カッシア男爵城へ
レジーがカッシア男爵の城にいると聞いて、私はわけがわからなかった。
メイナール市と同時に攻める理由は何なのか。メリットは? 何よりもレジーは無事なのか。
急いで駆け付けたいと思うのに、カインさんもアランも急いではくれない。
「だったら一人で行きます。馬を貸して下さい」
「それはできません。あなたを一人にして何かあったらどうするんですか」
そう言われてようやく悟った。
私はメイナール市に、不必要に長く滞在させられていたのだ。
みんなが助かったと喜んでくれるのは嬉しかったけれど、遺体を埋め、燃えた家の残骸を避ける手伝いをしたらすぐに帰ると思ったのに、さらにもう一泊していくと聞いて、ゆっくりし過ぎではないかと思ったのだ。
しかも出発だって、朝のうちに出れば夕暮れ時にはクロンファードに到着すると思ったのに、昼にしようなどとアランが言い出したりもした。
その上行先をギルシュさんが尋ねるまで、言わなかったのだ。
「魔術師が邪魔だった?」
レジーの作戦に、私がいると不都合なことがあるというのだろうか。
尋ねられたアランが、答えを渋る。
すると私を馬に同乗させていたカインさんが言った。
「クロンファードで言ったでしょう『この戦いが終わるまでは、行きたい場所へ行かせてあげましょう』と」
確かに言われた。あれは、今回ばかりは私のしたいことをさせてあげるけれど、次はないということだったと私も分かっている。
「今後はこちらの方針に従ってほしいのですがね」
「でも、戦場から遠ざけることはないでしょう」
「本来ならば、万が一のためにも魔術師を戦場から引き離すのは得策ではないと分かっています。でもキアラさんを近くに連れて行けば、間違いなく予想外なことをするからと、レジナルド殿下と一計を案じました」
レジーとカインさんが、私を今回は戦場から遠ざけると決めて実行したのだ。
「これでお分かりになったでしょう。貴方だって唯一無二の魔術師で、王子殿下と同じくらいには貴重な存在なんです。けれど貴方が必ず居なければ戦に勝てないわけではない。それを殿下が証明するはずです。だから……自分を過剰に傷つけてまで、私達を守る必要はないのだと、貴方にわかってほしいのです」
カインさんの言葉に、私は唇をかみしめた。
二人が何をしたいのかは分かったけれど、どうしようもない。魔術でカッシア男爵城まで一気に飛べるわけではないし、カインさんを急かすことくらいしかできないのだ。
それでもメイナールはまだクロンファードよりはカッシアに近い。
だから私はレジーの行動が遅れて、まだカッシアを攻撃していないことを願っていた。
カインさん達は私が心配で、大人しく従ってくれないからこんな方法を取ったと言う。私が必死にならなくても大丈夫だと見せて、彼らの言葉に大人しく従って、なるべく守られた場所にいるようにと。
けれど同じだけ私はみんなが心配だった。
何か遭った時に、剣や弓だけでは対処できないことだってあるだろう。
LVを上げて、自動的に強い魔法を習得できるゲームのようには使えないけれど、普通の人には操れない時点で、魔術は敵に対して強い効果を与える。魔術師くずれ相手でも、対処が困難になるのだ。
だから私は城壁の外で立っているだけでも、十分に役に立てるだろう。なのにどうしてレジー達は身を守るために私を使ってくれないのか。
特にレジーは、大丈夫だと思ったのに一度同じ状況で死にかけた。彼が死ぬまで、何度でも同じことが起きないとも限らないのに。
野営中は、じりじりと焦ってなかなか眠れなかった。
この一晩だけ我慢したら、明日の昼過ぎにはなんとかカッシア男爵の城へ到着できるとわかっていても。夜を徹して進みたくなる自分を、抑えるのが辛かった。
そのせいで眠りにくかったのかもしれない。自分で作った土の小屋の中、女性だからと一緒に泊まっていたジナさんが、途中で起きてなだめてくれた。
「私ね、魔術師がこんな若い女の子だと思わなくて、びっくりしたんだよね」
ジナさんは、体育座りしていた私の傍に、被っていた毛布を巻きつけた姿で座る。
ふわりと香るのは、女性らしい淡い花のような香水の匂いだ。その瞬間、私は少し自分の気が緩むのを感じた。
思えば軍は男だらけ……。戦場の血の匂いで何もわからなくなっちゃううちに慣れてしまったんだけど、こうした柔らかな匂いというのから離れすぎてた気がする。
綺麗なお姉さんが、仲良くしてくれているのもうれしい。
だからついぽろっとこぼしてしまった。
「こんなちまっこいのが魔術師とか、頼りなさそう、ですよね……」
だからレジー達は私を守ろうとしてしまうのだろうか。
落ち込みそうになりながら言うと、ジナさんが慌てた。
「えっ!? そんなわけないでしょ! むしろ魔術師の神秘性が増していいんじゃない? ってかほら、私だって女なのに傭兵で、しかも自分の剣の腕はそれほどすごくないけど、リーラ達が懐いてくれてるから、周りから怖がってもらえてるだけなんだし!」
「でもジナさんは大人の女性で、ちゃんとしっかりしてそうに見えます」
だから仲間のギルシュさんとも、対等に話し合えているのではないだろうか。そんなことを思いつつ、他二匹と違い、私の傍に居座っていたルナールが、私の足の甲に顎を置いて寝そべる。
ちょっと暑いけど、物言わぬ生き物が懐いてくれるのは、嬉しくて心が緩みそうになる。
「やーねぇ。私だっていっつもギルシュがお母さんみたいに小言言われるのよー。ジナったら早く起きなさいよっ、とか。それにほら、どうせ一緒に行動するなら、可愛い女の子の方がいいわよ」
ね? と慰めてくれるジナさんに、私は悪いなと思って反論を止める。
「傭兵で女の人って多いんですか?」
「そこそこいるわよ。ほら戦になったら女も男もないじゃない。畑を荒らされて夫を亡くして、家族を養うために従軍する人とかいるの」
確かに、戦争があれば戦って終わりというものではない。
村や町があれば、その傍には畑がある。育ち始めた作物があっても、そこが襲撃しやすい場所だったり、迎え撃つのにふさわしいからと戦場になって踏み荒らされることもある。
そんな中、男性の力ばかり当てにはできない。夫や父親を亡くして、腕力に自信がある女性が傭兵に混ざることはままあるそうだ。
「ただ絶対数は多くないわよ。なかなか男並の腕力や体力がある人ってそういないし。後は私みたいに特殊な戦い方ができる人や、弓なんかの技量がある人とじゃないと」
「ジナさんは、ルナール達を飼ってたから傭兵になったんですか?」
正直これだけ綺麗な人が傭兵をやっているとか、何かの間違いじゃないかと思うのだ。
マンガやゲームとかなら、様式美だからと思うのだけど。実際に存在されるとびっくりするんだ。
けれどそう考えた時に気付くべきだった。相応の理由があってのことだと。
でも察したのは、ジナさんが言い難そうに苦笑したのを見てからだ。
「あ……何か言いにくいようだったらいいですから、無理には……」
「ううん。それほど必死で隠すようなことでもないんだけどね。私、ほんとはサレハルドの貴族の子なのよ。分家の人間だから、そこそこ自由にさせてもらってたんだけど……結婚の関係で、いざこざがあって。婚期も逃したからもういいやってなっちゃったの」
サレハルドもファルジアも、女性の婚期というのは成人の16歳から20歳くらいまでの間だ。どうりでジナさんが23歳まで独身だったわけだ。
結婚運が悪かったのだとしか言いようがない。
「本家に迷惑をかけたくないから、元から交流があったギルシュ達のとこに入れてもらって、一人で生きていこうかと思って。……私のわがままなんだけどね」
話してくれたジナさんが、じっと私を見る。
「キアラちゃんは……どうして魔術師に? 師匠さんが死にかけて、あのお人形の形になったのは聞いたけど。前から師匠さんの弟子として小さい頃から修行してたとか?」
ジナさん達に、魔術師になる方法については説明していなかった。師匠のことは、死にかけた時にどうしても生き延びたいというので、魂だけ閉じ込めたのだと説明している。
私は少し迷ってから理由を口にした。
「友達が死ぬかもしれないって思って。それで魔術師になったんです」
レジーや辺境伯様達を助けたかったからだ。
あの時の私は、本当に身近な人のことだけしか考えられなくて。魔術師になってからようやく、そのために何千という人を自分が殺さなければならないことをわかっていなかったのだ。
それに気付いて、殺すのは辛いと言ってしまったから。毎回情けなくも泣いてばかりいるから、レジー達は私を前に出て戦わなくてもいいと思えるようにするべく、今回のことを実行したのだろう。
物思いにふけりそうになった私に、ジナさんが言う。
「だからなのね。皆がキアラちゃんのこと、大事にしてるのは。愛されてるんだね……」
「愛されてる……?」
「そうじゃない? 傷つけたくない。悲しませたくない。極力そうならないようにしたいから、あの騎士さんもキアラちゃんが戦場に必ずしもいなくてもいいんだって言って、キアラちゃんが背負い込まないようにしたかったんじゃないかな」
傷つけたくない。悲しませたくない。
その気持ちはわかる。私もレジー達に対してそう思っているから。
でも、愛情って一方的なものを受けとってそれで終わり、ってものだろうか。
私が助けたいと思っても、彼らは有り難いと思っても、自分達を庇うのは嫌がる。私には守らせてくれない。
私がうなずかないから、内心で葛藤していることを察したのだろう。ジナさんが小さく笑った。
「でも、キアラちゃんの周りは、思い通りに動かして守りたいって人が多いのかな。だからキアラちゃんは、自分のためでも受け入れがたい?」
「なんていうか、私は、守りたかったんです。ジナさんだって、ルナールを守って、でもルナールが守ってくれるでしょう? そんな風になりたかったんです」
私の話を聞いて、ジナさんは目を瞬いた。
「信頼が欲しいの?」
「……たぶん、私のことをみんな信じてはくれてない、とは思います」
能力のことはわかっているし役に立つのも理解しているけど、認めたくないといわれているような、そんな感じがしてしまう。
「そっか。求めるものが違うんだね。……私も、覚えがあるなそれ。他人だからこそ失いたくないと思ったら、守って隠してしまいたくなるんだよね。こっちが女だから。戦う力があればあるほど、私もプライドが傷ついた気になったもの。あっちは大事すぎてどうしたらいいのか分からなかったのかもしれないけど」
大事にしてくれている。ジナさんの言葉は確かに正しいと思う。
私が、その大事にするやり方が、嫌なだけで……。
守ってもらっているのに、何を考えているんだろう私。でもやっぱり、のけものにされてる気分は無くならない。
だからせめて、近くで見ていたいと思った。何かあったら私が手を出せる距離にいたい。
そう思って、翌日も結局カインさん達を急かしてしまった。
たどり着いたカッシア男爵の城と城下町は、今日攻撃を受けたばかりだったのか、まだ喧騒に包まれていた。
けれど既にあらかたの勝敗は決していたようだ。
今になって明かしてくれたところによると、日がずれたとしても、昼過ぎにレジーが攻撃を加えることは決まっていたらしい。
私がたどりついたのがそれから二時間近く経った頃だ。
町を囲む壁は、既に二つの門が開かれていた。それどころか、門の傍を守っているのは、エヴラール軍の兵士だった。
壁の内側へ入ると、私はまだ戦闘の名残が濃い町の様子に唇をかみしめた。
市街戦では、私一人ではどうしようもないというのは分かっている。土人形で突っ込めば家を壊してしまうから、一気に押しつぶすことなんてできない。
だから道端にルアインの赤鉄で作られた胸当てをした兵が倒れていたり、槍や矢が突き刺されたまま絶命している遺体があちこちに転がっている状態になるのも、仕方のないことだった。
時折そこに、町の住民の遺体も混じっている。
ルアイン兵を負い出したい一心で、エヴラール軍に呼応して自分も武器を手にしたのだろう。
その光景に、私の心が少し揺らいだ。
でもこんな所でうろたえてはいけない。じゃなければ、私の傍にいる人は私に戦わせてくれなくなるから。
何も感じない。今はまだ、みんなを悼む時間ではない。それに泣けば、弱いと思われてしまうから。
自分にそう言い聞かせると、次第に苦しさは遠ざかっていく。
そうして更に進むと、カッシア城の前で本陣にいるエダムさん達と会うことができた。
けれどレジーの姿はなかった。
「レジナルド殿下はどこですか?」
尋ねると、エダムさんは困った表情をして教えてくれた。
「殿下は、先に抜け道を使って城内に侵入していらっしゃるんだ」




