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私は敵になりません!  作者: 奏多


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無賃乗車娘についての考察

 無断乗車していた貴族の少女、キアラを連れて行くことに決まった。


 出発の準備は既に整っているのは知っていたが、アランは「準備がある」と言ってレジーを連れて宿の外へ出た。


「ああホントに面白いねあの子」


 レジーは笑いすぎて目に涙が浮かんでいる。


「養女だとはいっても、貴族令嬢として生活してたんだろう? 淑女なのに箱の中で寝てるだけでも十分おかしかったのに、寝台から落ちるわ、平民扱いでもいいとか、女の子としても規格外すぎるよ」


 話しながらも、思い出してまた笑いそうになっているレジーに、アランは肩をすくめた。


 ちょっと笑いすぎだとは思うものの、止めようとは思わない。

 レジーはそもそも、こんなに笑う人間ではなかった。いつだって微笑んではいるが、その笑顔はあいまいに誤魔化すためのものであることが多い。あと、軋轢をあまり生まないようにするためでもある。

 アランの領地まで遊びに来た時には、それ相応にはしゃぐことはあるが、彼の本来いる場所で、こんなにもあけっぴろげに笑う所など、アランは見たことがなかった。


「確かにお前の近くには、絶対いないようなタイプの人間だな。だからそんなにツボに入ったんだろ」

「うんそうだね。正直、君を迎えに行こうとしている時には、こんな面白いものが見られるとは思わなかったな。来て正解だ」

「僕の方は、お前の従者姿を姿を見て仰天したんだがな……。お前が変なことをしたせいで、皆の注意が全部お前に向かったから彼女に気付かなかったんじゃないのか?」


 人は気になるものがあれば、他への注意力が下がるものだ。

 教会学校前に停車した時だって、荷馬車の周囲には誰かがかならずいたのだ。なのに彼女が乗り込むのに、誰一人として気付かなかった。


 あの時隙ができたのだとしたら、見送りに来た修道院長に気付いてアランが馬車を降り、それにレジーまでがついてきた時ではないだろうか。

 大人しく馬車に乗っているはずのレジーが、思いがけず外に出てしまって慌てたのだと考えたら、騎士達が注意をそちらに惹かれてしまったのもやむを得ない。


 だが、寝言を聞くまで荷馬車に乗ったキアラの存在に気付かなかったのも、ちょっとひどすぎる。

 休憩のために何度か馬車を停めたりもしたのに、自分を含めて誰一人として気付かなかったのだから。

 やはり予想外の要素が増えたため、人が乗るには不便だろうと思うほど荷物が積まれた幌馬車は『大丈夫なはず』だと認識されて、見逃されてしまったのだろう。

 原因を作ったレジーはひょうひょうと「かもね」と言う。


「悪いとは思ってたけど、たまには羽を伸ばさせてほしくて。君の父上も了承してくれたしね」

「あのバカ父め……」


 許可したのはアランの父だと聞かされて、アランは憎々し気につぶやいた。


「だけどお前、ほんとに彼女を連れて行っていいんだな?」


 アランがレジーに尋ねる。

 その話がしたくて、アランはレジーを連れ出したのだ。


「うん、いいよ」


 レジ―は何の気負いもなく、あっさりと答えた。

 本当に考えているのか疑わしくて、アランは念を押す。


「お前は軽く返事してるが、警備上も秘密を守る上でも、余計な拾い物をするのはあまり褒められた事じゃないんだぞ?」

「わかってるよ。でも君だって、彼女を放り出すのは気分が悪いだろう? だから秘密がバレても大丈夫なように、領地外には出さないとか、そういう注文を付けて許可したんだろう。うっかりパトリシエール伯爵と接触されても困るしね」


 パトリシエール伯爵は王妃側の人間だ。

 エヴラール辺境伯側とは、違う派閥に属するので、色々と漏らされたくない話も、隠したいこともある。


「でも、いくら条件をつけたところで、完璧なんてことはありはしないんだ……パトリシエール伯爵とクレディアス子爵だ。隣国の影響の強い人間が、養女までとって、婚姻で結びつきを強めようとしているのだから不穏すぎる。まだ僕は、あの女がうちの馬車にもぐりこんだのは故意かもしれないと疑ってるぐらいだ」


 真剣な表情になるアランに、レジーは微笑む。


「大丈夫だよ。キアラは、裏表とかあんまりなさそうだし。自分が薬でおかしくなってるのも気付かずに失敗してることから考えても、彼女はたぶん自分が結婚から逃げることで頭がいっぱいで、そのためならなんでも了承しそうだし……ま、私も注意して見ておくよ」


 レジーの言うことにアランも納得はできる。

 キアラはどうも策略に向く人間には見えない。それが演技だとしたら、相当な手練れだ。それに暗殺などをしようにも、あの筋肉などどこにもなさそうな様子では、すぐに見つかって捕まるのを覚悟の上で、毒を食事に混ぜたりすることしかできないだろう。


「あともう一つ。私が君の領地に行くと決めたのは、本当につい先日のことだよ。従者に扮して君を迎えに行くことにしたのも、出発間際だった。なのにそれを見越して伯爵が手紙を送り、キアラが睡眠薬で眠ったふりをして馬車に乗るなんて、とうてい不可能だろう」


 突発的にどうするのか決めるレジーの行動を、先読みするのはたやすくない。おかげで彼は、政争の中でも無事でいられるのだ。

 アランもレジーのこの理由にはうなずくしかなかった。


「なら本当に、女神の笛が響いたのか」


 キアラはそう言っていた。

 神の奇跡だと思って、馬車に乗り込んだのだと。


「ウェントワース達の目を盗んで馬車に乗り込めたんだからね。本当に女神の奇跡かもしれないよ? それに、彼女を確保しておくのは悪いことばかりじゃない。パトリシエール伯爵と何かことを構えた時に、彼女を理由に避けるっていう使い方もできるだろう?」


 一応、養女とはいえ娘なんだし。何かに利用できるかもしれない。

 そう言うレジーに、アランはがっくりとうなだれた。


「お前は本当に怖いやつだよ……」


 ため息をついて、でも一言付け加える。


「でも珍しいな。お前が初対面の人間を俺の領地に置くようしむけるなんてな。気に入ったんだろ、彼女のこと」


 言われたレジーは、曖昧に微笑む。


「そうだね。退屈はしないな。だから君の家で末永く仕えてくれていると有り難いよ」


 レジーの表情からは、それ以上のことは読み取れない。

 けれど近づく女性には通り一遍の愛想を見せて終わりにするレジーが、末永く自分と交流できるような場所に置くと言うのだから、十分珍しい出来事だ。


 しかし、領地に連れて行った後どうするか……

 変に底辺の仕事をさせても、貴族令嬢として過ごした身にはきつすぎて反感を持たれる恐れがある。

 何の仕事をさせるよう父伯爵に頼むべきか、アランは悩み始めた。

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