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 休憩地に着くと、馬車の一行とカッシア男爵子息達はすぐにリメリック侯爵領へ送られることになった。護衛の兵士を付けられて、彼らが出発していく。

 それを見送る私達と一緒に、スキンヘッドのオーブリーさんがハンカチを噛みしめるようにして目を潤ませてた……って、オーブリーさんは残るの?


「ああ、魔術師殿ですか。先ほどはお助けいただきかたじけない」

「いえいえお役に立てたようで……。あの、一緒に従軍なされるので?」


「はい。既にカッシア男爵領の兵は散り散り。けれどこれより殿下が進軍されるのは、我が領を解放するも同然。ならば幼いチャールズ様の代わりに、私もお役に立たねば申し訳が……ううっ」


 頭を剃ってるのに墨染めの衣や袈裟を装備していないので、怖い雰囲気の人だと思っていたのだが、すごく涙もろいようだ。

 おかげで話しやすくて良かった。


「既に旗下に加えて頂きました。伯爵子息のアラン様の隊を一つ預からせていただきますので、魔術師殿も宜しくお願い申したい」

 オーブリーさんにとっては子供みたいな年齢の私に、丁寧にそう言ってくれる。良い人だ。


 一方のレジーだが、野営地で食事を囲む頃に、ようやくここまで来ていた経緯などがわかった。

 レジーは私達が出発した三日後には城を出たそうだ。そしてこちらの予定を加味して、クロンファード砦攻略前に合流しようと、途中の街道で待つつもりだったらしい。


 その時に、耳の良い騎士のフェリックス君が悲鳴や馬のいななきを聞いたらしく、カッシア男爵子息が乗った馬車が追われているのを見つけたと。

 レジー達もルアイン兵の数に『何かある』と考え、彼らを救いに行ったらしい。

 そこへ現れたのが私だったわけだ。


「まぁ、助かったよ。ほぼ同数だったけど、あっちが君の魔術に慣れていなかったおかげで、ひるんだすきに刈り取れて楽だったから」

 あっさり刈り取るとか言いましたよこの王子様。おっかない。


「で、髪を染めたのは?」

「グロウル達がすごく心配してね。せめて髪の色ぐらいはなんとかしてくれって言われて。でも合流したからには落としたいんだけどね。これじゃ私がレジナルドだって遠目にわからないだろう?」

 矢で遠くから射られた直後だというのに、旗印らしく目立つつもり満々とは……。


「いや、もうちょっとお前自重しろよレジー。旗印が真っ先に的になったらまずいだろ」

 一緒にレジーのテントで食事をしていたアランが、ため息をつきそうな声でツッコミを入れた。


「でも大将が隠れてたとか言われるのも、士気に関わるよ?」

「ウヒヒヒ、目立ちたがりだのぅ」

「目立たないと、半分くらい役割を果たして無いようなものですからね」

 師匠に笑顔で返したレジーは、自分の髪をひっぱって続けた。


「だから早く染粉落としたいんだけどね。これじゃ他に紛れてしまうから」

「砦を落とすまではそのままでいろよ」

 アランに言われて「それしかないだろうね」とため息をつくレジー。

 そうして話しているうちに、皆の食事が終わった。


「私置いてきてあげるよ」

 立ち上がった私は、他二人の皿とカップを回収した。


「侍従を呼ぶよ? キアラ一人でうろつくのは……」

「いいよ。ちょっとのことだもん。カインさんがすぐ傍にいるだろうし、リメリックでの魔法披露からこっち、みんな私のこと怯えてるから変なことにはならないでしょ」

 私の言葉に、アランが「ああ、あれか……」と嫌そうな声を出す。


「何かあったのかい?」

「リメリックやレインスターの兵が魔法を見て驚かないように、魔法を見せてやったんだよ。そしたらこいつ、気合い入れ過ぎて土人形でわけのわからん動きをさせたあげく、侯爵の城壁の一部を壊したんだ」


「え、えへへへ……。でもちゃんと直したし」

 私は笑ってごまかした。土人形で正拳突きとかしてみせたらカッコいいんじゃないかとか、血迷った末にやらかしたことは自供したくない。ついでにしっかりと言い訳も付け加えた。


「直したのはいいけどな。くずした時に、調度落下地点に兵がいてな……」

「怪我でもしたの?」

「キアラがとっさに土人形でかばったから大丈夫だった。けど考えてみろよ。そいつらにしてみれば、自分の背丈ほどもある手が襲い掛かってきて、掴み上げたんだぞ。二人は失神。見てた奴は巨人に絞殺されたかもしれないって悲鳴を上げて、大騒ぎだ」


 兵士二人は驚いて気絶しただけだとわかり、すぐに騒ぎは治まったが、私への恐怖は、確実に見ていた人々の心にも刻まれてしまった。

 慣れさせようと思っただけなんだけど、むしろこいつに近づくな! な方向で認識されてしまったのだ。

 レジーは目を瞬いてから、ややあって噴き出した。


「ははっ、キアラは本当に予想外なことするよね」

「……ま、まぁそういうことで。大丈夫だから」

 と言って、これ以上追及されないように、私はさっさとテントを出る。

 しかしちょうどそこに、カインさんが歩いてきた。


「キアラさん、そういうことなら侍従が来るまで待っていただいた方が良かったのでは……」


 カインさんにまで言われてしまうと、もう逃げられない。

 自分が持っていくと言ってくれる彼に食器を取り上げられ、大人しくまた笑われる作業に戻らなければならなくなり、ため息をつきそうだ。

 すごすごとレジー達のいるテントに戻ろうとした私だったが、入口の布に手をかけようとしたところで、中の会話が漏れ聞こえ、手を止めてしまう。


「……無理すんな。そこそこ悪いんだろ、怪我」

「さすが私のことを良く分かってるね、アラン」

「何年お前とつきあってきたと思ってるんだよ。左肩か?」


 肩。

 それは私を庇って、矢を受けた場所だ。私は息をのむ。だってあれあ普通の怪我じゃない。契約の石の作用によるものだ。

 普通のお医者さんでは、何がどうなってるのかわからないだろう。なのに、どうして私に黙っているのか。


「傷は塞がってるんだよ。動くのに支障は……っ」

 レジーが言葉を切ったのは、私が勢いよく入ってきたからだ。


「キアラどうし……」

「怪我、見せてレジー!」

 私は逃げようとしたのか、立ち上がったレジーに掴みかかる。


「痛むかなんかしてるんでしょう? そこそこ悪いって聞こえたんだから!」

「聞いてたのかい、キアラ。でも怪我は治って」

「あれは普通の怪我じゃないんだから。私しか診られないんだもの、さあさあ!」


 私は背後の簡素な寝台にレジーを追い込み、勢いにたじろいで座ってしまったレジーから、上着を剥ぎにかかる。


「や、ちょっとキアラ……」

「患者は抵抗しないの! アラン手伝って!」

 言うと、アランが楽し気に寄ってきてレジーの腕を押さえてくれた。よし、これで楽に脱がせられる。

 一方のレジーは、いつになく焦った表情になった。


「アラン!? 君、むしろキアラを押さえなよ!」

「いやこっちの方が楽しそうだ。それに俺も怪我の様子は気になるし、こうでもしないとお前は確認させないだろうからな」


「もうっ、楽しくなんてないわよ! 私のせいで怪我したようなものなのに……アランこれ腕から引っこ抜いて」

 アランに袖を腕から引き抜かせ、ようやく上着を取り去ったので、シャツのボタンを外す作業にかかる。


「キアラ、さすがにこれはマズイよ」

 やや恥ずかしそうな表情で私を止めようとするレジーだったが、怪我の様子を見なければ引く気はない。


「いいから大人しくしてて!」

「そうだ大人しくしてろよ、面白いから」

 ぷくくくと笑うアランは、それでもレジーを押さえていてくれる。どこからかもう一つ笑い声がするんだけど、師匠はいつだってイッヒッヒと笑ってるから無視だ無視。このシャツさえ剥いでしまえば肩が見えるんだから。


「アラン、君ってそんな趣味だったのか」

「お前だって悪い気はしてないだろレジー」


 恨めしそうな目を向けられても、アランは鼻で笑う。それに反論しないので、レジーも一応怒ってはいないようだ。よかった。

 しかしシャツをはだけさせた時に、意外に筋肉質な肩と鎖骨を見て、あれ、なんか私今酷いことしてる? という気分になったのだが。

 そんなテントの中に、カインさんが入ってきた。


「え、襲ってる……?」

 戸口で立ち尽くすカインさんは、まるで巨大なカタツムリが目の前にいるよ! みたいにぽかーんとした表情をしていた。


「おそ……う?」

 なんでそんなことを言われてるのか。

 そう思った私だったが、ここは寝台の上。アランに後ろから羽交い絞めにされたレジーと、シャツを引っ張り脱がせようとしている自分が……限りなくレジーに迫っているような態勢だということに気付き、固まった。

 そんな私を見て、レジーの拘束を解いたアランが大爆笑し始める。


「あっははははは! だめだもう耐えきれない!」

「……ほら、だからマズイよって教えただろう? キアラ」

 ため息をついたレジーは、硬直した私に苦笑いしつつ「仕方ない人だな」と呟きながら解放された腕で抱きしめてくる。


「えっ、ちょっ」

 どうして私を拘束するの? ていうかほ、頬にレジーの素肌が触れるんだけど! 意外にすべすべしててなんか恥ずかしさに逃げだそうとするが、レジーが離してくれない。


「私が恥ずかしい思いをした分、君にも存分に恥ずかしがってもらおうね。そのままでも怪我の状態は見れるだろう?」


 確かにそうだけど、そうだけど! こんなにぴったりくっついて寄り添いながら見る必要ってあるの?

 ていうか脱がせようとしたときよりも、なんかマズイ恰好だよ! 半裸の異性に抱きしめられてるとか、られてるとかっ! ほらアランがドン引きした目を向けてきてる!


「やりすぎだろレジー……」

「君らが悪いんだよアラン? 止めてくれないかと私は言ったのに、ねぇキアラ?」


 そうして至近で、うっとりしそうなほど綺麗な笑みを見せられて、私の頭はショートしかけた。

 と、そこで私は背後からの腕に、レジーから引き離される。


「お戯れが過ぎますよ殿下」

 いつも通り能面のような無表情で言うカインさんに、私は肩をつかまれていた。レジーは笑った。


「カインに怒られたくないからね、それでキアラ、怪我だっけ? 見れば納得するなら……ほら」


 レジー自ら、左のシャツの袖を脱いで背中を見せてくれるのだが。

 くっ……なんか並の女の子より色気があるとか、何なの!? と妙な敗北感まで味わわせられつつ、でも怪我は確認せねばならないと、一歩レジーに近づいた。


 城を出発する前にははっきり確認しなかったそこは、矢傷のあった場所を中心に皮膚が縦に長く黒ずんでいた。まるで、ぎざぎさに焼け焦げた痕みたいになっている。


「触っても?」

「どうぞ、魔術師殿の診察に必要なら」

 触れても、レジーは痛がる様子もない。そのまま魔力の様子を探る。落ち着いてはいるけれど、そこに間違いなく異質なものがあるのはわかる。


「前に見た時と同じ……かな。辛いの?」

「古傷が痛む程度だよ」

 レジーはそれ以上言う気がないといわんばかりに、にこりと微笑んでシャツを着直した。


 私自身もこれ以上はどうにもできないので、黙るしかない。

 本当なら、黒ずんだ部分を切除できたら、レジーの体に影響しているのだろう痛みの原因はなくなる。多分そこに契約の石のカケラの力を全部集めたから。

 でもこの世界の医療技術で、そんな手術はさせられない。

 私も前の世界の医療知識なんて詳しくないのだけど、輸血も、衛生用品も整っていないのは分かっている。


 けれど大丈夫だよと言わないのだから、レジーは無理を押して来ているんだと感じた。

 体力が回復することや、時間が経ってこの魔力が馴染んだら、平気になるんだろうか。

 どちらにせよ、もう少しレジーには休んでいてもらいたい。けれど彼は旗印として、戦場を駆けるつもりだろう。


 でもどうやって止める?

 悩みながらも、就寝するために私はレジーのテントを出る。そうして自分で作った土の小屋まで戻りながら悩んだ。


 土人形の維持時間は、銅鉱石を多めに使用したら少しは改善できると思う。

 本当は遠隔操作ができればいい。師匠みたいに、自立できればいいけど、まだそこまで出来ないし。せめてもっと私の力が影響を与えられれば、できる事が広がりそう……。


「…………あ」

「ん?」

 私のつぶやきに、一緒に外に出たアランがこっちを振り返り、非常に嫌そうな表情になった。

 まさかこの私の笑み崩れそうな顔が、奇妙すぎるんだろうか。


「えへへへー。アラン、ちょっと相談があるんだけど?」

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