりあえずは城内にもう敵兵がいないかの確認だな。……ウェントワースはキアラをどこかの部屋に放り込んで休ませておけ。あいつの体力は深窓のご令嬢よりちょっとある程度だからな」
ギルシュとアラン様の会話で、その場の話は流された。
命じられたことでもあるし、気になってはいたので、私はキアラさんのいる場所をジナに聞き、城内の客室だと思われる場所へ入った。
……なぜかキアラさんは、泣くのではなく怒っていた。
何したんですかレジナルド殿下。
心配した方向ではなかったというか、そんなことはしないだろうと思ってはいたものの、少しはほっとしたのも事実だが。
しかし口を尖らせていると、幼く見えるのでちょっと笑いそうになる。
思えば彼女は16歳になったところだ。
勇気があって、決断したらなんとしてもやり抜く人だが……いや待て。この年頃の『少年』ならば大いにありうる行動だと気付く。
彼女が違うのは、英雄志願者ではないこと。やりたくないけれど、仲間を守るためだけに決めて、突っ走っているだけなのだ。
思えば今までの行動もこの年齢らしいものなんだなと思うと、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「拗ねてないで、とりあえずこの部屋は荒らされてもいないようですし、休んでいてくださいキアラさん」
「私……まだ納得していませんから。カインさんまでレジーと共謀したこと」
「はいはい」
あしらうように返事をすると、キアラさんが「え、子ども扱い!?」とショックを受けたように目を見開いた。
けれどそのおかげで、さきほどまで拗ねながらも背負っていた陰のようなものが吹き飛んだように思えた。
その様子を見るに、同じ年頃の男友達のようにやや雑に放り出したアラン様のような対応の方が、今の彼女には気楽でいいのかもしれないと思った。
だから彼女を手間のかかる子供に見たてて言った。
「退屈だったら、後でジナと狐達を呼んであげますから、しばらく部屋から動かないように。ああ、それまでは師との対話でもして」
「師匠と話しても心安らがないもん……」
キアラさんも、子ども扱いしないでとは言わない。
「ウッヒッヒッヒ。暇ならわしのエレンドールでの魚料理漫遊記でも聞かせてやるかいのう」
「だからそれが、安らがないの! おなか空くから勘弁してくださいってば!」
拗ねてはいるが、先ほどよりは元気がよさそうにホレス師とやりあいはじめた。
それを見て、とりあえずこれでいいかと、私は再び静観する方を選んだのだった。




