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私は敵になりません!  作者: 奏多


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砦攻略の後始末

 ルアイン軍は倒した。

 私という魔術師がエヴラールにいたこともあって、警戒していたルアイン側は2万近い数の兵を置いていたようだが、その四分の一は私によって土の下に埋められ、さらに四分の一がエヴラール軍兵士達によって倒されたらしい。


 ルアイン軍としても、私の能力がエヴラールの時と同じと見込み、限界が来る時間を待って総攻撃をかける予定だったようだ。そのため砦に半数を温存していたらしいが……上手くいかなかったのは、ひとえに私のせいらしい。


 むしろ最初から私を無視して総攻撃をかけられたら、味方の被害が大きかっただろうというのが、通りがかりにねぎらって下さった、戦場で軍衣をまとっていても紳士に見えるエダム様の談だ。

 その時私は、レジーによって頭からマントを被せられていたので、どこか怪我をしたのだと思われたようだ。


 怪我は、自分でつけたものだけだった。

 それよりもレジーには、泣きはらした顔だったことを問題視されたようで。彼は指揮をとるためその場を離れる時に、自分のマントを被せて行ってしまったのだ。


 でも、私どうしたんだろう。

 大っぴらに泣いてたせいか、今回はあまり戦争に参加することが苦しくて辛い感じが薄い。慣れてしまったのだろうか。そう思うとどうしようもない罪悪感が湧いてくるけれど。

 それに沢山の人がいる場所で泣き顔のままでいたら、自分で恥ずかしいと思って隠したと思うのに、何とも思わなくなってた。戦場で、殺し合いだなんて極限状態に置かれたせいだろうか。


 とりあえずクロンファード砦は奪還した。

 そして砦としての機能が目減りした。私が壁を壊してしまったからだ。

 あげくに砦の中の死者を片付けないと、捕虜を入れておくにも一休みするにもちょっと……な状態だった。


 なので今度は血を使わずに、一度休みを入れてから掃除を手伝うことにする。私が壊した分については、人力で掃除をするのも、壁を戻そうとするのも、何か月かかるかわかったものではないからだ。

 ホレス師匠には、疲れや自分の中の魔力の状態はどうなのかと聞かれたが、思った以上に調子は悪くない。

 そこで現場復旧および補修に手を上げ、兵士の皆さんにもろ手を挙げて歓迎されたわけだが。


 困ったのが、土人形(ゴーレム)でやるには砂や土って動かしにくいってことだ。土人形(ゴーレム)の手からさらさらこぼれちゃうので。


「人型にしなくても良いのではないか?」

「それもそうですけど、なんか動いてる姿を想像できないというか……」

 ホレス師匠にそんな提案をされたものの、私は悩む。


 掃除だと思うと、むしろ巨大箒が欲しい。しかしこの土の下には思いきり私が殺してしまった人達がいる。あまり死に顔をさらさせたくないし、掃き出すような乱暴な真似もしたくない。

 こう、ベルトコンベアーで運ばれるように土が移動してくれたらいいんだけど。でも土全部を動かせばさすがに私もすぐに力尽きてしまうし……。


「あ」

 思いついて、とりあえず銅鉱石を使って、背丈が低くて下に足ではなく車輪のようなものを四つつけ、前面にアームと横に広いシャベル部分をつけた、いわゆるブルドーザーをつくってみる。

 シャベル部分はもちろん、下に滑り込ませるようにして土を乗せ、運べる形にした。


「なんじゃこりゃ?」

「…………」

 出来上がりを見て、ホレス師匠がすっとんきょうな声を上げ、カインさんが目を丸くしていた。


 この世界でブルドーザーなんて見たことある人いないもんね。

 ぶるるんとエンジン音をさせたりはしないが、魔力によって固まった車輪がごろごろと動き始めた。そのまま目の前の砂をざざざと救い上げ、落とさないように持ちあげて砦から少し離れた場所へ移動。

 車なんて運転したことがなかったので、ちょっと動かすのにこつが必要だったけれど、人の手の何倍もの速度でくずれた土人形の残骸も、砂になった砦の壁も撤去していく。


 一時間ほどしてようやくなんとか形になったところで、穴を開けた場所に即席の壁を作る。高さとしては3メルほどあればいいだろう。急場しのぎなので。

 そして積み上がった土は、その下に深い穴を作成して埋め、誰も踏まないように土の柵を作った……ここは墓地なのだから。


 一仕事を終えて、深く息をついた私を、カインさんが休める場所へ連れて行ってくれる。

 砦の中はまだ敵兵がいないかの確認や、状態のチェックなどが必要なので刃入れず、砦の傍にあるやや大きな川の傍だ。

 むしろそれがあるから砦を立てたのだろう。飲み水は用心のため井戸から汲み上げるとしても、それだけで生活用水をまかなうには、砦じゃ使用人なんていちいち雇っていられなくて不便なのだろう。


 私が誘導されたのは上流側だ。

 兵士達いなくて静かなそこで、まずは手を洗う。

 それからずっと被ったままだったレジーのマントを外す。折りたたんで横に置き、右手で髪を束ねた私は、岸辺に膝をついて川に顔を突っ込んだ。

 泣いたせいでまだ腫れていた目の周りが気持ちいい。


「ちょっ、飲んじゃだめですよキアラさん」

 慌てたようにカインさんに言われてしまった。いや、さすがに川の水は飲みませんよ。元の世界の衛生観念的にも、川の水を直で飲むとかせっぱつまらないとしたくはないです。


「大丈夫ですよ。でもたまにこう、豪快に水に顔を突っ込みたい気分になりません?」

 おかげですっきりした。

 血や土で汚れた手も洗えたし、気分も良くなった気がする。

 そうして一息ついている間に、砦の内部の確認が終わったらしい。逃げた敵を追い散らす方へ向かっていたレジー達が戻ると、私も中に案内されたのだった。



 砦の中には貴族や将官用の居住区が主塔にあった。

 石造りの建物は、あまり居住に適さない。守りを主眼にした作りなので窓も小さく、昼でも落日の頃のように薄暗いのだ。それでも夏なので、冷たい石造りの主塔の中でもある程度は問題ない。

 日が暮れると、ほんの少し肌寒い気がするほどの涼しさだ。


 しかし本格的な夏に足を踏みこんだこのころ、昼間はそこそこ暖かい。

 食事後にお湯だけ少しもらった私は、濡らした布でぬぐって埃や汗を落としすっきりした。

 お湯を入れてもらった小さな水甕を、煮炊きする場所へ戻しに行った後、その近くで髪が濡れたレジーと会った。


「あ、染めてたの落としたんだ」

 廊下の燭台の暗い明かりでも、元通りに銀の髪に戻っているのがわかる。いつも通りにきらきらしているから。


「ずっと気になってたからね。いつこんなことができるかわからないから、今のうちにと思ったんだ」

 確かに、今日は砦に入ることができたから余裕があるけれど、今後行軍先の町は、基本的にルアイン兵がいると思わなければならない。

 立ち寄るにも戦闘後になるだろうし、もし市街地で戦闘など起こった日には、町の復旧で悠長なことも言っていられなくなるし。


 野宿でも私が頑張れば風呂ぐらい用意できるけれど、気を抜いている所で襲撃される可能性があるので、結局我慢することになるだろう。

 結果、水浴び時間を交代で取るのが関の山になる。

 染粉はさすがに水をかけたぐらいでは落ちないので、下手をするとレジーはカッシア男爵の城まで金髪のままの可能性もあったのだ。


 なんとなく、髪を拭くレジーと一緒に部屋の近くに戻る私は、後ろからバタバタとした足音に振り返る。

 息を切らせて走ってきたのは、子鹿色の髪のレジーの侍従君だ。


「殿下、お待ちいただければ髪もわたくしがっ……」

「ああ気にしなくていいよ。お前も私の世話の他にすることがあるだろうし。慣れない行軍に参加したんだ。初めての場所では上手く回らないのはよくあることだよ」


 レジーの慰める言葉に、侍従君の目にじわっと涙が浮かぶ。

 そうか。彼も軍行動についていくのが初めてだし、そんな中でレジーの身の周りをあれこれ配慮しようとして、何かに手間取ってしまったんだろう。


「でもせめて髪を乾かすのは私が……」

 侍従君が抱えているのは、温められ乾いた布の束だ。どうにかしなければと用意して、駆け付けたのだろう。

 なんだか本当に大変そうだったので、私はつい口を出してしまった。


「よかったら、私が代わりになる? 髪乾かすの、自分だけじゃ大変でしょ」

 髪が長いがための苦労は私もわかる。腰近くまである私よりは短くても、レジーだって乾かすのに時間がかかるはずだ。


「え、でもキアラ様にさせるわけには……」

 渋った侍従君だったが、レジーが布をひょいと取り上げたところで言葉が止まる。


「良ければキアラに手伝ってもらおうかな。さっき水も取り替えてもらったばかりだし、お前はもう休んでていいよ。私達みたいに鍛えているわけじゃないし、明日に備えておくといい」

「え、あの」

 びっくりした顔の侍従君を置いて、レジーが「それじゃおやすみ」と言って歩み去る。

 私の手を引いて。


 え、えっと。呼べばついていくのに、どうして手を引く必要があったのかな。

 わけがわからないながらも、侍従君が安心して休めるよう、笑顔で手を振っておく。侍従君は申し訳なさそうながらも、ちょっと恥ずかしそうな表情でぺこりと一礼してくれた。


 そうしてレジーの部屋まで行くと、レジーの騎士の一人、砂色の髪のフェリックスさんが立っていた。

 こちらを見て、すごく楽し気ににやにやとしている。

 ……手を繋いでるのが悪いのかな。そうなんだろうな。でも人前で、王子の手を振りほどくっていうのも失礼な気がするし。

 まごまごと考えているうちに、フェリックスさんが扉を開け、レジーと一緒に部屋の中へ入ってしまう。

 しかもフェリックス君、なぜか一緒に中に入らずに扉を閉めてしまった。


 …………いいんだろうか。

 確かにレジーは、ついこないだも私の部屋に入って扉を閉めてしまったりしたけど。もうレジーの周囲では、私はこういう扱いと決まってしまっているんだろうか。

 まぁ今回は侍女みたいな仕事をするわけだしと思い、何も言わないことにした。


 中は砦の将軍が使う部屋だったのだろう、簡素ながらソファセットなんかもある。

 とにかくレジーの髪だ。暖かい季節だからといって、放置しておいて風邪をひかれては困る。


「座って座って」

 レジーをソファに座らせ、背もたれの後ろに立って乾いた布でレジーの髪の水分をとっていく。

 夏で空気が乾燥しているおかげか、乾きも早い。後ろ髪をだいたい終えたので、今度は前側に回った。


 と、レジーがじっと見つめてくるので、なんだかやりにくい。

 思わず乱暴にレジーの頭に布をかぶせてしまった。でもそれでレジーの視線が隠せたので、私は中腰になって作業を続ける。

 なんかもう早く終わらせたい。だけど王子の髪を乾かすのに、犬の毛を乾かすみたいな乱雑なこともできないし。

 それにいつまでも被せておくわけにもいかない。横髪を拭うために布を取り去ると、レジーは目を閉じてくれていた。ほっとして、私は作業を仕上げることに集中する。

 そしてもうすぐ終わるというところで、ふと耳に触れるものがあった。


「ひゃっ」

 くすぐったさに驚いて飛びのこうとしたが、耳に触れていた手が肩を掴んでいて、引き戻される力がかかる。

 おかげで態勢をくずした私は、レジーの方へ向かって倒れこんでしまう。

 足でふんばろうとしたが、引き寄せられるようにレジーに抱きしめられてしまった。


 触れた頬や肩、支えるように背中にまわされた腕が、暖かい。暑い時期だけど夜の砦の空気は冷えていて、それでいつの間にか私の肩や腕も冷たくなっていたのだろうと思う。

 ぬくもりが居心地よくて……。何度かレジーに抱きしめられたことがあったせいで慣れてしまったのか、逃げだしにくい。


 でも緊急の理由もないのに、こんな態勢でいちゃいけない。

 とっさに自分を支えようと、ソファの上にのせていた右ひざに力を入れて、起き上ろうとする。

 けれど私の動きを阻止するように、レジーが背中に回した腕に力を込めてくる。

 どうして離したくない、というようなことをするのか。


「あの、レジー? ごめん、その、おどろいたものだから、倒れちゃって」

 だから受け止めてくれたのはうれしいけど、このままだと良くない。どうしようと思っていると、レジーの手が、なぜかぽんぽんと背中を軽く叩く。


「キアラも今日は疲れただろう?」

「えと、うん……」

 答えながら私は困惑していた。なんだろう、暖かいし、背中をなだめるように叩かれて……まるで、寝かしつけられているような感じだ。

 思わず体から力が抜けて行きそうな気がした。こう、布団に丸まって眠ってしまいたいような感覚になる。

 あくびがでそうになったところで、レジーが言った。


「明日決めるけど、たぶん砦に数日滞在するから、今日はゆっくり休んでおくんだよ」

 そうしてレジーが自分の腕から解放してくれる。


 名残惜しいような気持ちに戸惑いながら、縋り付いたままになっては迷惑になるからと思って私は立ち上がる。

 すっかり髪が乾いたレジーもソファーから立った。

 そうしてレジーに部屋まで送られたのだが、すっかり眠くなっていた私は、部屋の机の上に置いた師匠に挨拶だけして、すぐに寝台に潜り込んだのだった。


 翌日、ドレスを着たまま眠ってしまったせいで、スカートがしわになってしまっていた。

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