メイナール市傭兵団討伐 1
「アラン様が仰られていた通り、メイナールは傭兵団が占拠しておりました。ルアインが報酬の代わりに略奪を許可していたようです。
傭兵団の人数は合わせて200人程度かと。3つの傭兵団がいるようです。メイナールは一度ルアイン軍によって領主等が殺害されていることもあり、市民自身にも抵抗するだけの武力はないようです」
報告を聞くため召集されたのは、いつものメンバーだ。
レジーとアラン、エヴラールの隊長二名。各家の代表と私、それぞれの護衛だ。
メイナール市は、既にルアイン軍が押し寄せてきた時に壊された家などもあり、少なくない人が死傷し、市から逃亡しているという。逃げられなかった人は、傭兵達の要求に応じるしかなく、怯えながら店を開いたりいているそうだ。
傭兵団は略奪を行った後は、拠点となる館や宿などに逗留しているらしい。
どうもルアイン側から、クロンファード砦及びカッシア男爵城にファルジア貴族の軍が来た場合には、駆け付けるよう依頼を受けたため、逗留しているそうだ。
そしてクロンファード砦が落とされたことで、ならばと、カッシア男爵城へ向かう準備を始めているらしい。
「おそらく、今を逃すとメイナールの傭兵団がカッシア男爵城にいるルアイン軍と合流してしまうかと」
合流されてしまうと、やっかいなことになる。
傭兵というのは、戦闘技術を売りにしている集団だ。
世界に小競り合いが溢れている状況だからこそ、彼らの商売は成り立っている。むしろ戦争が少なくなると、別に大金出して雇わなくてもいいし、みたいに各国から無視されて、商売ができずに解散することもあるとか。
商人の護衛等は傭兵団に依頼するほどの大掛かりな代物でもないので、そういった仕事で稼ぐことなどできないらしい。
彼らが戦争に参加することで何が問題になるかといえば、戦争経験だ。
軍の主戦力は、普段農村で働く徴用兵が大半を占める。彼らは戦争経験がほとんどないことが多い。だからいざと言う時に恐怖で逃げだすこともあるし、敵に押されているなんていう流言飛語が耳に届けば、すぐに負けてしまった気になって降参してしまう。
けれど傭兵たちは戦争経験があるから、それが噂だけなのか、戦況をある程度判断することができる。また金銭契約がある以上は雇主を勝たせなくてはならないので、それなりに士気が上がるように、徴用された兵士達を鼓舞することもあるのだ。
戦闘になっても、慣れている彼らは厄介だ。騎士と一騎打ちをして十数人を血祭りに上げる者もいるのだから。
ちなみに、エヴラール軍に関しては、私が戦意高揚の役目を担っている状況だ。
使い方によっては数千人の兵に匹敵する戦力だ、なんて私を持ちあげてくれたのは、老紳士なエダム様だったか。
そんなわけで、カッシアの軍に傭兵がいないのなら、その方がいい。
ぜひ合流させたくない。
だから傭兵団をメイナール市で倒すことになった。
「しかし軍全体でメイナールへ行けば、移動も遅くなる。そのため事前にあちらに察知され、こちらが到着する前に逃げられるだろう」
発言したのは、テーブルの下で私の攻略ノートをこっそり片手に持ったアランだ。
「だからその前に叩くため、僕が500を率いてメイナール市へ向かいたい。魔術師キアラ殿も同行する」
視線を向けられ、私はうなずいた。
少数で向かうのが最適だけれど、傭兵部隊には確か風狼使いがいたはずだ。人ではないからこそ厄介な敵である。傭兵の倍の数をそろえただけでは、かく乱されて勝てないかもしれない。
そこでもしものための保険で、魔術師は一緒に行くべきとアランと決めたのだ。
カインさんも、策としてはその方がいいと同意してくれた。
……止められるかもしれないと思っていたので、許可したのは意外だったのだけど。
そして意外なことに、レジーもその提案を否定しなかった。
「わかった。そちらはアランに任せよう」
あっさりと承認し、他の人々も同意する。
この順調さがなんだか怖かったが、私とアランは早速メイナール市へ向かうことになった。
メイナール市まではそこそこ距離がある。昼を過ぎてから出発した私達がメイナール市の手前まで来た時には、既に日が暮れ始めていた。
「傭兵団が三つっていうのは、お前の記憶と同じようだな」
「うん、てことはやっぱりこの三つが拠点になってると考えていいと思う」
この辺りならば、まだ敵が哨戒を出していたとしても見つかるまいと、メイナール市の少し手前の休憩地点で私達は最終確認をしていた。
たたき台になっているのは、私の肉筆で文字が書かれたノートだ。
小さなノートの上に、三人で頭を突き合わせながら、現在地と攻撃するルート、ポイントを決めていく。
地図を書いたおかげで分かりやすいし、説明しやすいのは間違いないんだけど、やっぱり恥ずかしい……。しかも後から書き足したカインさんの字が、綺麗で泣きたくなった。
ああ、もっと綺麗な字だったらなぁ。
そんなことを思ってたら、アランが横から炭筆で小さく書き足した。
「ここはほら、あれじゃないのか?」
それを見て、私は心が安らいだ。……良かった。アランの字が下手で。
君は救世主だ、と思いながらにこにこと笑顔を向ければ、アランは嫌そうな表情になった。
「おい、なんで急に上機嫌になったんだ?」
「え? なんでもないよ? うふふふ」
彼の心を傷つけないよう、字が下手だと言うわけにはいかない。字が下手仲間として、仲良くしたいのだから。
「気持ち悪いなぁ。何企んでるんだ? どうせろくでもないんだろうけど」
しかしアランは君が悪そうに私から距離を離す。う、そんな嫌わなくてもいいのに。
「そういう表情は、アラン様にはもったいないだけなので、気になさらない方がいいですよ、キアラさん」
するとカインさんが、慰めるように私の頭を軽く撫でた。
言葉だけならひどく好意的で戸惑うが、撫でるまでがセットだと、なんだか妹扱いされているみたいでくすぐったくて、拒否しずらく、なんとなく大人しくされるがままになってしまう。
「もったいないって何だ?」
心底意味がわからないという表情のアランに、カインさんが「アラン様はそのままでいいんですよ」と、彼にしては珍しくうっすらと微笑みを浮かべていた。
さて、メイナール市に駐留している傭兵団は三つだ。各々が大きな宿や市長の館を拠点にしている。
それを叩いていくのだ。
この戦闘では、傭兵団を逃すと10ターン後には周囲の家を燃やそうとし始める。それから5ターン後に着火させるので、ちょっと厄介だ。
リアルな事情から考えると、やはりここは大きな傭兵団から速やかに排除が必須だろうということで意見がまとまった。
小さな傭兵団ならば、カッシア男爵城に合流したとしてもそれほど大きな脅威にはならないからだ。
また、連れてきた兵を分散させて各個撃破してもいいのだが、戦力はあまり分散すべきではないというのがアランとカインさん双方の意見だった。せいぜい私が100人ほどの兵と共に別行動を取るぐらいなら、場合によっては認めるということだった。
そこで、まずは大きな傭兵団を排除。それから二手に分かれるということになった。
記憶があって良かったことは、わざわざ内情を再度調べに行かなくても、敵の拠点が分かっていることだろう。
「持ち主には申し訳ないが……閉じ込めて、燃やしたら手っ取り早そうな感じだな」
場所が分かっているので、むしろ囲い込んでしまえば、一気に傭兵団を壊滅できそうな感じがしたのだろう。アランの言葉に、カインさんが苦笑いする。
「中で働かされている人間がいなければ、そういう手も有りなのでしょうが……」
それなりの生活環境を求めるなら、傭兵たちだけでは手が足りない。それに脅せば些末な用事を押し付けられる人間がいるなら、そうするだろう。だからきっと、どの拠点にも下働き扱いをさせられている市民がいるだろう。
彼らを見殺しにしなければならないほど、私達はせっぱつまっていない。
そして私達は、メイナール市を傭兵団から解放したいのだ。その立場で、無下なことをするわけにはいかない。
私も、ゲームだったらアランみたいに考えたんだろうと思う。
けれど相手が人だと認識してしまったら、逃げられなくする時点で……きっと怖くてたまらなくなる。
砦にいたルアイン兵を埋めた瞬間のことを考えるだけで、指先から体が冷たくなっていくような気がするのに……。
だめだめ。考えちゃいけない。
そう思って私はこっそり自分の右手の甲をつねる。
次に、今回の作戦で兵士を直接まとめる役としてついてきた、アランの護衛騎士でもあるライルさんとバーナードさんも交えて作戦を説明。その上で兵士達にも行動予定が伝達される。
休憩時間はこれで終わりだ。
出発した私達は一気にメイナール市間近まで接近した。
最終確認のために斥候を出す。これで問題がなければ、最初の標的となるメイナール市長の館を襲撃する予定だ。
月明かりが届く林の中。私達は斥候に出た兵士を待っていたのだが……そのうちの一人が早々と戻ってきてしまう。
「どうした?」
尋ねたライルさんに、暗闇の中で表情はわからないものの、兵士は困惑した声で応じた。
「その、近くに不審な子供と魔獣が居りまして。まずはご報告をと」
「魔獣!?」
聞いていた私達も、思わず声を上げてしまう。
それと同時に、兵士の後ろから現れたのは、薄青灰と白の毛をまとった、犬よりもほっそりとした脚と顔の狐。氷孤だった。
しかもその背には、5・6歳くらいの男の子がくくりつけられていた。




