とある傭兵達の事情
「やーそれでですね。国内の傭兵なら、従軍しろとお触れが出まして。特にうち、氷狐飼ってるでしょ? 目立つから参加しないわけにいかなくて、渋々ついてきたんですよ」
とりあえず話し合おう。
頭痛をこらえるような表情のアランに言われたので、私達はメイナール市の商館に招かれて一晩の宿を借り、そこで話をしていた。
既に夜遅い時間になっていたことあり、連れてきた兵達は、今日は別の宿や商館にて泊まらせてもらうことになって、既に解散させている。
メイナール市を救ってくれたのだからと、人々が喜んで滞在させてくれたのだ。
傭兵達の始末は終えているので、今日ばかりは羽目をはずさせてあげるらしい。
……明日になったら、また亡くなった人を埋葬しなくちゃ。
そんなことを考えながら、ジナさんの話を聞く。
先に話し合いの方を優先しろと言われたので、遺体になった傭兵達は、怒れる市民の手によって市外に放りだされるままにしていたのだ。
実は捕まえた傭兵も、何人かは投げられた石や、抵抗できなくなった時に襲い掛かった市民によって殺されている。
見かけた瞬間、カインさんが私の目をふさいで抱えるようにして遠ざかったので、私がその場面を目撃することはなかったけれど。
戦争なんだな、と思ったものの、なんだか遠い世界のことがすぐ目の前で起きたようなショックを受けて、私はカインさんになされるがままになってしまった。
話し合いを優先しろと言ったアランにしても、人々が殺気立っている中、敵を埋葬することで、私が恨まれたり危害を加えられる可能性を考えて、遠ざけたのだろう。
一晩経てば、もう少しは気が収まる。
それから伝染病や臭いで商売に支障が出るかもしれないと話せば、遺体を放置する以上の利益があるのだとわかって、埋葬することに同意してくれるだろうとアランも言っていた。そう願いたい。
変なことを考えていた私の腿の上に、ぽす、と小さな重みがかかった。
見れば椅子に座っている私の脚の上に氷狐が一匹、頭を乗せていた。ルナールはさっきから私の足首にからむように寝そべっているので、もしかするとこれはリーラだろうか。
もう一匹のサーラは、さっきまではジナさんの傍にいたが、今は部屋の隅でお座りをしている。
今回、あの子供がリーラの背中に括り付けられて脱出してきたのは、この三匹があの子供に懐いていたからだという。
普通の子供にあんなにも懐くのは、珍しく、ジナさん達はあの子供の家族と仲良く交流していたそうな。
でも子供と出会ったそもそもの発端は、メイナール市に他の傭兵に遅れて到着したジナさんと、流れでまとまっていた傭兵達十数人が、大所帯の傭兵団によって荒らされようとしていた店を助けたことだった。
ジナさん達は他二つの傭兵団と違い、サレハルド出身者だった。
新たな王が傭兵達に参加の命を下し、氷狐を連れていたジナさん達はとても目立ったので指名されていて、雲隠れするわけにもいかず、仕方なくファルジアまでついてきたらしい。
カッシアまで到着し、傭兵は報酬代わりに略奪をという話を聞き、それに紛れて彼らは故国へ帰ろうと考えていた。
そこでとりあえずメイナール市まで来た上で、姿をくらまそうとしていたのだが。
略奪の酷さに他の傭兵団をルナール達の力を使って牽制し、メイナールの商業組合との間に取り決めをさせ、滞在中の便宜を図る代わりにこれ以上の破壊行動をしないことを約束させるに至った。
その約束が履行されるよう、監視のためにも、ジナさん達はメイナールから動けなくなってしまったのだ。
けれどカッシア男爵城への召集が伝えられると、もうここに用はないとなったルアインの傭兵団二つは、腹いせに町の建物に放火して引き上げようとしたのだという。
「まぁ、放火はエヴラールの軍を足止めするつもりもあったんだろうな。町の半分も焼けてしまっているとなれば、放置して去ることもできない」
「そうだと思うわぁ。国の民を救う大義名分があるそちらさんが、焼け出された人を放置してすげなくカッシア城まで攻め上れないと思ったのねん」
頬に手をあててため息をつくのは、ジナさんの仲間であるギルシュさんだ。
近くに立てば身の丈がカインさん以上という高身長にがっちりとした筋肉の、戦うために生まれたんじゃないかという恵まれた体躯のお人なのだが……オネェらしい。
戦場に出ると、お金は稼げてもひらひらした服が着られない、マントを飾りつけるのがせいぜいよ、と嘆いていた。
しかし世紀末救世主伝説にいそうな人っぽい容姿と声で、オカマ口調というのはなんともいえない。やや高めの声を出してるところも、女性らしさを心掛けているんだなと思うと、その努力に泣けてくる。
「まぁとりあえずそんな感じで、私達も本当はこれ幸いと逃げだしたかったんですけどね。ルナール達にも良くしてくれた人達の店が燃やされて……」
ジナさん達はその店の人を助けようとして、彼女達を目の上のたん瘤として憎々しく思ってた傭兵達と、そのまま乱闘にもつれこんでしまったようだ。
「エヴラールの人がすぐ来るとは思えなかったし、なんとか放火をやめさせようとしたんだけど、多勢に無勢。せめて子供だけでも先に逃がそうと思って、リーラに括り付けて市から出したんです」
「うちの傭兵団ってね、基本的に孤児を拾って育てちゃう系なもんだから、サレハルドに置いてきた子と重ねちゃうと、なんとかあの子だけでも助けなきゃって気になっちゃったのよねー。あ、ほんとはうちの団、村一つ分くらいの人数がいるんだけど、子供もいるわ非戦闘員もいたりするし、他国まで出ての遠征だから、私らと他所の希望者だけでここまで来たのよ」
ジナさんの言葉で、ようやく子供と氷狐だけが夜の林に現れた理由がわかった。
子供だけでも助けて、彼らも限界まで他の人が逃げる余裕を作り、それから逃亡するつもりだったようだ。
だからリーラが戻ってきて、しかも私達を連れてきたので仰天したらしい。
「でも貴方達のおかげで、燃やされる家も少なく済んだから良かったわ」
「それで、お前たちの他の仲間はどうした?」
ジナさん達は、出稼ぎついでに出てきた人々と二十人ほどで固まっていたはずだった。
ほかの傭兵達はどうしたのかとアランが尋ねれば、市内の人を逃がす手伝いをするついでに、先に脱出させたという。そのまま彼らはサレハルドまで帰るだろうとのことだった。
しかしジナは帰るわけにはいかない。
「ルナール……あんたいつもよりくっついたまんまよね」
恨みがましそうな声でジナが言っても、私の足下にいるルナールはどこ吹く風といった様子だ。
「なんで私に懐いたんでしょう」
「あ……なんかね、この子たち魔力を消費すると親和性高い人にくっつくらしくて」
「親和性?」
「魔術師じゃなくても、水とか火とか土とか、なんか属性っていうのを人間も持ってるらしいんだ。ルナール達って、同じ氷の属性の人と、くっつきたがるらしいのよ。魔力を補充してるんだって、氷狐の飼育法を代々伝えていた師匠みたいな人に聞いたよ。私も水と親和性があるから、この子たちが懐いてくれたみたいで、飼い慣らすことができたんだけど。あとキアラさんの場合は、魔術師だからダイレクトに魔力が欲しくてくっついてるんじゃないかなと」
それを聞いて、私が連想したのは、魔術師くずれになって死んでいった人のことだった。
みんなそれぞれに発現する魔法が違っていた。それがたぶん、彼らが元々持っている属性によるものだったんだろう。もちろん私が土魔法だけをほいほい操れるようになったことも、その属性のせいに違いない。
……なんだか最近、魔術師くずれの人のこと、冷静に思い出せるようになったな私。慣れたのかな? なんだかテレビで見たことのある映像を思い出すような感じで、何も感情が湧かない自分が怖いんだけど。
そう言えば、傭兵と戦っている時も、なんとなく今までみたいに苦しくはなかった。クロンファード砦でも、怖かったけれど前よりは……薄かった気がする。
なんにせよ、ルナールが私にひっついてるのは魔力補充の上、私が女性だからのようだ。
魔術師になったおかげで、こうして安易に撫でられない動物に懐かれたんだから、ちょっと良かったかもなんて思ってる。
「ところでお前の師匠はどうしたんだ? さっきから異様に静かで何もしゃべらないが……」
ジナさんが師匠という単語を口にしたからだろう。思い出したアランが尋ねてくる。




