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私は敵になりません!  作者: 奏多


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そして引きだされた真相に

「キアラさん!」

 矢を口にし、王子の血で口の端を赤く汚したキアラが、火花をものともせずに突っ込んで行った。


 追いかけようにも、それが正しいのかとカインは逡巡してしまう。

 彼女にしか、魔術のことはわからないからだ。だから勝算があっての行動なのか、やみくもに突き進もうとしているのかも判断できない。

 けれどレジナルド王子は救わなければならない。彼は旗印なのだから。だからキアラの行動が成功することを祈ってはいるけれど。


 カインは手を握りしめる。

 何も手伝ってやれない。あの火花から守るために触れることすら、彼女の邪魔になる可能性を考えてしまうからだ。

 だが今は自分ができることをするしかない。


「射手を探せ! 西側の城壁だ!」

 カインの言葉に、あまりの状況に動けずにいた兵士達や騎士達が走り始める。


「門を閉じろ!」

「見張りに合図を送れ!」

 騒然とする中、カインはその場から動かなかった。何者かの攻撃がこれで終わりではなかったら、キアラを狙うことも考えられるのだ。彼女の護衛騎士の任務がある以上、カインが犯人を探しに行くわけにはいかない。


 カインはキアラ達を囲むように、別な兵士四人に四方を見張らせる。

 先ほどの矢は、軌跡から城壁から放たれたものだとわかっている。そこには出入りの商人など上がれない。城内勤めの兵士や領主一族とそれに近しい者までだ。

 それ以外となれば、城内に客として滞在している者しかいない。


 警戒はしていた。

 なのに一体どうやって彼らは監視の目をすり抜けたのか。それとも犯人はセシリアの騎士ではないのか。


 考えている間に、キアラの方も様子が変化していく。

 切れ切れに、師と仰ぐ人形と会話する様子から、相当に厳しい状況のようだ。レジナルド王子が魔術師くずれになりかけていることがわかる。

 けれどカイン達には手が出せない。全て彼女に任せるしか方法がないのだ。

 彼女が火花が散る度に衣服が焼け焦げ、痛そうに顔をゆがめても。必死に「死なないで」と繰り返していても。


 カインは、こんなにも何もできないことを思い知らされるとは、夢にも思わなかった。

 魔術が使えない、しゃべる人形でしかない彼女の師でさえ、諦めるか運を天に任せるしかないというのに、キアラは首を横に振って、しまいには自分の手を切って血を捧げてまで尽力していた。

 そして、いつの間にかレジナルド王子の周囲に散っていた火花が収まっていた。

 やがてキアラが力尽きたように倒れる。

 息を飲んだカインや他の兵士達に、ホレスが叫んだ。


「早く、二人ともを安全な所に移動せんか!」

 兵士達が慌ててレジナルド王子を担架に運ぶ。もう異常な状態は起こらなかったので、兵士達は安心して館の中へと走った。


 カインはキアラを抱き上げる。

 彼女は目を閉じたまま、全力疾走をした後の人間のように息をしていた。こちらも状態がいいとは言えない。


「ホレスさん、キアラさんは……」

「うちの弟子は無茶をしおったんじゃ」

 もし表情が変えられたなら、苦虫を潰したような顔をしていたのではないかという声でホレスが応じた。


「小量だったことが幸いしたが、同量を取り込んだぐらいで、全く自分が関わりない契約の石の力をねじ伏せるなど、できるものではない。通常ならば砂になるのを見送るしかないところを、無理やり捻じ曲げたのだ……どれだけ力を使ったのか、わしにも想像できんわ」

「危険な状態なのですか?」

 カインの問いに、ホレスは土偶の体で「さあな」とばかり手を上に上げてみせた。


「ここまで保ったのだから死にはせんだろう。ただこんな使い方をしては、気付いたら指先が砂になって崩れていてもおかしくなかっただろうな」

 わかっていても、やったんだろうが。

 そう言うホレスがキアラを見上げる。その様子は、どこか憐れみがこもっているようにカインには感じられた。


「おぬしは弟子の護衛だったな。この娘は親しくなった人間を、今後もそうやって助けようとするだろう。心せよ。契約の石が簡単に見つかるものではなくても、敵が同じ手を使う可能性が今後もあるだろうからな」

 ホレスの忠告に、カインはうなずく。


 同じような危険には合わせたくない。それは自分も感じていた。

 けれど……どうしたら守れるだろうか。彼女だけ救えばいいわけではないのなら、レジナルド王子どころか、アランや自分までもその範疇にいる可能性がある。

 全員を一人で守れるわけではない。

 完璧なものなどこの世にはないのだ。そして最も最適な方法は、何かがあった時に、彼女以外の人間の生死をあきらめさせることかもしれない。

 けれどそんなことをしたら、キアラはきっと反発するだろう。



 その後の犯人の捜索は、微妙な結果に終わった。

 矢を射た人物は、騒ぎに紛れて消えようとしていたところを、捜索の方に参加していたアランが不審すぎると引き止めようとした。

 それは4人いたトリスフィードの騎士の一人だった。


 その騎士はアランが捕縛しかけたところで、レジナルド王子に使ったと思われる代物の残りを口に含み、壁の一部を砂にしながら、自身も砂になってくずれたという。


 他の騎士は、二人が城外へ逃げおおせた。

 その日、城内に出入りしていたのが兵士だけだったら、まだ探しようはあったのだろう。けれど商人たちが出入りしており、いち早く逃げようとする者や、留まっておろおろとする者、怪我をしたと泣き叫ぶ者がいて混乱していたため、対応の遅れと、警備の穴を作ってしまったのだ。


 最後の一人は、セシリアを殺そうとしていた。

 こちらはキアラがベアトリス夫人にセシリアの様子の異常を伝えていたおかげで、未然に防がれた。

 話を聞いたベアトリス夫人は、すぐに自らの侍女クラーラと騎士達を送り出したのだ。そしてクラーラは部屋からの返事が遅れたその瞬間に、自分の責になってもいいからとすぐに扉を開けた。


 キアラの不安がる様子を見ていたクラーラは、助けてと訴えるような状況なのに監視の兵が何も異常を報告してこないことから、敵が巧妙にごまかすことが得意なのだと考えたのだ。

 それならば、取り繕えないように不意をつく必要があると、返事がおかしいと感じた時点で部屋に飛び込んだ。


 トリスフィードの騎士の方は、その時まさにセシリアを始末しようとしていた。

 けれどクラーラの訪問にその場をやり過ごすと決め、ひとまずセシリアに自分の指示通りの返事をさせようと考えた。おかげでセシリアは事前に殺されるのを免れたが、剣を突きつけられていたため、クラーラ達が急襲して助け出すまでの間に、首に薄い切り傷ができてしまった。


 トリスフィードの騎士は激しい抵抗の末、クラーラ達によって殺された。

 セシリアの方は、怪我をしたもののようやく安全な状況になったことで、クラーラにしがみついてなかなか泣き止まなかったらしい。


 時間が経ち、ようやく聞きだせたところによると、セシリアは騎士達に監視され、脅されていたのだ。

 しかも騎士達はトリスフィードの人間ではなかった。全員、クレディアス子爵の配下だったのだ。

 ここで、トリスフィード占領にクレディアス子爵が関わっていたことがわかった。


 更にセシリアだが、母親に毒を飲まされ、命を救ってほしければ王子と魔術師の命を奪えと命じられてエヴラールへ連れて来られたという。

 彼女は王子が同席している場で、毒を飲ませるよう指示されていた。

 いつも泣きそうになりながら失敗していたのは、王子だけでも守ろうとして、失敗の末にお茶事態に自分が触れなくても良いようにするためだった。


 また、セシリアが告白していたらしいが、彼女はキアラに対して王子に近づくなと言っていたらしい。これは万が一の場合は二人同時に殺されないよう、お茶の席に居合わせないようにしたかったようだ。

 もし失敗が上手くいかず、毒を盛る状況になっていたら、セシリアは王子だけでも助けるため、レジナルドの飲み物を取り上げて自害するつもりだったようだ。


 キアラに「助けて」と言ったのは、もうこんなことを繰り返したくなかったからだ。


 セシリアがわざと失敗を続けたのと、エヴラール軍の出発日が迫っていたため、クレディアス子爵の部下達は、せめてキアラを襲撃して殺そうと考えた。魔術師がいなければ、戦力が半減したも同然だと判断したらしい。

 更にセシリアの口も封じて、誰の指示で凶行に及んだのかをぼかそうとしたのだ。


 キアラを射る矢に契約の砂が塗られていたのは、彼女を必ず殺すため。

 魔術師であっても怪我を治せる者などそういない。しかも怪我のために契約の石の作用を打ち消すのが難しくなるのだという。

 しかし矢はレジナルド王子に刺さった。

 魔術師が相手でなければ、致命傷は与えられなくとも王子は確実に死ぬ。予定は変更になったが、敵はそれで良しとして逃亡を図ったようだ。

 泣きはらしたまま話を終えたセシリアは、辺境伯夫妻と騎士達がいる場から、クラーラに支えられるようにして出て行く。

 それを見送ったホレスが、嫌そうにカイン達に告げた。


「……クレディアス子爵は、魔術師だ」

「え? 魔術師?」

 ホレスの言葉を聞いたヴェイン辺境伯も、アランも、ベアトリス夫人も皆青ざめる。


「どうしてですか?」

 ベアトリス夫人に尋ねられたホレスは、居心地悪そうに陶器のような手で腰を掻きながら言う。


「わしがなんで辺境地まで来て、獣に餌を撒いてせこせこ働いていたと思う?」

「雇われたんじゃないのか?」

 アランの答えに、ホレスが自嘲するように笑った。


「フヒヒヒ。雇われたなどという可愛いもんではないわ。不意打ちで奴隷契約を結ばされたようなもんじゃ。……契約の石を飲まされたのだからな」

「金に目がくらんだのだとばかり……」

 アランがさらっと酷いことを言った。


「わしゃ長生きしたかったんじゃ、こんな戦争に関わる気なんぞさらさらなかったわ。しかも奴は姿を見せず、おかげでどいつがわしを罠にはめたのかわからずに復讐できなかったが……そいつだろう。魔術師について知り過ぎているからの」

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