実験します
その日の夢は、とても懐かしくて苦しかったような気がする。
傍にいた人が消えてしまったような。
探してさまよって、さまよって。ようやく腕に触れられたと思った瞬間に、相手を見ようとしたら泡のように消えてしまう感じの、曖昧な夢。
起きてみて、昨日よりも暑いなと思って、袖なしの服に着替えた時にはもう、忘れてしまったけれど。
しかしどうしてあんなに眠くなったんだろう。
自分の反応もおかしいけれど、レジーも変だ。
世話をして欲しいとねだる様に手を掴まれて連れていかれたところまでは、レジーも気安い人間と話でもしたかったのかと思ったが、何もしゃべらなかったし。
侍従君を休ませてあげたかっただけかと思ったら、急に抱きしめてくるし。
かといってそれが恋愛感情からのものかと焦っていたら、どこかのお母さんみたいなことをするし。
……それでなんとなく眠くなる私も私だ。
なんにせよ、レジーの気持ちがよくわからない。
レジーは、自分のしたいことをしていた私に、自分を重ねていたから優しくしたと言っていた。だから友達ではあるけれど、過剰に私を気にしてくれるのは、自分を投影しているからだと……恋愛とかそういうことじゃないんだと思った。
なのにどうして、あんな風にしたのか。
無事を喜ぶ家族というには、ほんの少し違う行動だと思うのに。
「いや、わかっても困る、か……」
もし恋だったとしても、私はどうにもできない。
彼はファルジアのただ一人の王子だ。その人から請われても、どうしたらいい?
元を正せばぎりぎり貴族の出身で。それがどうにかなっても……私は魔術師だ。
たぶん、普通の人とは違ってしまっているのに。普通の人は、死ぬ時に砂になんてならないんだから。
魔術師を失えないから、自分を優先するなと言われてから、私はより強く疑問に思うようになっていた。
私は、本当に人間のままなんだろうかと。
なんにせよ、慌ただしく出発したり、戦闘を警戒するような状況じゃなくて良かった、と私は息を吐く。
エヴラール軍にも負傷者等がいることと、カッシア男爵領の内部を斥候に調査させるため、私達は数日砦に滞在することになっているのだ。
そして今日は急に気温が上がったため、行軍がストップすること自体は、兵士達にとっても良かったようだ。
窓から見れば、軍衣の下は半そでシャツ状態の兵士達が、交代で警備や戦場跡の処理などをしながら、川で涼んで暑さをやり過ごそうとしていた。
そんな中で、近隣からカッシア男爵城まで偵察に向かった兵士さんたちには頭が上がらない。暑い中お疲れ様です。
「もう夏だもんね」
ふと前世の夏を思い出す。
かき氷が恋しい。だけど私は土魔法しか使えない。悲しい。
せめて水が使えたりしたら、簡易シャワーとかやって遊べるんだけども。
砦の中にある部屋は、石の洞窟のようにいくらか涼しいけれど、やっぱり暑い。
なのでベアトリス夫人が仕立ててくれていた袖なしのドレスだけを着て、部屋でごろごろしていた私は、師匠に尋ねてみた。
「師匠。私って土以外の魔術って使えないんですかね?」
暑さを感じない土偶なホレス師匠は、あっさりと答えてくれる。
「使えぬこともない」
「ふぁっ!?」
うそほんと!?
「ただしこれも素質じゃの。ただ主となる素質の術以外は、効果はまぁやらない方がマシ程度の代物になるが」
「え、でもできるんですよね?」
「かすかに火の素質を持っている奴が、10年ねちねちと頑張って、ようやく火打石の代わりに火種が出せる程度じゃな」
「…………10年」
「そう、10年じゃ」
そんなに時間がかかるんじゃ役に立たない。しかもそんなちょびっととか。努力するだけ無駄だ。
「稀にそこそこの努力で二種類目が使える者もいると聞いたが、100年に一度の逸材じゃろ」
そういえばエヴラール辺境伯城の書庫で知った魔術師は、二種類の術を使っていた。あの人はとんでもない天才だったのか。なんてことだ。
ため息をついて水や氷の魔法を模索することをあきらめた私は、とりあえず土を操ることについて極めようと考えた。
ちょうど午前中から、私は土木作業機械として駆りだされた。
昨日は戦闘で疲労困憊していたので、後回しになっていた戦場のご遺体の処理があるのだ。
袖なしドレスの上から、肩が見えないようにとベアトリス夫人が用意してくれていたボレロを羽織った私は、まず仕事を片付けてしまう。
『暑いと臭いがひどくなるから!』と前置きして、敵味方問わずぽこぽこと全ての遺体を埋葬。
血の浸みこんだ土も処理をすると、空気が清々しくなり、暑さと臭いで鬱屈していた兵士の皆さんも、誰も批判を口にしなかった。暑さは辛いけれど、お天道様ナイスです。
もう一つ言うなら、この暑い中、えっちらおっちら穴を掘る作業をしなくて済んだ兵士さんたちは、それだけで私を褒めた。
「エヴラールの奴に聞いてたが、こりゃほんとに便利だ!」
「毎回ってわけにはいかないんだろうが、助かるなぁ」
「魔術師様ありがとうなぁ!」
喜んでくれる彼らに、私は黙って微笑む。
これで状況に慣れてくれたら、夏が過ぎてからも敵兵埋葬が自然なものだと思ってくれるようになるだろう。よしよし。もし慣習になったりしたら、私が埋葬しなくても自主的に埋めてくれるに違いない。そうなることを祈ってます。
そんな作業後、日影でちまちまと実験をする。
レジーやカインさんには嫌がられたけど、血塗られた銅鉱石というホラーな代物で、使用時間が伸ばせることはわかったのだ。今度は数を増やしたい。
そこで小さな土人形をできる限り作ってみた。隣に師匠に立ってもらって、同じ大きさで作成。でも土偶にすると師匠の見分けがつかなくなるので、いつもの石が積み重なったような形の土人形ミニチュア版にする。
「ひい、ふう、みい……10体か」
「この大きさだと結構行けますね」
このずらっと並んだ土人形の群れ……何かを思い出すな。歴史の教科書で見たことがある。なんていったっけ……。
「兵馬俑?」
どこぞの皇帝の墓地に、本物の人や馬の代わりに埋められてたあれだ。小さい物ならまだしも、実物大のはけっこう怖かった。
実際、ざっざっと歩くミニチュア達でさえ、それを見た兵士達が「なにあれ怖い」「魔術師の発想っておかしい」とか言っている。
変にちょっかいを出されるより、そういう評判の方がいいかなと思うので放置。腕力も逃げ足もゴミな私なので、男の人に絡まれた上、手で触れるのが板だけとかいう場所に連れ込まれたら、本気で抵抗できなくなるので怖がられておく方針なので。
とりあえずこのミニ土人形兵馬俑を並んで歩かせてみる。
心の中で『いっちに、いっちに』とリズムをとりながら前進。くるりとターンさせて戻ってこさせる。……なんだこれ楽しいな。
「ね、師匠! これがいっぱいあったら、もっと怖いですよね?」
「これでも十分奇怪じゃろ……」
「でもちょっとだけじゃ、戦場で目立たないですし」
いっぱいないとね、と思いながら、どこまで量産できるか限界に挑戦。……結果、同じ動作をさせるだけなら、50体まで可能らしいことがわかった。
「何かに使いたいなぁ……」
じっと見つめた私は、とりあえず遠隔操作がどこまでできるかを試すため、ミニ土人形を前進させ続けてみる。
三列になって進む土人形は、出会った兵士を「わっ!」と驚かせ、やってきたカインさんの目を見開かせ、アランが踏みそうになって飛び上がる光景を見せてくれてもまだ進む。
「いいねいいねー」
そうして土人形は、視界から遠ざかり……見えなくなった。
「あ、結構もつんだね」
びっくりなことに、見えなくなるまでミニ土人形は歩き続けた。止まれと指令を出した上で後を追いかけてみると、かなり先の方で、くずれて土になった土人形達がいた。
傍を通りがかった騎士が、目の前でくしゃりと崩れたのを見て、腰を抜かしていた……ごめんなさい。
そんな実験を色々と繰り返して過ごすこと二日。カッシア男爵領の中でも砦に近い町へ偵察に行った人が帰ってきた。
その町は、カッシア男爵領メイナール市。
今後の行動予定としても次に訪れることになる町で、ゲームではルアインが雇った傭兵団によって占拠、略奪されていた場所だった。




