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私は敵になりません!  作者: 奏多


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受け入れられないもの

 この時点までの、伝聞を合わせたカッシア城での戦いのあらましは以下の通りだ。


 ウェーバー子爵が駐留していたカッシア城には、約3000の兵がいた。

 数が多くないのは、攻め込まれたなら門を閉じて籠城するつもりだったからだ。しかも兵糧はファルジアの民から食料等を取り上げてしまえばいい。だから兵の数もそれほど多く必要だと考えていなかった。


 それにクロンファードが一気に落とされるとは思わなかったということもある。あちらの状況が悪ければ、クロンファード砦を放棄してこちらに合流する手はずになっていたからだ。それで兵数をそろえられる予定だったのだろう。


 しかし予想外にファルジア軍が素早くカッシア城までやってきた。

 焦ったウェーバー子爵だったが、クロンファード砦から逃亡してきた兵だけでも4000はいて、籠城戦をするならば十分な兵数がそろったはずだった。


 けれどここはファルジア国内。そして相手は正攻法を使うアランではなく、レジーだったのだ。


 既に斥候を送った時点で、レジーは手を打っていた。

 十人ほどをルアインの軍装をさせてカッシアへ落ち延びた兵のふりをさせ、城下町や城へと潜入させていた。そうして生き延びていたカッシアの市民に根回しをしていたのだ。

 ――エヴラールの軍がすぐに解放に向かう。その時に門を開け、共に戦うようにと。

 突然の侵略に苦渋を舐めるしかなかった人々は、それを素直に受け入れた。何よりもエヴラールとクロンファード砦の勝利が、彼らを期待させたらしい。


 内部に入り込んだ兵に、見張りの兵を倒させた上で近づいた、レジー率いるエヴラール軍は、町の人々が開けた門から一気になだれ込んだ。

 ルアインのウェーバー子爵は慌てた。門を破られた後に彼の元に知らせが入ったからだ。

 仕方なく城の防備を固めさせ、王子か主要な貴族の首をとるしかないと指示するも、アランも魔術師の私もメイナールへ行っていたため不在。

 肝心のレジーも影武者が王子の騎士に守られている有様だった。


 更に城内にも、レジーの手は伸びていた。

 レジーはアランの騎士と共に城へ潜入していた。レジーの方も、守りを固められる前に、さっさと子爵の首をとるつもりだったのだ。

 城主の脱出路を案内したのはオーブリーさんだ。彼はチャールズ君を逃がすため、カッシア男爵から脱出路を教えられていたのだ。


 しかもレジーは先に潜入させた兵を使い、城下の商人が納めさせられる食材に毒を含ませていた。

 昼食の後を狙って潜み、毒の効果があったことを確認してから突入するという手の込みように、オーブリーさんも怯えたらしい。


「……容赦ないですな」

「侵略者に情けは無用だろう? 真正面から討つ必要などないからね」

 レジーはあっさりとそう答えたらしい。


 そんな風に城へ潜入したレジーを追って、私もエダムさんが指揮する兵とともに城内へは進もうとした。

 その前に、カインさんを説得せねばならなかったが。


「あなたまで行く必要はないでしょう」

 エダムさんの後についていこうとする私の手首を掴んだカインさんは、いつになく怖い顔をしていた。


「心配なら私が行きますから、ここでアラン様と待っていて下さい」

 確かにカインさんはゲームでは死なないキャラだった。ずっとアランと戦っていく人だ。だから安心だろうけれど、違うんだ。私がしたいのはそういうことじゃない。


「でもここまで来たんだもの、少しでも役に立ちたい」

 するとアランまでが私を止めようとする。


「大丈夫だ。レジーが魔術師くずれに対して、手をこまねくわけがない」

「こまねかなくても、咄嗟に身を守れないでしょう。火を噴くような人がいたらどうするの? 雷を落とすような人がいたらどうするの? 私なら守れる。だから……」


 喉元まで出かける言葉。

 そんなに私を守らないで。だってそのために魔術師になったのに。何もできないなんて、役立たずもいいところじゃない。

 でも私を思って守ってくれる人に、そんなこと言えない。


「……私が連れて行こう」

 そこで割り込んだのが、意外なことにエダムさんだった。

 一見老紳士にしか見えないエダムさんも、胸当てや鎖帷子の上から軍衣をまとっている。その下に身に着けた黒い服に包まれた手が、私の肩に置かれた。


「彼女は魔術師だ。成人年齢に達している彼女を、いつまでも子供のように保護し続けるのは感心しない」

 驚く二人……主にカインさんに、エダムさんがゆっくりと噛んで含めるように告げる。


「しかし彼女は、魔術を使えなければ普通の女性でしかありません。その魔術も、とっさの事態には使えないんです」

 カインさんの反論は耳に痛い。

 確かに私一人で突っ込んで、突然横合いから斬りかかられたら対処できないだろうから。


「それが本人の決めたことなら、倒れるほど傷ついても、自分の責任だと諦めるだろう。そこから何を学ぶかも、本人の問題だよ。まぁ私の兵を張りつかせるから、彼女が魔術で身を守る隙くらいは必ず作らせてみせる」


 軍首脳部の年長であるエダムさんの決定に、カインさんはうなだれる。同じだけの地位を持っているアランは、何か感じるものがあったのだろう。「そうかもしれませんね」と言ってうなずいてしまった。

 すると今まで黙って聞いていた師匠が、ケケケと笑う。


「若者には、時に暴走させることも必要だろうよ。失敗して、恥辱の中で学ぶことも人生の通過点じゃろ。しかもキアラの年頃の娘が、そうそう考えを改めるわけがない」

「まったくですな」


 エダムさんがホレス師匠に同意した。老境にある二人には、それなりに通じるものがあるのだろう。

 師匠の言葉はひっかかるものの、これで私はレジーを追っていける。


「ありがとうございます、エダムさん」

「軍議に参加する権限を持てる場所に立つことを選んだのだ。自分の意見を実行する権限もあっていいだろうと思っただけだ。ただ貴女の騎士が言う通り、とても無防備な人であることは先の戦いでもわかっている。そういう意味で心配されていることは、心に留めなければならないだろうな」

 学校の先生のように、柔らかく諭されて私は頭を下げた。


 促されて私はエダムさんについていこうとする。そんな私を、カインさんが珍しく不安そうな表情で見ていた。

 エダムさんも兵を連れているのにと思ったけど、常に専属で誰かが保護する形で守ってきたので、せめて騎士をつけたかったのかもしれない。

 それを察したように、一緒に着ていたジナさんが進み出た。


「キアラちゃん、わたしとルナール達がいくよ。人間より動物の方が気配に敏いからね」

「それなら私が……」

 言いかけたカインさんを、ジナさんが遮る。


「カイン様はお休みしてなよ。せっかくお給金もらってるんだから、その分きちんと働くし」

 そう言って笑顔でジナさんが肩を押し、カインさんが不意をつかれてよろけたが。


「あら、貴方はアタシとお話しましょうよん?」

 つつつ、とギルシュさんが寄ってきたので、カインさんは顔色を変えてアランの近くまで離れていった。

 もうカインさんはギルシュさんを警戒するのでいっぱいの様子だ。もちろん私を守ってくれる人が他にもいるからだろうけど。

 そんな様子に、少し安心して歩きだした私は、隣に並んだジナさんに尋ねる。


「ところでギルシュさんて、恋愛対象は男性ですか?」

「うん。でもあの人もちょっと歪んでてね。ノーマルな人が好きなのよ……」


 はぁっとジナさんがため息をつく。

 困ったという顔をするのも無理はない。だってそういう趣味の人同士で固まるならまだしも、どう考えても不毛の荒野で一人叫んでる状態にしかならないだろう。


「せ、性癖は自分じゃ変えられませんもんね……」

 私としても、そう言うのがやっとだ。


「最初に好きになった人がね、本当にノーマルな人だったらしくて。告白せずにずっと片思いしてたせいか、同じタイプの人を好きになりやすいみたいなの」

「人を好きになる感情というのは、分かっていて左右できるものではないでしょうからね。だからこそ相手に押し付けるわけにもいかないでしょうが」

 しみじみと言った調子でエダムさんが会話に入ってくる。

 酸いも甘いも噛み分けた年齢の男性の意見に、私はとても興味を引かれた。


「ただ特殊な例をのぞいて、押さずにいるのも男の場合は問題ですな。押さねばならない時も多いでしょうから」

「そうですよねー。ずっとこっちの顔色伺って、好きだと言われるまで待たれても、男らしくないわーって白けちゃいますもんね」

「おや経験がおありで?」

「伊達に婚期逃してないですから」

 ジナさんはエダムさんと話が合うようだ。楽し気に微笑んで


「だから、水を張った池みたいに落ちてきたら受け入れるけど、足を滑らせて入ってくるまでは動かず何もしない何もしない、こう、ふわっとした状況って、なんでそうなったのかなと興味はありますよ、わたし」

「同感ですな。そのためには池の水をあふれさせるか、落ちるように背中を押してみたくもなりますからな」

 何かをわかり合ったように、二人が顔を見合わせてうなずいていた。


 とにかくそんな彼らと一緒に、私は城内へ踏みこんだ。

 まだあちこちで乱戦が起きているようだ。剣戟の音が聞こえる。それでもレジーの毒作戦のせいで、戦闘も厳しいものではないようだった。

 エダムさんの兵は、主に諦めて投降する兵を捌くのに忙しそうだった。縄をかけておけば、とりあえず無抵抗なことはわかるので、後続の兵が連れて行くだろう。


 気が急いた私は、気付けば一行から離れて駆け出していた。

 数人の兵と、ジナさん達がついてくれているので、時折兵士が出てきても、ルナールがとびかかって押し倒して昏倒させ、リーラとサーラが相手の足を氷で固めてしまうので平気だった。

 ジナさんがついてきてくれて良かった。


 そうしてたどり着いたのは、主塔だ。ここを占領しているウェーバー子爵という人は、毒による異変やレジー達の攻撃に、人質であるフローラさんを連れ出しに行き、そのまま主塔へ逃げこんだらしい。

 二階、三階と階段を駆け上がり、ようやくたどり着いた扉の向こうから、


「武器を捨てなければこの娘を殺す!」

 そう叫ぶ声が聞こえた。

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